体験藝術覚書。

ー展覧会ー
・「Aomori Printトリエンナーレ2017」審査会:「棟方志功国際版画大賞」の審査員を仰せ遣い、雪降る青森に向かう。今回の応募作は凡そ170点で、技法も木版・エッチング・リト・インクジェット・エングレーヴィング等様々、テーマも古典的な物から現代的な物迄揃い、レヴェルも中々に高い。審査員は僕の他に青森県美の高橋さん、京都市芸大の大西先生、都現美の近藤さんと日本版画協会理事長の磯見氏の計5人。2日間に渡り審査し、結局僕イチオシの少々過激なテーマの大型木版作品は優秀賞に入賞したが、個人的に物凄く欲しい一作(笑)。1つ面白かったのは、地元の高校生に圧倒的人気の有った作品がどれも入賞しなかった事で、「世代間ギャップが有るのかな?」と首を捻ったが、審査後の彼等へのレクチャーの際にその事を確認出来ず、残念。入賞・入選作品の展示は、青森県美で2月3日から。

・「Here and Beyond この現実のむこうに」@国際芸術センター青森:雪が積もり、より美しく佇む安藤忠雄建築の国際芸術センター青森で開催中の、「アーティスト・イン・レジデンス2017秋」。日本、中国、インド、シンガポール、フランスからの5組の参加アーティストに拠る展示だ。ボイス的、或いはもの派的作品にも思えるが、特に本山ゆかりの「デジタル・ドローイング」に惹かれる。

・市村しげの「相対的関係/Relative Relation」@Sh Art Project:ニューヨーク在住の現代美術家市村の新作展。アクリル粘土を丸め、今迄の作品の様にドットを配した、見方に拠っては例えば心電図の様にも見える新作群が新鮮。同世代なのに、新しい展開を生み出す作家の情熱に脱帽。

上田義彦「林檎の木」@Tomio Koyama Gallery:生命、特に「木」に愛着を示す写真家上田の新作展。印画紙の白と、8X10で撮ったにも関わらずミニマイズした美しい「林檎の木」とのコントラストが美しい。

・藤本由紀夫「Stars」@Shugo Arts:ランダムな音を「描く」藤本作品は、その欠落したオルゴールの音と紡がれるイメージの蓄積が心を揺さぶる。本作は18本の音の連作アートだが、2本位なら家に欲しいと切に思う程音が美しく、それと同時にデュシャン、ケージ、そしてシェーンベルグの芸術をも追体験出来る。

・「小野田實」@タカ・イシイギャラリー:「具体」の第三世代で有る小野田の、初期から晩年迄の作品で構成される展覧会。胡粉とボンドで起伏を持ったキャンバスに描かれた円は、時にフラジャイルで草間の作品の様にも見えるが、有機的に思える…自身が「繁殖絵画」と呼んだのも宜なるかな


ー音楽会ー
・益田正洋&川瀬佑介「スペイン!ギターと絵画の交わるところ:スペインは何故アルハンブラを想い出したのか?」@北とぴあ・つつじホール:ジュリアード時代からの友人クラシック・ギタリスト益田正洋と、国立西洋美術館主任研究員川瀬佑介のコラボ企画。この企画コンサートに行くのは2回目だが、益田君の素晴らしい演奏と、川瀬氏の軽妙且つタメに為るお話は相変わらず楽しい。今揺れているカタルーニャや、嘗て訪れたグラナダコルドバ、或いはセビーリャに想いを馳せる、心温まるコンサートだった。

辻井伸行「音楽と絵画コンサート」@オーチャードホール:前半は辻井本人の曲、後半はクラシックのピアノ曲を、モニターに映る写真や印象派の名作絵画で彩る企画のコンサート。個人的にはモニターに映る印象派等要らないが、自作曲「ロックフェラーの天使の羽」は12歳時の作曲と云うから、矢張り辻井の才能は凄い。そしてラヴェルの2曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」と「水の戯れ」が、何よりも素晴らしかった…ラヴェルの曲は、運指の都合や曲調が辻井に非常に合って居る様に思う。

小菅優「Four Elements Vol.1:Water」@オペラシティ・コンサートホール:顧客から勧められて、初めて聴いたピアニスト。確りとした固い演奏だったが、最後の一音から指を離す際の残音が、何時も気に為って仕舞う。「水の戯れ」は辻井の演奏の方が柔らかく僕好みだったが、武満の「Rain Tree Sketch I&II」は繊細且つ大胆で惚れる。

・ピエール・ロラン・エマール(P)、シャルル・デュトワ(C)、NHK交響楽団「オール・ラヴェル・プログラム」@NHKホール:この音楽会は如何なるコンサートでも今年1番と云っても良い位の、素晴らしい演奏会だった!何しろデュトワN響の信頼関係が素晴らしく、お互いにリスペクトして居るのが演奏からヒシヒシと感じられる…こんな空気を感じる事は中々無い。その上ラヴェルデュトワ/エマールの仏軍とN響の相性もバッチリで、特に今晩のエマールの神がかった「左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調」は、とても左手一本で演奏したとは思えない恐るべきパフォーマンスで、僕は今日のこの演奏を一生忘れないと思う。そしてクラシックのコンサートではでは余り感じる事の無い、愉悦極まりない「グルーヴ」に乗って迎えた最終曲「ボレロ」では、そのフィナーレを迎えるともうNHKホール全体が揺れ、ステージも客席も歓喜の拍手と興奮の笑顔に包まれたのだった!終演後、この日ステージ上でチェロを弾いて居た中学の同級生Fと会うと、彼も興奮の面持ちで「最高だった!」と僕に語り、エマールとデュトワへの賛辞を惜しまなかった。そう、こんな凄い演奏を聞いた僕は本当にラッキーだったし、そして僕はやっぱりラヴェルを心底愛して居るのだ。


ー舞台ー
・「スーパー歌舞伎II ワンピース」@新橋演舞場:個人的にはかなり苦手な新作歌舞伎だが、本作は違い、ハッキリ云ってかなり良かった!普段歌舞伎座では見掛けないタイプの、大勢の女性客で満員の演舞場は、猿之助不在でも右近の頑張りで活気に満ち、「ワンピース」を全く知らない僕ですら楽しめた(劇中若い友人に、登場人物の相関関係等を教えて貰ったりしたが)演出も良く出来て居る。カーテンコールでは猿之助や「ゆず」のカッコイイ方も登場し、後ろの席でもう何回も観に来て居ると声高に話す、所謂「追っかけ」客達も大興奮で、此処迄コアなファンが多いと拍手が起こるタイミングも皆一緒で、何処か「ロッキー・ホラー・ショウ」的楽しみも有るのだろう。また観てみたい。

・「二十周年記念公演 第九回三響会」@観世能楽堂能楽大鼓葛野流宗家亀井広忠、歌舞伎囃子田中流宗家田中傳左衛門、歌舞伎囃子方田中傳次郎の三兄弟の、第9回公演。猿之助負傷の為、当初予定されて居た演目の変更も有ったが、こちらも普段能楽堂では見掛けない観客で満員。正直能舞台で鳴物を見るのは、未だ違和感が有るのだが、然しこの日の「船弁慶」等は、演出も良く考えられて居たと思う。観世喜正師の謡は朗々として居て、何度聞いても素晴らしい。

・「Fantasia: 1st season」@浅草ロック座:来日して居るニューヨークの友人夫妻に誘われ、数十年振りの浅草ロック座へ。僕がNY最後の晩に一緒に飲んだ友人の音響エンジニアが、その晩連れて居た女の子がダンサーとは聞いて居たが、何と彼女はストリッパーで、然しバレエ・ダンサーとしては「ローザンヌ国際バレエコンクール」のセミ・ファイナリストだと云うからスゴい。若い女の子の観客も見掛けた客席は清潔、そしてそのダンサーの彼女も含めた5人で鑑賞した7つのステージは、「全部見せて居るのに、チラリズム」を感じさせる、「ムーラン・ルージュ」「クレイジー・ホース」的な内容で、ショウとしてのレヴェルがかなり高く飽きない。その点エロさは足りないのかも知れないが、ダンサー達の鍛えられた肉体は美しく、公演後紹介された芸大出の若い演出家や、「土蜘蛛」並みのリボン投げのプロ(投げた後、伸び切った時点で巻き戻すテクニックがスゴい!)、一度は食べてみたい500円のエビピラフやカレーも出すバーカウンターで黙々と働く綺麗な女の子、システムを教えてくれたお礼に外国人観光客に通訳して上げた受付の若い男迄、昭和感の残る看板のロゴマーク等、ロック座は絶対にもう一度行きたい!と思わせるショウワ・ジャパンな場所だ!然しハマったらどうしよう…(笑)。


ー番外ー
・茶室「雨聴天」茶室披@小田原文化財団「江之浦測候所」:現代美術家杉本博司氏20年来の夢が叶った、複合文化施設「江之浦測候所」…其処に建つ待庵写の茶室「雨聴天」の席披きにお呼ばれ。杉本氏の大事なイヴェント時には荒天が定石だが、この日は信じられない位の晴天で吃驚する。が、良く考えれば茶室名「雨聴天」とは、雨の日にトタン屋根に当たる雨音を愉しむ事が故なのだから、この日こそ雨が降らねばならなかったのでは無いか(笑)…何ともお天気の神様は気紛れだ。それはさて置き、抜ける様な青空の下、紅葉の中根津美術館旧蔵の「明月門」を通り、元興寺法隆寺の礎石に歴史を眺め、まるでタオルミーナ風の鏡の様な海を臨みながら、五右衛門風呂にピッタリな焚火野点席での杉本氏自らの白湯手前を頂いた後、僕の親戚筋でも有る奈良屋旧蔵の門を潜り、愈々「雨聴天」へ。この日の相客は有名料亭の若女将と有力古美術商で、杉本氏と小柳氏、そして点前をする千宗屋氏に拠ると、最も気楽な席との事で安心。躙口から床を見ると、某所に在るモノと違わない墨跡、茶碗風格の黒楽、そして武将の茶杓に眼を見張る建水…ー嘗て祖先が戦の中、秀吉の為に茶を点てたこの場所で、400年の歳月を経て濃茶を練る若宗匠はさぞ感慨一入だったろうと思うが、客の我々もその感慨を共有し、素晴らしいお茶を頂いた。そう、この「江之浦測候所」は巨大なタイムマシンで有り、日本文化の墳墓と未来で有り、日本人の記憶細胞が鏤められた祭壇なので有る。


気が付けば12月…命短し、恋せよ男。


追伸:先程、能楽太鼓方観世流宗家後嗣の観世元伯師が亡くなったとの報を受けました。元伯師は気さくで、気高く且つパワフルな演奏の出来る素晴らしい囃子方でした。然し51歳とは若過ぎます…残念でなりません。心よりご冥福をお祈り致します。


ーお知らせー

*12月23日(土)13:30より、朝日カルチャーセンター新宿にて「北斎印象派の画家達」と題されたレクチャーを、国立西洋美術館主任研究員川瀬佑介氏と対談形式で催します。詳細は→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/6bd74df6-bb02-1d16-5bf1-59fafec5021f

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。