「暫しの別れ」中の「藝術活動覚書」。

東京に戻り、早や2ヶ月弱…然し「大きな玉ねぎ」を見下ろす新居は、未だ「カオス・ラウンジ」並みに片付いて居ない。

ニューヨークからの荷物は、引越し用ダンボール箱で120余箱…その内の110箱は美術・藝術関係の書籍や図録類で、部屋の床はその重さの為に余り高く積めないと云う理由で平積みされた箱に占領され、その後、以前日本に来た時に滞在して居た神保町の家からの引越し荷物40数箱も届き、此方の荷物も云う迄も無く略々書籍類で、僕は稲垣潤一並みに途方に暮れる。

結局、美大生や研究者の若い友人達に手伝って貰い、つい先日全てのダンボールが漸く空いて、IKEAからの本棚や家具類も届き、今は仕事をしながら本を本棚にジャンル別に並べる作業に従事…酷暑に拠る夏バテと疲労も手伝って、ゆーとぴあ並みに「もう、イヤッ!」状態だ。

さて、そんな中でも僕の藝術観覧欲求は収まらず、日本帰国後のこの2ヶ月間も仕事や片付け、今年から客員教授を始める京都造形大AO入試立会い、最近人間国宝に為られた能楽小鼓方大倉流宗家、大倉源次郎師(源次郎先生、御目出度う御座います!)宅での虫干拝見、そして数々の会食の合間を縫ってアート体験して来たので、「トウキョウ・アート・ダイアリー」第1回の今日は、それ等をサラッと記録して置こうと思ふ。


−展覧会−
・「境界を跨ぐと、」@東京都美術館:地理的に「壁一枚」を隔てて交流の無かった武蔵美と朝鮮大のコラボ企画、「突然、目の前が開けて」展の主催メンバーに拠る展示。以前友人の渡辺真也君の紹介で出逢った、鄭梨愛さんと李晶玉さんの作品を観に行く。「日本の中の北朝鮮」の持つ境界が、彼女達の作品から見えて来た。鄭さんの細密肖像画はかなり魅力的。

・「地獄絵ワンダーランド」@三井記念美術館:普段静かなこの美術館も、日曜日に行ってみるとかなりの数の若い人で溢れて居て、それは今近所で大流行りの「アート・アクアリウム」の所為も有るだろうが、展覧会の最初のコーナーに水木しげる作の地獄図が展示されて居るからでも有った…が、例えば東覚寺の大津絵風な画風の「地蔵・十王図」等は可成りコミカルで楽しめた。

・「Yuuka Asakura: Figures of Unconsciousness」@Sezon Art Gallery:数ヶ月前迄オペラシティ・ギャラリーで、ファッション・デザイナー山本耀司とコラボ展をして居たペインター、朝倉優佳の個展。今時珍しい厚塗りオイル・オン・キャンバス作品群は、何処かデ・クーニングを感じさせるが、インヴィテーションに使われていた作品が力強く、良かった。

・「池田学展 誕生」@ミヅマ・アート・ギャラリー:米国マディソンで制作された池田の新大作、「誕生」をフィーチャーした展覧会。個人的には新作中の「花」に違和感が有ったが、本作が佐賀県に拠って1億3200万円で購入されたと云うニュースには、喝采を送りたい。僕も小品を貸与した、金沢21世紀美での展覧会は結局観れなかったので、東京展が楽しみ、楽しみ。

・「ゆう工房の食卓」@しぶや黒田陶苑:敬愛する備前作家、金重有邦氏のご子息の周作・陽作両氏を中心とする工房が作る、食器の展覧会。日常生活に「茶」や「花」を持ち込みたく為る、外連味の無い、リーズナブルで質の高い作品の数々…思わず何点か購入して仕舞いました!

・「舘鼻則孝 リ・シンク展」@表参道ヒルズ・Space O:レディ・ガガも愛した「ヒールレス・シューズ」の開発者で有る舘鼻が、そのヒールレス・シューズや過去の作品、最新作のCamelia、自身で所蔵する浮世絵や花魁写真をもフィーチャーした、日本文化の古今を結ぶ展覧会。舘鼻作品を纏った本物の芸妓に拠る道中パフォーマンスも美しく、虎屋とコラボした出店で出される甘味も美味。彼のアートは時空を超え始めた。

・「17世紀の古伊万里−逸品最発見I展」@戸栗美術館:館長と共に見て回った作品群は、色絵磁器を筆頭に中国・朝鮮陶磁器共に相変わらず素晴らしいの一言だが、新収蔵品の巨大な「伊万里色絵桐亀甲文輪花大皿」は、特に見応え十分。最近始めたと云う学芸員トークも聞き逃せない。

