「天才オークショニアの退場」と「驚異の現代美術マーケットの到来」。

オバマの、米大統領として初めての「同性婚容認」発言や、チャールズ英皇太子に拠る「天気予報」(渋い声とポケットに片手を入れ続けたポーズが、マジ格好良い!→http://www.bbc.co.uk/news/uk-scotland-glasgow-west-18022243)が、お茶の間の話題を独占している今週のニューヨークだが、先ずは恐ろしくもエキサイティングだった、「コンテンポラリー・イヴニング・セール」の報告を。

先陣を切ったのは、火曜の夜に開催されたクリスティーズ

印象派の憂さを晴らす様なスゴいセールで、59点中不落札はたったの3点(95%)、総売上は3億8848万8000ドル(99%:約310億8000万円)…この数字は「戦後及び現代美術」(Post War & Contemporary)オークションの、史上最高売上で有る。

トップ・ロットはロスコの「Orange, Red, Yellow」で8688万2500ドル(約69億5000万円:エスティメイトは3500万−4500万ドル)、この価格はアーティスト・レコードを更新したと共に、オークションに出品された如何なる「戦後・現代美術」の作品中でも、史上最高額の作品と為った。

また、このセールに出品された「Pincus Collection」は、計1億7490万ドルを売り上げ、これも「戦後現代美術」オークション史上、「最も高額な『個人コレクション』」と相為った。

この新記録ずくめのクリスティーズの「イヴニング」では、上記ロスコを始め、クライン(3648万2500ドル)、ポロック(2304万2500ドル)、ニューマン、リヒター、カルダーを含めた14のアーティスト・レコードが生まれ、前記5人のアーティストの作品(リヒターとカルダーが2点ずつ)とデ・クーニングを含めた計9作品が1000万ドル以上で売れ、41点が100万ドル以上で売れた「モンスター・セール」と為ったので有る。

またこのセールに関して、どうしても云って置きたいのは、このセールの「TOP 10」リストに、何と1点も「ウォーホル」作品が入って居ないと云う事で有る…そう、この凄いセール結果は、ウォーホルの高額作品が無かったのにも関わらず、なのだ!

対する、翌水曜のサザビーズの「イヴニング」はと云うと、59点のオファーで46点売れ(78%)、総売り上げは2億6659万1000ドル(約213億2700万円)。

トップ・ロットはベーコンの「Figure Writing Reflected in Mirror」と、アーティスト・レコードを作ったリキテンスタインの「Sleeping Girl」が同額の4482万5000ドル(約35億9000万円:エスティメイトは両作とも3000−4000万ドル)、第3位はここでやっとウォーホルが登場し、「Double Elvis」が3704万2500ドル、その他に1000万ドル超で売れた作品はトゥオンブリー、リヒター、リキテンスタインとウォーホルがもう1点ずつの計8点で有った。

最後に、昨晩行われたフィリップス…44点中35点が売れ(79.5%)、総売上は8689万7500ドル(約70億円)。

トップ・ロットのバスキア「Untitled, 1981」(1632万2500ドル:約13億円)、デ・クーニング「Untitled IV」(1240万2500ドル)とウォーホル「Mao」(1038万6500ドル)の3点が1000万ドル超の作品で有った。

結局3社は137作品を売り、総額7億4197万6500ドル(約594億円)を3晩で売り上げた事に為る(しかも「デイ・セール」抜きで、で有る)…何とも驚愕の現代美術週間と為ったのだった。

そして、今回のクリスティーズの「現代美術イヴニング・セール」を以て、「世界最高のオークショニア」が引退を表明した…クリスティーズの終生名誉会長クリストファー・バージ、その人で有る。

クリスは、例えば安田火災(当時)が買ったゴッホの「ひまわり」や故斎藤了英氏購入の「ドクター・ガシェ」、「叫び」に抜かれる迄世界記録だったピカソの「ヌード、観葉植物と胸像」、そしてその最後のセールでレコードを作ったロスコ迄、謂わば世界の最高級品質・最高価格の美術品を、数十年に渡り観、触り、売り捌いて来た男だ。

印象派の専門家だった彼は、若い頃からそのチャーミングで品の有る容姿、誠実さとユーモア溢れるオークショニアリング、そして何よりも、最近のオークショニアに欠けがちな「アート=金では無い」的な、作品に対する溢れんばかりの「愛情」を持ったオークショニアで有った。

またクリスは、元々芸術的品格の有る美術品はもとより、ともすれば「紙幣や株」代わりにしか見られない昨今の高額美術品にすら「品位」を持たせる事の出来る、金の臭いの全くしない、決して偉ぶらず驕らない人格の持ち主だった。

素人の方は、「オークショニア等、誰がやっても同じでは無いか」と思われるかも知れないが、実際オークショニアによって売上げもかなり変わるし、客や作品の集まり方も驚く程に異なる…クリスはその意味に於ても天才で有ったのだ。

オークション中、電話ビッドをしている時、尊敬するクリスに

「マゴ、君のビッダーの物だ!」「もう一回どうかな?」「こんな素晴らしい作品を、もう諦めてしまうのか?」

等と云われると、何故か誇らしい気持ちに為った物だが(「イヴニング」常連の或る顧客も、全く同じ事を云って居た)、そんな気持ちにさせてくれるオークショニアは、今は本当に少ない。

そして現在の美術品市場(特に「現代美術」)の高騰は、彼からすると全く想像出来無かった物に違いないと想像するのだ…キャリアが20年しかない筆者ですら1億ドル、いや1000万ドルの作品がオークションで売れて行くのをこの眼で観れる事等、全く想像出来無かったのだから(筆者が此の世界に入ったのは、「ガシェ」の後なので)。

驚異の「コンテンポラリー・イヴニング」の結果と、「天才オークショニア」の引退…1つの時代の終焉と、新しいオークション市場の到来を、筆者に激しく印象付けた1週間と為った。