藝術的に濃蜜な5日間。

11月15日(水)
9:00 全米で最も高額な土地に建つ顧客宅に向かい、終日査定業務。顧客が高齢の為、此処連日僕が全て遣った作品の出し入れ等で疲労が溜まって来て居るが、然しこの仕事をやって居て良かったと思う一瞬は、コレクターと共に作品を観ながら語らい、彼の思い出話を聴き乍ら「この素晴らしい作品を扱うチャンスが、僕には有るのだ!」、或いは「何百年生き延びて来た作品を又これから大事に残すと云う、歴史財産存続の手助けをするのだ」と思える時だ。

18:00 顧客宅を辞去し、ホテル前の日本食料品店のフードコートで「山頭火ラーメン」を食べる。醬油味が既に懐かしい。

20:30 空港へ向かい、チェックイン。ラウンジでは余りに美味そうなアジアン・ヌードルを頂いて仕舞ふ。自己嫌悪。


11月16日(木)
5:30 ANA便が、羽田に到着。深夜0:30に現地を出て、飛行時間と時差でこの時間に日本に着くと、丁度眠れて宜しい。今回機内ではたった1本だけ映画を観たのだが、それは「A Ghost Story」…デヴィッド・ロウリー監督の本作は、タイトルから想像する様なオカルトでもホラーでも無く、一風変わった、然し非常に切ない作品で、どうしてもジャンル分けするなら「ファンタジー映画」だろうか。主演は前回のアカデミー主演男優賞のケーシー・アフレックと、ルーニー・マーラ。ネタバレしたく無いので詳しくは書かないが、主演のアフレックは全編を通して略「白い布」を被り、観客からは眼の動きすら見えない状態にも関わらず、それがアフレックだと確り判る演技力を発揮。そしてストーリーは甘く切なく、寂しい。日本公開は未だだと思うが、サンダンス映画祭で絶賛された本作、超オススメだ。

10:00 ウチのニューヨークの現代美術セールに出品されて居た、ダ・ヴィンチの「Salvator Mundi(救世主)」、通称「ラスト・ダ・ヴィンチ」のセール模様をライヴ映像で観る。110億円程のエスティメイトと云われて居たが、何とそのハンマープライスは4億ドル…手数料を含めると510億円だ!今迄オークションに於ける如何なる美術品の中でも史上最高価格だった、ピカソの「アルジェの女たち」(拙ダイアリー:「ピカソの『才色兼備な女たち』が作った『世界新記録』」参照)の倍以上の高値で記録を更新。然し1枚の絵画作品の価格が此処迄来ると、何と無くもう美術品では無く「カネ」としか考えられない…そして日本美術の余りの安さに呆然しながら、ダ・ヴィンチの500億よりも、藤田美術館の300億の方が日本に取っては大ニュースな筈だし、議論されるべき事象なのに…と落胆する。日本人は本当〜〜に外国ネタに弱い。

18:30 友人と有楽町で公開中の映画「Ryuichi Sakamoto: CODA」を観る。このドキュメンタリーは、5年間に及ぶ教授の音楽制作・思索の記録で、監督は「ロスト・イン・トランスレーション」のプロデューサー、スティーヴン・ノムラ・シブル。「被災ピアノ」から「レヴェナント」、咽頭癌罹患、そして「戦メリ」「ラスト・エンペラー」「シェルタリング・スカイ」等の過去の作品の制作を振り返りながら、教授の「音」への志向の変化を辿る。僕は教授は日本人の中、いや世界でも20世紀最大のメロディー・メーカーの1人だと思って居るが、それは彼が世界の一流監督との「映画音楽」の仕事の大きな成果なのだと思う。そして劇中本人も云って居る様に、『「制約」の中での「自由」の獲得』と、常に自分より高いレヴェルの芸術家や芸術作品に触れ(例えばベルトリッチやタルコフスキー、ボウルズ)、会い、学び、そしてそれを凌駕しようと藻掻き苦しまなければ、優れた芸術作品は生まれない、と云う事を再認する。来月草月ホールで開催される「Glenn Gould Gathering」が、益々楽しみに為って来た。

