古典芸能な近況。

7月9日(土)
9:30 久々の激しい雨の中、かいちやうと浅草寺で待ち合わせ、観音様の功徳日で有る「四万六千日」のご祈祷を昇殿して受ける。帰りに鬼灯市で見た鬼灯は、風鈴の音と共にしっとり濡れて、清廉な趣き…そんな止まない雨の中、この日しか頂けない「雷除け」を購入し、ホッと一息吐く。

10:30 連れ立って浅草を後にして上野に向かい、藝大美術館で開催中の「観音の里の祈りとくらし展IIーびわ湖・長浜のホトケたち−」を観る。顔や眼を掘り起こしたお像も有ったが、立派な指定品も多く、場所柄か垂迹系の仏様が多い様に思った、中々のラインナップ。今日は観音様にご縁の有る佳き日だ。

12:30 かいちやうと別れると青山に向かい、久々に会う友人とビストロ「L」でランチ…此処の「フォアグラ・クリスピーサンド」は絶品で、然も廉価。が、コースには紅茶しか付いて居なかったので、その後近所の「F」に行ってコーヒーを頂く。

15:00 表参道で、現在僕を取材して居る某テレビ局のディレクターと打ち合わせ。然しこの企画、ちゃんと番組になるのだろうか?ディレクター氏には、もしこの番組がオクラ入りに為ったら、テーマ曲もキチンと入れてその番組っぽくビデオ編集し、僕の葬式にでも流して貰う約束に為って居るのだが、それでは自分が観れないのが辛い…が、仕方無い(笑)。

16:30 歌舞伎座にて「七月大歌舞伎」夜の部を観る。今月は「猿蟹合戦」為らぬ「猿海老合戦」の体で、後半の海老蔵歌舞伎十八番二曲はさて置き、主人公と敵役を猿之助海老蔵が演じた「江戸絵両国八景 荒川の佐吉」が最大の見処。そしてその「合戦」結果は、猿が海老を喰い捲り、僕も猿之助の素晴らしい演技に涙したのだった!幕間には、恒例「B」に出掛け、「日之影栗のプリン」を頂く…嗚呼、秋が待ち遠しい。

21:30 行きつけの代官山「A」に行き、僕の中で夏に為ると食べたく為る、激ウマ「夏の食の風物詩」トップ3に入る、「鰯入りガスパチョ」を頂く。その他にも、鮎や桃等の旬の食材を使った、Kシェフのアイディア溢れる料理を堪能…この店は食の宝石箱だ。


7月10日(日)
8:00 起床後、小川洋子著「琥珀のまたたき」を読む。不思議な小説だ。偶に自分で、小川のファンタジックな作品に惹かれるのは何故だろうかと考える。

10:30 東京ステーションギャラリーで開催中の、UBSアートコレクションからの展覧会「12 Rooms 12 Artists」を観る。この展覧会の白眉は矢張りフロイドで、出展は版画作品がメインだが油彩とパステルも有り、彼の力強いアートを俯瞰するには充分。が、矢張りフロイドの真骨頂は油彩で、メトロポリタンでの展示を思い出す(拙ダイアリー:「ルシアン・フロイドの『離見の見』」参照)。フロイド展が日本で開催されるのは、一体何時の日の事だろう?

13:00 原美術館に行き、コレクション展「みんな、うちのコレクションです」を観賞。加藤泉の木彫大作や、横尾忠則作品が気に入った。

15:00 友人と表参道でお茶をするが、余りの暑さにどうしてもアイスが食べたくなり、表参道ヒルズの「Ben & Jerry's」で買い求め、道端で道行く人々のウォッチングをしながら食べる。然し人間、顔や姿は本当に千差万別で、カップルを見たりすると彼等は何処でどう知り合い、お互いどう思って居るのだろうか等と考えを巡らせて仕舞う。然し偶に日本で感じるのだが、肌の色が均一でファッションも似たり寄ったりな事に、少々居心地が悪くなる。

16:30 ワタリウムに立ち寄った際、偶々居らした園子温氏をKさんに紹介して貰う。キタコレビルでのライヴ・イヴェントに、飛行機の都合で出演出来なかった園氏に会えたのは幸運だったが、Kさんに「大変な変わり者のマゴイチさん」と紹介されたので、少々俯く。ワタリウムで展覧されて居た園氏の映画「ひそひそ星」は、ニューヨークでもジャパン・ソサエティの「Japan Cuts」で上演される予定。

18:00 自宅に戻り、掃除と明日の出発準備に没頭する。BGMはRCの「Rhapsody」。


7月11日(月)
5:30 起床し出発準備を始めるが、参院選の結果が余りにも酷く、落胆放心状態。大体投票率が低過ぎるし、投票者の多くが「改憲派の2/3得票」の意味等判って居らずに投票したと云う事を聞き、愕然とする。そしてテレビ画面では首相のドヤ顔が大写しされ、吐き気を催す。この侭では日本は本当に亡国だ。