・「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」@21_21 Design Sight:クリストや淺井裕介等も参加して居るこの展覧会は、中々に素晴らしいキュレーションだが、何と云っても親愛なる天才アーティスト西野達の「カプセルホテル21」が秀逸。嗚呼、泊まりたかった…が、矢張りアーティストたる者、これ位ブッ飛んだ企画も偶には考えて欲しいかも。

・「祈りのかたち 仏教美術入門」@出光美術館:「流石、出光!」と叫びたくなる、凄い展覧会。絵因果経一巻から始まり、中国・高麗の鍍金仏も大名品だし、平安期の年記の有る「真言八祖行状図」や旧パワーズ・コレクションで現重文の「十王地獄図」、一休「諸悪莫作衆善奉行」等大名品揃い。「入門」でこれだからなぁ…。

・「静かに狂う眼差し−現代美術覚書」@川村記念美術館:美術史家林道郎氏キュレーションの収蔵品展。オールドマスターから現代美術迄を網羅するDICコレクションを、4つのテーマを基軸に見直す企画。林氏は知的且つ明晰な稀なる方だが、今回の切り口もスリリング。展覧会解説書を兼ねた同題の書籍も、読み応え十分。然し此処を訪れる度に思うのだが、何故ニューマンを売って仕舞ったのだろう…(嘆)。


−舞台−
・杉本文楽女殺油地獄」@世田谷パブリックシアター:「曽根崎心中」に続く近松作品に、現代美術家杉本博司が再挑戦。構成は杉本自身の声に拠る近松人形の口上・人間国宝鶴澤清治の三味線序曲「地獄のテーマ」(笑)・素浄瑠璃人形浄瑠璃の4部構成だったが、素浄瑠璃が少々怠く、人形浄瑠璃が素晴らしかっただけに残念。また所謂ダイジェストっぽい構成なので、個人的にはもう少し大胆に杉本色を出した物が見たかった気がしたので、氏には「阿部定事件」の文楽化を強く希望する。

・八月納涼歌舞伎「野田版 桜の森の満開の下」@歌舞伎座:一緒に行った能と洲浜研究者、R君の兄上が音楽を担当している本作は、野田ファンで埋め尽くされた歌舞伎座を席巻し、最後はスタンディング・オベイション…が、歌舞伎座で歌舞伎として演る意味が有るのか?と思ったのも事実。

・第23回「能楽座」自主公演@国立能楽堂:この日の番組は狂言「鬼瓦」から始まり、大槻文蔵師の舞囃子「乱」…これが誠に素晴らしいかった。独吟2つを挟んで、トリは梅若玄祥師と観世銕之丞師の「二人静」。失礼ながら体型は大体マッチして居らしたが、これ位の大御所お二人と為ると、舞を合わせるのは困難至極で、逆に云えばこれだけ舞が合わないと、同じ曲を舞っても舞い手に拠って、如何なる舞の中の動作もこれだけタイミングが異なる物なのだ!…という事が分かったのが収穫。


−映画−
・「昼顔」:僕の終生のライヴァル(どこがじゃ?:笑)斉藤工&上戸彩主演の、昼メロ映画化作品。ストーリー自体は何て事ないが、終わり方は少しフランス映画っぽく、妻が夫と愛人が一緒に居る所を見つけた時に車のクラクションを思い切り鳴らす場面は、実生活にも使えそう(笑)。

・「ザ・マミー/呪われた砂漠の王女」:トム・クルーズ主演作品の最大ヒットらしいが、要は「ハムナプトラ」+「ミッション・インポッシブル」+「インディ・ジョーンズ」÷3な感じで、然も面白さは「ハムナプトラ」に遠く及ばない…が、55歳に為るトムがスタントマンを使わない事だけには感心する。


−音楽−
PMFオーケストラ・コンサート@東京文化会館:パシフィック・ミュージック・フェスティヴァル主催、大好きなゲルギエフがタクトを振った、選抜学生交響楽団のリサイタルだ。演目はワーグナータンホイザー序曲」、弱冠16歳のヴァイオリニスト、ダニエル・ロザコヴィッチをフィーチャーしたブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第1番」、そしてシューベルト交響曲第8番「ザ・グレイト」。彼らの「伸びしろ」を想像しながら、未完成な然し才能溢れる演奏を聴くのは、何と幸福な事だったのだろう!


後数日で、何と9月…夜風が涼しく為って来た。


ーお知らせー

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい!