謹賀新年、或いは「龍安寺」に里帰りした襖絵。

新年明けまして、お目出度う御座りまする。本年も宜しくお願い奉り候。


気が付けばこのダイアリー、何と2ヶ月半も更新せず…僕に取って、こんなに長い期間の非更新は初めてなのだが、これは単に10月に起こった青天の霹靂の人事異動の所為で有る。

なので、新年を迎えた今日は、昨年のラスト2ヶ月の総括を。

先ずは11月のニューヨーク・セール…大物では唯一ゴッホが売れなかったが、ホッパーとホックニーに其々「アメリカ絵画」と「現存作家」の世界新記録価格が出たりして、メインセール・ウィークの売り上げは競合他社との差も歴然。そして相変わらず世界のアート界に漂う、マネーの多さを証明した。

続く香港セールでは、アジアで売られた最も高額(約67億6千万円)なアートと為った、宋時代の詩人蘇軾作の「木石図」が有ったが、その反面アジア現代美術は苦戦。然し日本人顧客に関して云えば、買い手・売り手とも活発で、東洋美術マーケットに於ける日本の重要性は増して来て居るし、一点で5、60億円の作品が存在する以上、一昨年の藤田美術館セールを鑑みても、東洋美術のアート市場は現代美術や印象派と比べても、決して引けを取らないマーケットに為って来て居ると思う。

だが、僕個人の今年最後の仕事として特筆すべきは、矢張り123年振りに襖絵9枚(芭蕉図)を、プライヴェート・セールで京都の古刹龍安寺に戻した事だろう(→https://www.sankei.com/photo/story/news/181221/sty1812210010-n1.html:記事には「持ち主が持ちかけ」と有るが、実際は僕がお寺に戻したいから売ってくれと頼んだのだけれど…)。

実は僕は2010年のオークションで、別の襖絵6面(群仙図・唐子図)を龍安寺さんに買って頂いて居るのだが(拙ダイアリー:「里帰りする『襖絵』」参照)、人生で2回も同じお寺さんから流出した襖絵を戻すなんて、もう「ご縁」としか思えない。

さてこの計15面を含む龍安寺の襖絵は、仏教美術品に良く有る様に、明治期の廃仏毀釈時に流出し、その時は九州の炭鉱王が引き取ったのだが、その後海外に流出、現在も数点がメトロポリタン美術館やシアトル美術館に収蔵されて居る。

そして今回のこの「芭蕉図」も長く英国に有り、前からそれを知って居た僕は、何とか元の場所に戻したいと思って居たが、一寸油断をした隙に何時の間にか日本在住コレクターの元に移って仕舞って居て、が、それから持ち主との数年間の交渉の末、漸く売って頂ける事と為ったので有る。

今回の仕事はお寺さんにも大層お喜び頂いたのと、僕自身も偶々京都での大学の講義日程と合った事も有って、今回襖絵が132年振りにお寺に里帰りする「その日」に立ち会う事が出来て、本当に嬉しかった!

最近新しい職務に可成りウンザリして居た僕としては、今迄遣って来たこの様な仕事に未だ携わるチャンスが有る事だけが救いなのだが、「美術品とその『美術史に触れる』と云う仕事だけが、僕に取って最も遣り甲斐の有る仕事なのだ…」と改めて、そして熟く思う新年なので有った(笑)。


ではでは、この辺で此処2ヶ月半の「藝活」状況を箇条書きで記して置こう。


ー展覧会ー
・「ルーベンス展ーバロックの誕生」@国立西洋美術館
・「フィリップス・コレクション展」@三菱一号館美術館
・市村しげの「Resonance」@Cassina Ixc.
・「新素材研究所ー新素材 x 旧素材ー」@建築倉庫ミュージアム
舘鼻則孝「Beyond the Vanishing Point」@Kosaku Kanechika
・Stefan Bruggemann「Ha ha what does this represent? WHat do you represent?」@Kotaro Nukaga
森村泰昌「『私』の年代記 1985-2018」@ShugoArts
・リチャード・タトル「8, or Hachi」@小山登美夫ギャラリー
・「新・桃山の茶陶」@根津美術館
・「雅展」第十回「みやび」@瀬津雅陶堂
・齋木克裕「朝食の前に夢を語るように」@Sprout Curation
・「中国近代絵画の巨匠 斉白石」@東博
・「高麗青磁ーヒスイのきらめき」@大阪市立東洋陶磁美術館
・「Michael Borremans / Mark Manders」@ギャラリー小柳
・「田根剛 未来の記憶」@ギャラリー間
・「Sadamasa Motonaga」@Fergus McCafrey, NYC
・「Alexander Archipenko: Space Encircled」@Eykyn Maclean, NYC
・多田圭佑「エデンの東」@Maho Kubota Gallery
Chim↑Pom「グランドオープン」@Anomaly
・「Love & Peace:ロバート・インディアナ追悼展@ヒルサイドフォーラム
・川島秀明「Youth」@小山登美夫ギャラリー
・「桑山忠明」@Taka Ishii gallery
・小野祐次「逆も真なりー絵画頌」@ShugoArts
・「コレクション展」@京都国立近代美術館
・「バブル・ラップ」@熊本市現代美術館
・「扇の国、日本」@サントリー美術館


ー映画ー
・「ボヘミアン・ラプソディー
・「わたしはマリア・カラス
・「名探偵登場


ーCDー
横山幸雄・黒木雪音・藤田真央「パデレフスキ:ピアノ名曲集」
・平井麻奈美「願い」
村治佳織「Cinema」
・ヴィキングル・オラフソン「フィリップ・グラス:ピアノ・ワークス」


ーアートフェア・オークションー
・「蒐集衆商」@スパイラル
・「Harajuku Auction: Pop-life / Pop-ism」@The Flat
・「目白コレクション」


ー音楽会・舞台ー
・ヴィクトリア・ムローヴァすみだトリフォニーホール
マウリツィオ・ポリーニサントリー・ホール
・能「利休ー江之浦」@江之浦測候所・石舞台
・能「天正遣欧使節」@MOA美術館・能楽堂
・「Mugen∞能」@観世能楽堂
・「歌舞伎座百三十年 吉例顔見世大歌舞伎 夜の部(法界坊)」@歌舞伎座
・「豊饒の海」@紀伊国屋サザンシアター
マリインスキー・バレエ東京文化会館
・イーヴォ・ポゴレリッチ@サントリー・ホール
・浜松シティ・フィルハーモニー「第8回定期演奏会エルガー「チェロ協奏曲」)@浜松福祉交流センター
・「Skylight」@新国立劇場
・「貴信の會」@観世能楽堂
・「十二月大歌舞伎 夜の部(阿古屋)」@歌舞伎座


ー茶会ー
・千宗屋「南蛮茶会」@MOA美術館・一白庵
・随縁茶会@武者小路千家東京道場
森万里子「現代茶人の茶席」@根津美術館


ーレクチャー・授業ー
・「ラ・ココット」講演会@エノテカ・ピンキオーリ名古屋
・京都造形芸術大美術工芸学科基礎美術コース、1・2年生授業@京都造形芸術大学


いやぁ、やっと更新できました(笑)…が、各藝術の内容や感想に関しては、少しずつアップして行く予定なので、次回のダイアリーがアップされた後も、偶に気にして見直して頂ければ幸甚で有る。

然し、今年の年末は忙しかった…クリスマスは昨年程は嫌いじゃなかったが(笑)、恒例の作家・写真家・ジャズ評論家との忘年会「男4人会」や、アート関係者が集う「玉蘭会」も盛況、そして現代美術家S氏とは連夜の熱唱、何時もの様に除夜の鐘も「Z」で。

