「ハリケーン」直後の「テンペスト」と、暗闇レストラン。

ミズ・サンディは去ったが、その爪痕は未だ残る。

そしてハリケーン一過後、ニューヨークの気温は一気に下がり(最低4度!)、マンハッタンの街には「冬の匂い」がし始めた…と云う事は、未だ電力が復旧して居ないかなり広い地域でのこの寒さは、特に老人に取っては堪えると思う。ニューヨークの冬は、「ウサイン・ボルト」級の駆け足でやって来るので、一刻も早い復旧を望みたい。

だが、地下鉄は未だ満足に動かず、空港はやっと開いたが1割以下の運航。ハロウィン・パレードは延期され、序でに今日(2日)に予定されていた、裏千家の「炉開き」も中止。会社の方はと云うと、水曜日に来れる社員だけ来ての営業を決定、しかも「版画」セール(80%、700万ドル以上売ったのだから、成功と云えよう)を行うと云うので、朝何時も通りの時間に家を出ると、日頃人でごった返して居る歩道には殆ど人が居らず、道路だけが車で大渋滞…これは何とも異常な光景で、まるで「車だけの国」にワープした様だった。

さて此処で、前回のダイアリーで「泊まる」と宣言して居た「The Out」の報告を、と思ったが、実は結局我々は「The Out」には泊まらず、それは前回のダイアリーを書いた直後に、ウチのビルの電源が復活したから…が、その所為で我々は「『過食』と云う『同じ過ち』」を繰り返す羽目と為った(笑)。

つまり、もうヤケクソの境地に至った我々は、「The Out」へのキャンセルの懺悔の意味も込めて、「The Out」のダイニング・ルームで有る「Ktchn」で、その日の夕食を摂る事にしてしまったからで有る。

この「Ktchn」にも初めて入ったのだが、店内は思ったより広い。内装もシックでセンスが良く、落ち着いた雰囲気…その上、食器等全てに於いて中々趣味が良く、ウェイター達は勿論可愛い男の子達ばかり。メニューを眺め、サラダとハンバーガー、サーモンを注文した頃に為ると、ハリケーンが去りホッとしたゲイ達が押し寄せ、あっという間に略満席…「男率98%」の店内での食事と為った。

そして肝心の料理はと云うと、此れが結構美味しく値段も手頃で、特にハンバーガーのサイドに付いて来たフライド・ポテトが、通常のフレンチ・フライでは無く、薄くスライスしサッと揚げて有ってかなり旨い。また、デザートに食べた温かいアップル・パイも甘過ぎず、中々ヨロシイ。今後も通いたく為る店だった「Ktchn」…お勧めです!

さて、筆者の日々の「アート」の方はと云うと…30日の夜に行く筈だった「Buika」@ブルーノートは延期され、此方も券は取って有ったが「延期かな?」と思っていた或る公演が、開催されると云うので行って来た…その公演とはメトロポリタン歌劇場のオペラ、「テンペスト」。

この作品は、ご存知シェイクスピアの名作をベースに、2004年にトーマス・アデスが作曲、ロバート・ルバージュのプロダクションで完成したオペラで、最新舞台装置と美術、斬新な演出が売りで有る。

歌劇場に着き、一杯飲みながら客達を眺めていると、コンテンポラリーなプロダクションとの噂が広まっている所為か、アート系、デザイン系、ファッション系らしき、何時ものMETオペラとは少々異なる雰囲気の客達が多い。

その上劇場は略満員…そして「テンペスト」は時間通りに、当に「シルク・ド・ソレイユ」の演出を手掛けるルバージュならではの、アクロバティックな「アリエル」の登場に拠って始まった。

しかし、舞台が進むに連れ、筆者とクサマヨイはこの「コンテンポラリー・オペラ」を観て居るのが次第に辛く為り始め、幕間毎に「ムムム…」と顔を見合せて居たが、結局筆者にしては珍しい事に、インターミッション時に劇場を後にする結果と為ってしまった。

その理由は、先ず何しろ演出が須らくダサく、アクロバティックな演出や映像も何処か古臭い。また英語の歌詞だからと云う事も有るのだろうが、「オペラ」と云うよりは「ミュージカル」にしか見えない。音楽も現代的にしよう、しようとしているのが鼻に付き(特に「アリエル」の歌と云うか声は、「アリエナイ」程:笑、鼻に付く)、全く美しくない。

筆者はオペラ評論家でも専門家でも無いが、こう云っては何だが「アメリカ人(カナダ人)には、『オペラ』制作等到底ムリ」と断言したくなる程の(もう云いたい放題だが、何故このオペラやプロダクションの評価が高いのか、筆者には全く理解出来ないのだ:苦笑)、(少なくとも前半は)センスに欠ける残念な作品で有った。

「金返せ」的に憤懣遣る方無い我々はMETオペラを出ると、停電中のチェルシーに住む友人のピアニストH女史が飲んでいると云う、これもチェルシーの行き付けのイタリアン「B」へと向かった。

この大停電中のチェルシーで、一体「B」はどうやって営業しているのか?と訝しみながらタクシーに乗ったが、30丁目を過ぎた頃から道は暗さを増し、街灯は疎か、信号すら点いて居ない!そして初めて体験する、正直一寸怖い「漆黒の闇」ニューヨークの、まるでゾンビ映画に良く出て来る様な「ゴースト・タウン」化したチェルシーの街角でタクシーを降り、暫く歩くと小さな蝋燭の灯りが見え、其処が「B」で有った。

電気の一切来ていない「B」の店内には、テーブルとカウンターには蝋燭、キッチンにはフラッシュ・ライトが取り付けられているだけだが、近所の人らしき客達の姿、そして働いている社長のSさん始め、Tシェフや日本人店員やアミーゴ達数人の姿が!

ハリケーン到来前日から、何と1日も休まず店を開けて居ると云う「B」のこの晩のメニューは、ムール貝等のアペタイザー数種にパスタ全種類(!)、メインは「ラムチョップ」か「ヴィール・ミラネーゼ」のみ…「のみ」って、電気一切ナシでこれだけ作れるのは、最早神業では無いか?

僅かに灯る蝋燭に浮かぶ「B」は「暗闇レストラン」と呼ぶに相応しいが、其処で客を待つ料理とスタッフの心の暖かさは、電気を失ったチェルシーの人々の、冷え切った心と体を何れだけ暖める事か…。結局我々はこの日も、ラジオから流れるジャズの下、Tシェフの「ウニのパスタ」や「ボロネーゼ」、ティラミス迄頂き、再び「同じ過ち」を繰り返してしまったのでした(笑)。

そして今週末から、この秋のメイン・セール「印象派・近代絵画」の下見が始まる。

クリスティーズの目玉は、モネの大名品「睡蓮」(→http://www.christies.com/lotfinder/paintings/claude-monet-nympheas-5615591-details.aspx?from=salesummary&intObjectID=5615591&sid=62e590b1-b1a6-493a-9cb8-ed7b44583b4c)、対するサザビーズは、ピカソの大作「チューリップの有る静物」(→http://www.sothebys.com/en/auctions/ecatalogue/2012/impressionist-modern-art-evening-sale-n08898/lot.9.esthl.html)…今週末はオークション・ハウスで、印象派・近代絵画の名品を楽しんで、「サンディ」に拠って疲れた心や体を癒してみては如何だろうか?