ピカソの「才色兼備な女たち」が作った「世界新記録」。

今晩ニューヨークで開催された、クリスティーズの「Looking Forward to the Past」セールは、本当に凄まじかった。

大家で有るロックフェラー・センターからの指導で、今回から400席程減らされた会場に溢れんばかりの人が集まったこの「キュレーテッド・イヴニング・セール」には、19世紀から21世紀の3世紀に跨るアーティストの作品35点が出品され、売れなかったのはカルダーのモービル1点のみで、その売り上げは驚くなかれ、7億585万8000ドル(約847億円)…たったの34点で、で有る。

そしてもうニュース等でご存知だろうが、トップ・ロットは1億7936万5000ドル(約215億2000万円)で売れたピカソの「アルジェの女たち(ヴァージョン"O")」(→http://www.christies.com/lotfinder/paintings/pablo-picasso-les-femmes-dalger-5895962-details.aspx?from=salesummary&intObjectID=5895962&sid=7c5fa474-58f9-4811-99f9-7579fd1a4a0d)で、この作品が「オークション史上如何なる美術品の中でも世界最高記録」を達成した(→http://player.ooyala.com/iframe.html?ec=81dzExdTrpOrldYSbWUvyunLjLYxt59p&pbid=ccded04939c4010a47d948d2e3232a7&options%5Bautoplay%5D=false#ooid=81dzExdTrpOrldYSbWUvyunLjLYxt59p)。

この金額はべーコンの前記録を3500万ドル以上も超えた物凄い金額で、高額第2位はジャコメッティの「指差す男」の1億4128万5000ドル(約169億5000万円)…この作品も「如何なる彫刻の中でも高額世界新記録」と為った。

また上記2作品以外にも、1000万ドル超作品がドイグ、ロスコ、ピカソもう1点、フォンタナ、ウォーホル、キッペンバーガー、デュビュフェ、モネ、バスキア、スーティンの計12点…が、あと5点(エルンスト、モンドリアン、ノーランド、デ・クーニング、ウォーホルもう1点)が900万ドル台なので、計17点が10億円以上で売れた事に為るモンスター・セールと為ったので有る!

これで僕は、ニューヨークに来てから「世界新記録」誕生の瞬間を5度程「現場」で経験したのだが(其の内3度がピカソ、後はムンクとべーコン)、今回の金額は一寸想像と云うか理解を超えて居て、何か美術品の、或いはピカソの価格が新たなる次元に入った気がして居る。

この「アルジェの女たち」は1955年、ピカソ74歳時の油彩・カンバス作品。フランス19世紀の画家ウジェーヌ・ドラクロワ1834年の名作「アルジェの女たち」をモティーフとして居て、1997年11月10日にクリスティーズ・ニューヨークで開催され、当時としては恐るべき売り上げを記録した「Victor and Sally Ganz Collecion」セールに於いて、ヨーロッパの個人コレクターに3190万2500ドルで売却された作品だ。

そんな「アルジェの女たち」がこの度18年振りにマーケットに戻って来た訳だが、上記ガンツ夫妻がこの作品をパリの画廊から1956年に購入した際の金額は、21万2500ドル。

なので、97年時の売却価格はその約「152倍」、そして今回の落札価格で有る1億7936万5000ドルという値段は、この18年間で「約5.6倍」、そして59年間では何と「約854倍」に為ったと云う事だ…ピカソ、恐るべし!(或いは「やっぱりピカソか…」)の一語に尽きる。

セール後、乗り込んだ社内エレベーターで当社CEOと偶々一緒に為り、僕が入社して数年目にモネの「睡蓮」が初めて1000万ドルを超えて吃驚したのに、今は桁が違うと云う話をしたら、「もう違う時代、違う世紀、違う次元の話よね…」とニッコリ微笑んだのが印象的だったが、1年半振りにベーコンの「ルシアン・フロイドの肖像の習作」の持って居た世界記録をこのピカソ作品が破った大きな理由は、この「アルジェの女たち」が所謂「才色兼備な女たち」だったと云う事だろうと思う。

それは、この「アルジェの女たち」が「現在オークションで高額落札される『要素』の全て」を持って居た、と云う事に他ならないのだが、その「要素」とは例えば「ピカソ」と云うアート・ファンで無くとも知って居る名前、大きなサイズ、華やかな色遣い、旧「ガンツ・コレクション」と云う来歴、判り易い構図、作家のシグナチャー・サブジェクト(キュビズム・女性像等)、状態の良さ、そして高額なエスティメイトと「換金性」の事。

その中でも最後に挙げた「換金性」は、特に今のアート・マーケットを席捲して居る中国人にも最も重要な「要素」の1つで、それはピカソやウォーホルの様な世界的人気&高額作家の作品は、例えば今迄中国人が必死に買っていた中国の美術品等と異なり、若し或る日中国経済が破綻しても世界中に需要が五万と存在する為、万が一の時の換金性に優れているからなのだ。

そして、この様な要素全てを持った絵画は謂わば「才色兼備な女性」の様な物で、「才色兼備な女性」は古今東西「引く手数多」に為る事必然…「アルジェの女たち」は元作のドラクロワの時代より珍重され、追い掛けられ、世界中のアート・コレクターや投資家と呼ばれる「男達」の羨望の的と為ったので有る。

年齢性別を問わない「男達」は、「才色兼備な女性」を追い求める様に時間と金を使って、ピカソやウォーホルの名品を何処迄も追い求める…色恋沙汰とアートとの共通点は余りに多い。

「才色兼備なアート」は、これから未だ未だ高くなって行くのだろうか…明後日の現代美術イヴニング、そして続く印象派イヴニング・セールも注視して行きたい。

然しこのピカソ、僕個人的には同じセール中のもう1人才色兼備な女、「Buste de Femme(ドラ・マール)」(→http://www.christies.com/lotfinder/paintings/pablo-picasso-buste-de-femme-5895969-details.aspx?from=salesummary&intObjectID=5895969&sid=f86a4c6a-cc3d-45ed-9865-8e5376e479b5)の方が圧倒的に好きだったし、来歴も良くて値段も「アルジェの女」の1/3位(!)だったから、買うならそっちと思ったけれど、ほんの少しだけ予算オーバーだったからなぁ…等と、何時の日か云ってみたい(笑)。