20:30 映画後は昔日本に住んで居た時に良く行って居た、銀座の馬焼肉「K」で食事。相変わらず美味しくヘルシーな肉刺し、鬣、ヒモ肉とカルビの焼肉、馬汁を堪能。マスターが僕を憶えて呉れて居て、とても嬉しい。その後は斜向かいに在る、此れも馴染みの喫茶店「M」で、名物「和栗のモンブラン」を友人と半分ずっこ。昔から居る気の良いベテラン・ウェイトレスが気を利かせて、モンブランを最初から半分に切って皿に乗せて出して来たので、最初何が出て来たのか分らなかったが、「男同士でも、僕達は1つのモンブランを突いてシェアしたかったのに…」と冗談で云ったら(笑)、彼女は恐縮頻りで謝ったので、却って悪い事をした罪悪感に苛まれる。


11月17日(金)
17:00 森美術館に向かい、「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」のオープニング・レセプションへ。レアンドロ金沢21世紀美術館の「プール」の恒久展示作品で有名なアルゼンチンの作家だが、日本では初の大規模な個展と為る、椿玲子学芸員渾身の展覧会だ。この展覧会は子供から大人迄楽しめる、エンターテイメント性も満点。混む前に是非訪れて頂きたい。

19:00 天王洲の銀河劇場へ行き、友人が出演して居る舞台「この熱き私の激情」を観る。ロビーでは弟夫婦にバッタリ会い、ビックリ。さてこの舞台は、カナダの作家ネリー・アルカンの特異な作品をマリー・ブラッサールが演出、出演は女優と女性ダンサーの7名のみ、そして舞台は娼館と云う、女尽くし・女塗れの演劇。舞台セットは、キューブ形の9つの部屋が2階建に設えられ、各部屋には各々「幻想(芦那すみれ)」「天空(小島聖)」「宙に浮いた姉の金色の魔法」「血(霧矢大夢)」「星の金色の魔法」「神秘(初音映莉子)」「影(松雪泰子)」「蛇(宮本裕子)」そして「失われた(奥野美和)」と名前が付けられて居る。36歳でこの世を去った作者のアルカンは、自らが娼婦の経験が有り、本作品で女達に語られる極めて過激で象徴的、且つ絶望的な言葉の数々は、女優達の熱演と共に観る者の心を抉る。かなり良く出来た舞台なのに、空席が目立って居たのが理解出来ない。まぁ日本人、然も一般向きでは無いか…。


11月18日(土)
9:00 「親孝行ウィークエンド」のスタート。母と新幹線で待ち合わせて熱海に向かい、MOA美術館で開催中の展覧会「千宗屋キュレーション 茶の湯の美ーコレクション選」見学と、その関連イヴェントで有る茶会に出席。若宗匠を始め、FやU等の美術館館長や大阪・京都・名古屋の道具屋さん達にもバッタリ会って仕舞い、そう為ると母を紹介せざるを得ないので、恥ずかしながらこの日は母の「業界デビュー」の日と為る(笑)。長次郎の「あやめ」や大井戸「本阿弥井戸」、牧谿の双幅「蓮に鶺鴒、葦に翡翠図」等、展示された茶道具のコレクションも流石のMOAだが、然し茶会での濃茶席主茶碗だった長次郎焼黒茶碗の「箱」が、子孫了入に拠る「陶箱」な事に驚愕。その陶箱は何処と無く光悦風の面取りの作で、大き目の茶碗と思って使えば、飲めなくも無さそうだったが、ご丁寧に紐穴を開けて焼いて居るので、漏れて仕舞ふ事止む無し…然し、こんなの初めて見た!

