「12分11秒」後の「叫び」。

先のダイアリーで緊急報告をしたが、今晩開催されたサザビーズ・ニューヨークの「印象派・近代絵画イヴニング・セール」に於いて、ムンクの「The Scream(叫び)」が1億1992万2500ドル(約95億9400万円)で売却され、オークション史上、如何なる美術品での「世界最高価格」を更新した。

それまでの記録は、クリスティーズ・ニューヨークが2010年5月に売却した、ピカソの「ヌード、観葉植物と胸像」の1億648万2500ドルで有ったが(拙ダイアリー:「8分6秒の闘い」参照)、今回のムンクの競りに掛かった時間は「12分11秒」…「4分5秒分」価格が高くなったとも云える。

またこの「叫び」は、公開の場でのハンマー・プライスが史上初めて「1億ドル」の大台を越えた美術品と為った事に因って、美術品売買史上に新たなる記念碑を打ち建てたと云えよう。

それは何故なら、「プライヴェート・セール」での最高額は「カタールに行ったセザンヌの『カード遊びをする男達』」だ(とされる)が、契約書の金額は当然公表されないのだから、報道される金額は飽く迄も推定でしか無く、真偽が定かでは無いからだ。

さて、嘗てのレコード・ホルダーだったピカソ作品が油彩の大作だったのに対し、この「叫び」パステルの小品…それでもこの「叫び」ピカソを超えた理由は…


1.ムンク「叫び」と云う、世界の誰もが知っている「シグナチャー・アイコニック・ワーク」で有り、しかも「手に入る最後の」かなりの「稀少品」で有る事。

2.一般の人が「叫び」と聞いて思い浮かべる暗い色調とは異なり、この作品は明るい色を多用して居るので、云ってみればより「狂気的なのに、飾り易い」作品で、現代美術感覚にも溢れて居る為、現代美術フィールドからのビッドも入ったと思われる事。

3.作品の「来歴」が、作家であるムンク本人から直接今回の売り主の家族に渡って居り(色々と憶測も出ているが…)、そこから一度も出て居らず「ウブ」で有る事。

4.作品の状態が素晴らしく、今でもオリジナルのフレームに入って居り、そしてこの「叫び」に関する自筆の詩が、そのフレームに刻まれている事。


等が筆者が今思い付く所だが、如何だろう。

何れにしてもムンク作品がピカソより高額に為った事は、市場的には少々驚きも有るが、しかし作品数が少なく、芸術性・精神性の高い作品が世界記録を作った事に対しては、理解して余り有るし、非常に嬉しく感じる。この大仕事をしたサザビーズに拍手を送ると共に、美術品を扱う者としてこの「快挙」を称えたい。

それでは「イヴニング・セール」の総括を、先ずはクリスティーズから。

クリスティーズのイヴニング・セールの成績は非常に良く、ヴァリューでは96%、ロットでは90%(31点のオファー中、28点売却)、1億1708万6千ドル(約93億6600万円)を売り上げた。

トップ・ロットはセザンヌの「カードで遊ぶ男」と、マティスの「Les Pivoines(牡丹)」が同額の1912万2500ドル(約15億3000万円)で、1000万ドル以上で売れた作品はこの2点のみ。だが、500万ドル以上で売れた作品が7点、100万ドル以上が21点と、売却率の高い非常にソリッドなセールで有った。

またトップ10にはピカソが5点入り、その他にも1点売れたので都合6点、その6点の売り上げは3387万1000ドル(約27億1000万円)と為り、セールの3割弱を「ピカソ」が担った事に為る…ピカソ、相変わらず強し、で有る。

そしてサザビーズは、76点中61点が売れ(80.2%)、総売上は何と3億3056万8500ドル(約264億4500万円)を達成し、これはサザビーズでの「印象派・近代絵画オークション」の売り上げレコードと為った。

1000万ドル以上で売却された作品も、上記トップ・ロットのムンク以外にも、ピカソの「Femme Assise dans un Fauteil」が2920万2500ドル(約23億3600万円)、ダリの「Printemps Nécrophilique」が1632万2500ドル(約13億円)、ミロの「Tête Humaine」が1486万6500ドル(約11億7500万円)、そしてブランクーシの「Prométhée」が1268万2500ドル(約10億円)と、計5点…大成功なセールで有った。

そしてこの両社が、2日間で4億4765万4500ドル(約358億1200万円)を売り上げた「印象派・近代絵画イヴニング・セール」は、何とも景気の良い結果に終わったが、来週開催、名品目白押しの「現代美術イヴニング・セール」も、より一層待ち遠しく為った事は異論の無い所だろう。

筆者がニューヨークに来てから、これで3度目の世界記録更新…前2回のピカソ同様、前人未到の「1億ドル」を超えた「叫び」にハンマーが落ちた後の、観衆からの「叫び」にも近い歓声と盛大な拍手が今でも耳から離れない、何とも「歴史的な夜」で有った。