11:00 成田でANA010便に搭乗。10月終わりから開始される、羽田-NY直行便が待ち切れない。機内では若い友人から強く薦められた「ズートピア」と、以前から興味の有った「ロブスター」を観る。「ズートピア」は良く出来た映画で、ヒューマ二ズム表現は或る意味在り来りだったが、「ゴッドファーザー」のパロディの残酷な極小「コルレオーネ」が余りに可愛く、身悶える(笑)。一方の「ロブスター」は、ギリシャ人監督ヨルゴス・ランティモスに拠る、カンヌ映画祭審査員賞を受賞した不思議な味わいの有る近未来SFドラマ。「独身」が許されない世界の話で、独り身はホテルの様な施設に送られ、其処に居る2週間でパートナーを見つけられないと、何と他の動物にされて仕舞うと云う、身に詰まされるストーリー(涙)…「ロブスター」と云うタイトルは、主人公が「動物にされる時には、何に為りたいか?」と聞かれた時の答えなのだった。主演のコリン・ファレル始め、レイチェル・ワイズやレア・セドゥ、お気に入り俳優ベン・ウィショウ等の個性派俳優が画面を締め固め、奇妙極まりないが幻想的ですら有る美しい作品と為って居て、僕は大好きだった。

18:00(NY時間) 日本に比べればパラダイスな気候のNYに戻ったのも束の間、今年の「リンカーンセンター・フェスティヴァル」に招聘された、能楽観世流二十六世宗家観世清和師の講演会@日本クラブへ。とても数時間前に到着したとは思えない程お元気だった宗家の講演会は、ユーモア溢れるトーク、お仕舞や参加者への「謡の稽古」(!)も含めて、無事終了。その後は宗家、着任されたばかりのお能経験者で有られる国連大使国際交流基金所長、日本クラブ事務長等と7名でディナー。


7月12日(火)
9:30 時差ボケの頭を振りながら、来年春に売り立てをする契約を最近取った、在日本某美術館コレクションに関する電話ミーティング。

10:15 某アーティストがチェルシーに持つ現代茶室へ…この日は朝から、この秋ニューヨークで開催される中国美術セールに、日本人個人コレクターから出品される黒田家旧蔵・旧重美の油滴天目茶碗と、千宗旦・鴻池家旧蔵の玳玻花入、そして砧青磁龍耳花入の撮影。茶花師の朝倉寛氏が生ける、夏椿や蓮が美しい。

13:00 オフィスに出社後、日本で肥えた身体を絞る為のサラダ・ランチを食べ、溜まった手紙の整理や経費精算に精を出す。

18:00 ジャパン・ソサエティーで開催された、観世宗家のレクチャー&デモンストレーションに出席。今回の宗家の来紐育に関して少々お手伝いをさせて頂いたのが、このJSと日本クラブでのレクチャーだったのだが、この日のレクチャーも満席・ソールドアウトで大盛況。その内容は、先ずは外国人学者に拠る能楽の基本レクチャー、そして宗家のユーモア溢れるお話、装束や面、楽器の説明、装束の着付実演、お仕舞いやダイジェスト能(羽衣)、最後にはプログラム外の「土蜘蛛」の仕舞迄超盛り沢山の内容で、最後は宗家に拠る観衆との謡のお稽古アゲイン(笑)!そしてこの晩の宗家のレクチャーは、僕が今迄ジャパン・ソサエティーで経験した如何なるレクチャーの中でもベスト3に入ると断言できる、素晴らしい物と為った。

20:15 レクチャー後は、レセプション・パーティー。宗家率いる観世流能楽師囃子方等30名を含むおよそ100名のパーティーは賑やか且つ華やかに進行し、ささやかながら後援させて頂いた甲斐も有ったと云うモノ。僕も旧知の亀井広忠師や坂口貴信師、森常好師や観世元伯師等と歓談し、近況や明日からの本番への意気込みを聞いたりして居たが、然し宗家の様子を拝見して居て思ったのだが、能楽師の方々は時差ボケに強そうで、誠に羨ましい(笑)。


さて愈々13日から、能楽観世流が世界最高峰と云っても過言では無い舞台芸術の祭典、「2016 リンカーンセンター・フェスティヴァル」に登場し、初日の演目は「翁」と「羽衣」。そして公演は17日迄続き、演目は他に「隅田川」「石橋」「葵上」、狂言も2曲上演される。曲のラインナップを見ると如何にもヨーロッパ人好みだが、さてアメリカ人の反応や如何に…?

次回ダイアリーは、その模様をレポートするので乞うご期待!


*お知らせ*
2016年12月16日19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf