「覚むるや名残なるらん」な、至高の「舞」二題。

ロッド・テンパートンが亡くなった。

今このダイアリーを読んで居る人の中で、この名前を知っている人は極少ないに違いない…ロッドは僕のディスコ全盛時に活躍した超売れっ子ソング・ライターで、ロッドが作った例えばヒートウェイヴ(本人も在籍していた)の「Boggie Nights」やブラザーズ・ジョンソンの「Stomp」、マイケル・ジャクソンの「Off the Wall」、ジョージ・ベンソンの「Give me the Night」、パティ・オースティンの「Do You Love Me」やハービー・ハンコック「Lite Me Up」等を、僕は80年代初頭のディスコでこれらの曲を歌いながら踊り捲り、バラードの大名曲「Always and Forever」や「Baby Come to Me」が流れるチーク・タイム(嗚呼、青春…懐かし過ぎる:笑)では、ドキドキしながら女の子を微妙なくっつき方で抱き締めたりした。

が、恐らく彼の作品で最も有名なのは、マイケルの「スリラー」なのだろう。確かに「スリラー」は良い曲だしMVの出来も良いが、だからと云って売れた曲が良い曲とは限らない(キリッ)。で、「メロウ」な曲が得意だったロッドの作品の中で、僕が最も好きな曲の1つは何かと云うと、実はアニタ・ベイカーの「Mystery」…ロッドの冥福を祈りながら、是非ご一聴下さい(→https://m.youtube.com/watch?v=0q1HZtNx1Wg)。

さて最近の僕は云うと、重要顧客とのミーティングや食事等の合間を縫いながらも、相変わらずのアート三昧。

先ずは読了した本が2冊…1冊目は澤田瞳子著「若冲」だ。本作は第153回直木賞候補作として美術業界でも話題と為ったが、然し内容にはかなり問題が有ると云わざるを得ず、個人的には頂けない。

妻が姑と若冲の所為で自殺して仕舞った為に、その贖罪を最大のモティーフとして画を描き続けたと云った内容、また物語の終盤にモザイク画屏風の2点(静岡県美本とプライス本)らしき作品が登場し、その内の1点が贋作者に拠るモノとされる処等、今流行の若冲で有るが故に、如何に「フィクション」とは云え、現存作品に対する先入観を読者に与えかねず、見過ごせない。スキャンダラスな若冲を創作すれば本が売れる、と云う考えには、到底賛成出来ないので有る。

もう1冊は、桐野夏生著「猿の見る夢」。エンターテイメントの極みたいな内容だが、読んで居る最中にジワジワと感じるイライラ感は、僕が実生活(特に日本での)でも感じるモノと同じで、その点はリアルかも知れない。最終的な感想は、日本のサラリーマンって大変だなぁ、って感じ(笑)。

続いては展覧会…楽しみにして居たサントリー美術館の「鈴木其一 江戸琳派の旗手」展では、プライスさんの所蔵品が出て居なかったのが少し残念。が、今迄何回も観たのにも関わらず、METの「朝顔図屏風」には大感動し、能楽に題材を取った複数の軸作品も興味深い。あれは連作、若しくは他にも作品が有るのだろうか?学芸員U&Iさんにお世話になりました!

またスパイラルでは、若手作曲家蓮沼執太の個性的な展覧会「作曲的 | compositions リズム」を観る。蓮沼氏とはNYで一度だけお会いした事が有って、何処と無く軽快な人だった記憶が有るが、この展覧会も人間の日常生活とリズムの関係性を示す、軽やかな一寸面白い試みだった。

が、今回の展覧会サーフの白眉は、老舗古美術商瀬津雅陶堂での展覧会「貞観彫刻と上代の書」。

本展は雅陶堂主人瀬津勲氏が毎年開催する、インヴィテイション・オンリーの展覧会、「雅」展の第8回目。この「雅展」は毎回雅陶堂所蔵の作品のみならず、美術館からの出展や指定品も含めて、眼が洗われる、クオリティの恐ろしく高い作品が鑑賞出来るが、今回もまた然り。

重要文化財4件3点含む計11点は当然逸品揃いだが、個人的には伝藤原佐里の「絹地切 賀歌」(10世紀)と、「十一面観音坐像」(9世紀)に非常に惹かれる。「絹地切」は、何と云うか「漢字」と「かな」の中間存在、所謂「万葉仮名」の流れる文字が美しく、30cm.に満たない小さな一木造りの「十一面観音坐像」は、頭上面も腕も失っては居るが、トルソとして十二分に魅力的。そして、何よりもそのお顔が素晴らしい!ふっくらとした少年の様なご尊顔は、少し傾いて居て、其処も平安前期の味わいを感じさせる作品だ…うーん、欲しスグル(笑)。

さてそんな実現不可能な煩悩を抑えつつ(涙)、今日の本題は最近真に美しい「舞」二題を観た、舞台に就いて。

その内の一つは、梅若能楽学院で開催された「二十九世 観世左近 二十七回忌追善能」。当代宗家の父観世左近元正師の追善能は、連吟から始まり、宗家の「三輪 白式神神楽」へと続いた。

三島由紀夫が能に魅せられた理由が、初めて観た「三輪」だった事は知られて居るが、神話では男性だった三輪伸が、能では女性として出現する事もその理由だったかも知れない…そんな三島を魅了した白一色の三輪神に扮した宗家の舞は、飽く迄も気品に溢れる。

そして、踏み出す足の一歩一歩から扇の先迄、無心且つ細心の注意を払われた宗家の舞は、余りにも神々しくて美しく、信仰心、或いは追善の心とはこう云う事なのだと、静かに語って居る様だった。

2つ目は歌舞伎座で始まった、「中村橋之助改め 八代目中村芝翫 襲名披露 芸術祭十月大歌舞伎」夜の部。

襲名直前に京都の芸妓とのスキャンダルも出て、更なる華やかさも加えわった(笑)芝翫一家の襲名公演だが、何故か舞台の方は今ひとつで、お目当の「口上」も藤十郎の声は良く聞こえないし、子供3人の同時襲名も数が多過ぎてか、イマイチ盛り上がらない。

が、もう1つのお目当、最終演目の玉三郎の「藤娘」が超素晴らしく、「嗚呼、来て良かった…」と溜飲を下げたのだった!

「藤娘」開演前、劇場内は全く何も見えない位の漆黒の闇と為る。僕に取っては、歌舞伎座でこれ程暗い場内も恐らく初めてだったが、その途轍も無く長く感じられた真闇の時間が終わると、一気にライトが点き、舞台上には囃子方と共に、艶やかで美し過ぎる大和屋が佇んで居た。

そして舞い始めた大和屋は、正直66歳の男性には全く見えず、当に可憐な娘…そしてその舞は、指先・足先迄美しさを計算され尽くしたモノで、僕の眼を瞠らせ続けた恐るべき舞で有った!

これぞ日本伝統芸能の粋…能と歌舞伎、聖と俗と云った具合に全く異なるが、男が女に扮しての2つの素晴らしい「舞」を見せて呉れた、観世宗家と玉三郎丈に喝采を贈りたい。

「三輪」の謡の最後に有る様に、覚めても尚名残り惜しい、有難い夢の如き舞二題でした。


−お知らせ−
*10月17・24・30日の3日間、渋谷のアップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://archive.j-mediaarts.jp/festival/2014/art/works/18aj_Searching_for_Eur-Asia/)が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて国際優秀賞とストーリー賞を受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

*10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙突」と題されたレクチャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

*12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf