「リハーサル」の醍醐味。

昨日11月3日は、年初に逝った亡き父の誕生日。

それと同時に「国際浮世絵学会 五十年のあゆみ」と云う本が、学会から送られて来た。1962年に「日本浮世絵協会」として誕生した本学会、亡き父「先生」が設立に心血を注いだその学会の歴史が、筆者の人生と略重なる事に、大きな運命の偶然を感じない訳には行かない…今は亡き「先生」に想いを馳せる。

そして今日から「冬時間」が始まり、明後日火曜日は愈々大統領選挙。此処ニューヨーク・シティでは、マラソンは中止に為ったが地下鉄も動き始め、ダウンタウンにもやっと灯火が戻った。ハリケーン「サンディ」の後遺症に悩まされながらも、少しずつ体力回復をして来て居るので有る。

そんなニューヨークのアート・シーンはと云うと、チェルシーの水没問題も依然として有るが、今日はクリスティーズの話。そのクリスティーズで「印象派・近代絵画」の下見会が始まった事は前回此処に記したが、今日は「『ウォーホル』神殿」に就いてお伝えしよう。

クリスティーズのオフィスが入っている、6番街に面したビルの20階に在る、素晴らしいスペース「プライヴェート・セールズ・ギャラリー」に関しては以前此処で述べたが(拙ダイアリー:「We had to destroy it in order to save it@Christie's」参照)、現在此処でスペシャル・セール「Andy Warhol at Christie's」の下見会が開催されている。

マンハッタンのど真ん中に位置し、頗る眺望の良い素晴らしいこのスペースの壁と云う壁は、ウォーホル財団から出品された版画や写真作品で埋め尽くされ、恰も「ウォーホルの神殿」と化していて、マジに凄い。此処まで来ると一見の価値が有ると思うし、モネやピカソジャコメッティブランクーシ等の印象派・近代美術共々、フランツ・クラインの大名品を始めとする現代美術のハイライトも通常の下見会場に展示されているので、是非ともお出掛け頂きたい。

さて先週1週間も、サンディ後は色々な分野のイヴェントへお出掛け…先ずはサンディの影響で延期されたが、パーク・アヴェニュー・アーモリーでやっと開幕した、「プリント・フェア」(拙ダイアリー:「アダムとイヴ」参照)のオープニング・レセプション。

この版画の祭典では、世界の有名版画商が一堂に会するので、レンブラントデューラー等のオールド・マスターから、ピカソやミロ等の近代版画、そしてハーストや奈良美智等の現代版画や、古地図や豪華版本、そして浮世絵の名品迄、満遍無く観れるのが嬉しい。

最近デューラーに非常に興味が有るので、オールド・マスターを中心に観て廻ったのだが、いやぁ、デューラーと云う作家は、やはり本当に素晴らしい!何時の日か「レイト・ステイト」で良いので、「アダムとイヴ」か「メランコリア」を手に入れたいモノだが…無理かなぁ?

そして先週のもう一つの目玉は、アヴェリー・フィッシャー・ホールで催された、現在「ロンドン・ロイヤル・フィルハーモニック」の音楽監督を務める「魔術師」シャルル・デュトワと、ニューヨーク・フィルに拠る「オープン・リハーサル」で有った。

この「オープン・リハ」とは文字通り「公開リハーサル」の事で、会場に一般聴衆を入れて、リハを行う。勿論チケット代は掛かるが、本番に比べると非常に良い席(自由席)で、下手をすると5分の1から8分の1位の価格で楽しめると云う、恐らく日本では意外に知られていないシステムで有る。

しかしこの日の「オープン・リハーサル」は、サンディの影響で、今回の3日間公演の為の何と「最初で最後の」リハと為ってしまい、その為に曲目も変更されたのだが、それにしても何とも素晴らしいリハで有った!

この日演奏されたのは、エルガーの「エニグマ変奏曲」、ロシア近代音楽の父グリンカの「歌劇『ルスランとリュドミラ前奏曲」、そしてラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」…エルガーラフマニノフをこよなく愛する筆者には、当に「ヨダレ物」の曲達。

アヴェリー・フィッシャー・ホールに着くと、会場の3分の1位が聴衆で埋まって居たが、ど真ん中の素晴らしい席をゲット。暫くして、普段着の楽団員とデュトワが登場すると、控え目な拍手が起こり、先ずはエルガーのリハが始まった。

そして、この愛妻アリスが気に入った事に拠って、エルガーが次々に作ったと云う変奏曲集の、最初に奏でられる主旋律を聴いた時点で、有ろう事か、リハだと云うのに、その旋律とニューヨーク・フィルの弦の余りの美しさに、感極まってしまったのだ!

一通り演奏が終わると、早速デュトワがオケに対して何箇所か注意を喚起し、やり直しをさせ、調整を始める(彼は「見るからに」細かそうだ!)。その途中、団員が勝手に席を外したり(トイレにでも行っているのだろう)、団員間やデュトワとの間で笑いが漏れたりと、真剣ながらもリラックスした感じがリハっぽくてまた良い。

そして何よりも興味深かったのが、何回か調整を加える事に拠って、オケの演奏が全く違って来た事で有る。

「リハーサル」の意味とは、当に其の事と重々承知はしているが、通常本番しか聴かない聴衆達には、「どんな経緯で、最終的にこの様な曲解釈や演奏法に為ったのか」と云う事が見えない。それがこの「オープン・リハーサル」では、その「作り上げられる過程」をほんの少しでも見て聴いて識る事が出来るので、非常に面白い。

エルガーに大分時間を費やしたデュトワは、グリンカの曲は短目に流し、その後インター・ミッションを入れた。15分間の休憩の後ピアノが運ばれ、愈々ラフマニノフだ。

今回ラフマニノフのコンチェルトを弾くのは、バッハ・コンクール優勝経験の有るロシア人ピアニスト、ニコライ・ルガンスキー。正確でクールだが、時には眼鏡を落とす程(!)情熱的な彼の演奏は、筆者が最も好きなピアニスト、亡きアレクシス・ワイセンベルグを髣髴とさせる。

ラフマニノフのピアノ・コンチェルトの中では、個人的には誰が何と云っても「第2番」が好きなのだが(拙ダイアリー:「『ウディ・アレン』と『ラフマニノフ』に就いての話」参照)、ラフマニノフが初めてのアメリカ演奏旅行の為に作曲し、ピアニストのヨゼフ・ホフマンに捧げられたこの「第3番」も、この作曲家の「如何にも」的な情熱的旋律と超絶技巧を聴く事が出来るが、ルガンスキーはこのラフマニノフの「ツボ」を良く抑えて居て、それはショパンピアノ曲を弾く時にも求められる、16分の1拍位の「タメ」を以て弾く所で、この「タメ」が曲をより美しく仕上げるので有る。

またもう一つ思ったのは、ラフマニノフのコンチェルトは、敢えて云うが、やはり「男が弾かねばならない」と云う事だ。

それは、此処迄笑っちゃう程ロマンティックな曲は男にしか書けないし、その曲の演奏は男がすべきなのである…そして「再び」敢えて云うが、これは「『能』は男が演じねばならない」のと似ている(と思う)。

何れにしても、デュトワニューヨーク・フィル、そしてルガンスキーの「過程演奏」は最高に素晴らしく、同じフレーズを異なった演奏で聴く事が出来た上に、「創作過程を識る」と云う「リハーサルの醍醐味」を満喫出来た、稀なる経験と為りました!