20:00 予定されて居たディナーがドタキャンされて仕舞ったのだが、都合良く学生時代の先輩N氏に誘われたので、シャンパンを一本抱えてN氏の若い友人のフェアウェル・パーティー@ウエスティン・ホテルへ。スイートを借り切ったパーティーの主役は、メキシコ人と結婚する為に移住する24歳の可愛いMさん。N氏の交友範囲には驚くばかりだったが、その場の慣れない雰囲気に戸惑う。その後、彼女やその友人が僕の母校出身だと知り少々安堵するが、然し違和感は拭い切れず、N氏を置いて早々に退散…何と無くルーザー気分を噛み締める。

22:00 今日茶会で会った方々から、メール等届く。幾つに為っても、息子が母親と一緒の所を見られるのは何故か恥ずかしい…何故だ?(笑)


11月19日(日)
11:00 「親孝行ウィークエンド」の2日目は、国立能楽堂で開催された「片山幽雪 三回忌追善能」。11時から18時前迄の長丁場だが、母の体調の事も有り、お能二番を中心に15時半過ぎ迄観能。一点難を言えば、番組が詰め込み過ぎで休憩が短く、客がランチを取る時間が無い。況してや国立の食堂は食事が出て来るのが遅いのだから、勝手を云えば観客の腹具合も少々考慮した番組作りをして欲しかった。さて会は連吟「加茂」から始まり、お仕舞六番を経て、最初のお能は観世宗家の「海士 二段返・解脱之伝」。囃子方は藤田六郎兵衞、大倉源次郎、亀井広忠、小寺佐七(番組には観世元伯師と有ったが、小寺師に変わって居た。元伯師、お具合が悪いのだろうか…心配だ)各師のオールスターキャストで、源次郎師の最初の一音の素晴らしさと、宗家の優美な舞(謡い出しがかなり強くて吃驚した)、そして銕仙会の面々に拠る力強い地謡を堪能する。能二番目は今日の真打、片山九郎右衛門師の「三輪 白式神神楽」。出演者が入って来て、小鼓と大鼓の後見に源次郎師と亀井忠雄師が座ったのにも驚いたが、ワキの宝生欣哉師が声も謡もお父さんそっくりに為って来た事にも驚く。そしてこの「三輪」でも、地謡観世銕之丞梅若玄祥、観世喜正各師を配する強力ラインナップだったが、個人的にはシテが余りにヒューマン・フェミニン過ぎて、「神」感が少々足りない気もした…如何だろう?

17:00 母と都内ホテルの中華「T」でディナー。何時も通りの蟹卵入り鱶鰭スープや北京ダック、エビチリ等に加え、何時もと違う物を食べて見ようと、春巻や東坡肉、海鮮焼きそばを食す。母が食欲旺盛で安心する。

20:00 時差ボケでウトウトしながら、久し振りに家でノンビリし、最近古書店で入手した小林秀雄私小説論」初版を読む。この初版本の装丁は青山二郎で、古書店のショウケースに並んで居たのを偶然見つけ、即買いしたモノ。骨董を間に育まれた、2人の愛憎半ばする「友情の証」を読み進む悦びは、秋の夜長にピッタリ。BGMは中学の同級生でN響チェリスト藤村俊介の、ヴァイオリニスト大宮臨太郎とのコラボ盤「コダーイ:二重奏曲」、デザートはファミマの新製品「濃栗プリン」…嗚呼、何て癒されるのだろう。


然し濃い5日間だったなぁ…。


ーお知らせー
*11月23日(木・祝)14時から、僕の友人で有るクラシック・ギタリスト益田正洋君のリサイタルが、北とぴあ・つつじホールで開催されます。特別ゲストはこれまた友人の国立西洋美術館主任研究員、川瀬佑介氏。詳しくはムジカキアラ(03-6431-8186)迄。

*12月23日(土)13:30より、朝日カルチャーセンター新宿にて「北斎印象派の画家達」と題されたレクチャーを、上記国立西洋美術館主任研究員川瀬佑介氏と対談形式で催します。詳細は朝日カルチャーセンター新宿(03-3344-1941)迄。

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。