正月休み明けからは直ぐ海外出張が待っているので、確り休みまする。


ーお知らせー
*1月19日(土)、朝日新聞「be」の「フロントランナー」(→https://www.asahi.com/articles/DA3S13852214.html)に、取材して頂きました。ご一読下さい。

*雑誌「pen」468号(2月15日号)「今こそ知りたい!アートの値段。」(→https://www.pen-online.jp/magazine/pen/468-art)にインタビューが掲載されて居ます。ご一読下さい。

*3月2日(土)18:30〜20:00、朝日カルチャーセンター新宿にて「『奇想の絵師』とプライス・コレクションー奇想の系譜展によせて」と題されたレクチャーを開催します。詳しくは以下参照下さい(→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/266a6245-940d-c189-3223-5bc5c54de32e)。

藤田美術館の公式サイト内「Art Talk」で、藤田清館長と対談しています。是非ご一読下さい(→http://fujita-museum.or.jp/topics/2018/12/17/351/)!

*日本美術専門誌「國華」の会員誌、「國華 清話会会報」第三十二号に、僕と小林忠先生の対談が掲載されて居ます。ご一読下さい。

*「目の眼」第508号に、僕のインタビューが掲載されています。ご笑覧下さい(→https://menomeonline.com/about/latest/)。

*僕が嘗て扱い、現在フリア美術館所蔵の名物茶壺「千種」に関する物語が、『「千種」物語 二つの海を渡った唐物茶壺」として本に為っています(→http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033551943&Action_id=121&Sza_id=E1)。非常に面白い、歴史を超えた茶壺の旅のお話を、是非ご一読下さい!(因みに、その「千種」に関する僕のダイアリーはこちら→http://d.hatena.ne.jp/art-alien/20090724/1248459874、今から思えば、これも藤田美術館旧蔵で有った…)

主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。

教えて、ゴン太くん。

先ずは、最近の2つのアートの話題に就いて。

然し何故日本のメディアは、某オークション会社に於けるバンクシーの「茶番劇」に此処迄騙され、間抜け極まり無い報道を続けるのだろう?

ヴィデオを見れば、あの作品が裁断された時、オークションハウスの社員は誰一人として驚いたり叫んだりして居ない。そもそもあんな仕掛けが作品中に有るのを、スペシャリストがカタログをする時に見つけない訳が無いし、もしカタログをする際にフレームを外したりの精査をして居ないとすれば、そのスペシャリストもオークションハウスもプロとして失格。そしてあんな事が実際に「事故」として起きたら、損害賠償額はとんでも無い事に為るだろう。

まぁ僕としては、この「完璧なるヤラセ」を白々とメディアに流す売り手やオークションハウスの神経も、買い手のその後の態度も白けるのみ。序でに、こんな茶番を許したで有ろうバンクシーの評価も僕の中ではダダ下がりだし、それをさも大事件の様に報道する日本のメディアもまた然り。

以上は飽く迄も僕の「想像」だけれど、「次回」この作品がオークションに登場する時の落札価格は楽しみだ…この「事件」がもし本当の「アクシデント」だったら、値は相当上がるだろうから。

もう一つは、芸大内に出来たアートショップの件。この件に関して、例えば「アーティストが作品の売り方を学生時代から考える等、ケシカラン!」的な意見も聞くが、そんな事ありません。世界的に見れば、学生の頃から絵を売っている有名画家は勿論居るだろうし、音楽家だって然り。

芸術の販路に合わせて作品を作るのは一考を要するが、大学にアートショップが在って、其処で売る事の何が悪いのかと思う。売りながらでも技術や思想は成長するだろうし、売らなくても進歩のない奴はないのだから、売りたい人は画廊ででも学校ででも売れば宜しい。

また「職業としての芸術家」と考えると、音楽家に比べて画家や彫刻家は将来の不安がより切実だと思うから、絶対に学生の頃から「生活」を考えた方が良い。それを否定する美術業界の人は、責任取ってあげないと。

そして僕の骨折の方はと云うと、未だ痛みや腫れは有る物の、やっと靴を履ける位には為り、松葉杖無しでも足を引き摺りながら歩ける様に為ったので、仕事も藝術活動も再開…「骨折り損」的仕事はさて置き、「嗚呼、藝術と触れ合えるのは、何て幸せな事なのだろう!」と云う訳で、復帰後の「藝活」報告を。


ー音楽・舞台ー
アリス=紗良・オット東京文化会館:今年出たアルバム「NIGHT FALL」収録曲を中心とした、僕は初めて聴く日系ドイツ人ピアニストのソロ・ピアノ・リサイタル。曲はフランス人作曲家特集とも云える内容で、前半はドビュッシー「ベルガマスク組曲」、ショパン夜想曲の1、2、13番、そして「バライチ」(バラード1番)。後半はドビュッシー「夢想」から始まり、サティのお馴染み曲「グノシエンヌ」1番、「ジムノペディ」1番&3番、そして最後はラヴェル「夜のガスパール」だったが、このピアニストは音数の少ない静かな曲よりも、多い曲の方が得意らしい。特に最後に「夜のガスパール」が良かった。アンコールは「亡き王女のためのパヴァーヌ」、会場では日本美術史家のH先生に又又お会いする。

・「歌舞伎座百三十年 秀山祭九月大歌舞伎」夜の部@歌舞伎座:夜の部の演し物は、幸四郎の踊り「松寿操り三番叟」、近松原作・吉右衛門の「俊寛」、そして玉三郎の新作舞踊「幽玄」…幸四郎の踊りは未だ未だ、大播磨の俊寛は相変わらずの熱演だったが、問題は最後の大和屋の「幽玄」だ。能の三曲、「羽衣」「石橋」「道成寺」を「鼓童」の太鼓に合わせて舞う企画だが、実際大和屋は殆ど舞って居ないに等しい。そしてこの演目はそもそも大和屋の自主公演でのモノらしいのだが、「新作歌舞伎舞踊」との謳い文句に誘われてこの日来た者の眼には、三流の能を観に来たに等しかった。先ず鼓童の演奏は決して悪くないが、冗長で飽きる。舞台の演出も歌舞伎座で演るのに、何であんなに能っぽくしなければ為らないのか理解できない。この場で何度も云って居るが、何故「新しい芸術」「新しい舞踊」を創らずに、脳や歌舞伎のマイナーチェンジしか出来ないのだろう?…この「幽玄」も、ハッキリ云って「1+1=0.5」に為って仕舞って居て、「道成寺」も「京鹿子娘道成寺」も超えて居ない。どっちつかずは止めて、真の「新しい芸術」待ち望むのは欲張り過ぎるのだろうか?

マウリツィオ・ポリーニサントリーホール:噂では来日公演は今年が最後、と云うポリーニ。人生でもう何回ライヴを聴いたか分からないが(拙ダイアリー:「カーネギーで溢れた涙」参照)、現存するピアニストの中で真の感動を呼ぶ、数少ないピアニストの1人に違いない。さて今回のプログラムは前半がシューマンで、後半がショパン。開演が結構遅れて心配したが、やっと出て来て始まったシューマンアラベスクは硬くて、大丈夫かぁ?と心配全開。後半のショパン・プログラムでやっと彼の演奏は落ち着き、最後の「ピアノ・ソナタ第3番」やアンコールの「子守歌 作品57」等は涙が出た。コンサート後は、偶然会場で会った小説家氏と食事…20世紀最後の、ヨーロッパの歴史の様なピアニストを肴にイタリアンを頂く。「執事」の様に背を丸めて登場し、椅子に座りいきなり弾き始めると「貴族」と化すポリーニ。その演奏をもう1日だけ聴きに行こうと思って居る。

・「ららら♪クラシック コンサート vol.3 魅惑のチェロ特集」@サントリーホール:大学時代の友人高橋克典が司会を務める、NHKで放映中の番組のライヴ版コンサート。今回は若手チェリスト5人(北村陽、新倉瞳、辻本玲、上野通明、宮田大)が集まり、チェロの名曲を弾く。彼らの腕もさる事ながら、楽器も5人中3人が貸与されたストラディヴァリウス(ストラドのチェロは、ヴァイオリンに比べて圧倒的に数が少なく、世界に35挺しか確認されて居らず、価格も同じストラドで同じ位のクオリティのヴァイオリンに比べると、かなり高額らしい)で、それも聞き所。フォーレの「夢のあとに」やピアソラの「アヴェ・マリア」等、僕の大好きな曲も演奏され、満足のひと時でした。

・コリア・ブラッハー「プライヴェート・リサイタル」@ペニンシュラ・ホテル:僕の顧客が持っているストラドを貸与されて居る、元ベルリンフィルコンマス、コリア・ブラッハーが顧客の為に演奏するプライヴェート・コンサート。然し今回ブラッハーは、昨年から使って居る1730年製のグァルネリを使用して、ベートーヴェン、フランク、ワイル、そしてガーシュウィンを演奏。少人数でのこの贅沢なコンサートは、その後の食事と共に溜息しか出ない…至福、至福。

・「能楽喜多流 第十三回 燦ノ会」@十四世喜多六平太記念能楽堂:今回は「物狂」が或る意味テーマらしく、林望先生の解説から始まり、「高野物狂」「籠太鼓」のお仕舞と狂言の後、愈々喜多流ホープ大島輝久師がシテを務める、能「花筺」。世阿弥作のこの曲は切々として居ても、僕には何と云うか捉え所の無い曲なのだが、大島師の謡は朗々として居て、舞も観阿弥が創作したと云われる「李夫人の曲舞」と呼ばれる箇所が特に美しい。席が埋まって居ないのが少々寂しかったが、喜多流は今後何か手を考えねばならなく為るかも知れない…型も良いし、能楽堂も立派なんだけど。


ー展覧会ー
・「マルセル・デュシャンと日本美術」@東博:開催決定から楽しみにして居た展覧会のオープニングへ…で、結果は失望のどん底だった。来日したデュシャン作品は充実して居ると思われ、そのファンには良いのだろうが、肝心の「…と日本美術」の部分が情けない。展覧会の最後に取って付けた様に有った日本美術セクションは、デュシャンとの関連もハッキリせず、モヤモヤ。こんな事なら「デュシャンと利休」の方が分かり易かったろうし、よりその互換性も明確だったに違いない。残念極まる展覧会だった。

・「京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」@東博:上記展覧会との同時開催展。此方は東博実力発揮の展覧会で(笑)、鎌倉慶派の真髄を伝える。中でも快慶の「十大弟子像」は素晴らしく、「こう云う人居るよなぁ」的写実の極み…写実と崇敬の念を同時に顕すのは、大変な技量が必要とされるのが良く分かる。

・「2017年度日本陶磁協会賞記念展」@壷中居:昨年の受賞者は、協会賞に青磁の伊藤秀人氏、金賞には備前の金重有邦氏…そのお二人の受賞記念展と授賞式が、壷中居で開催された。有邦さんとはお互い親子二代お付き合いで、僕自身彼の作陶の大ファンで有るので、我が事の様に嬉しい。茶碗や茶入、水指等の展示が有ったが、何れも有邦さんの実直な人柄が出て居る物ばかりで、授賞式では有邦さんらしい、ユーモアたっぷりのスピーチも。その後の記念ディナー@中華「H」では、漆芸家M氏夫妻やコレクターI氏とのテーブルで楽しくディナー。有邦さんへの祝辞コーナーでは司会のN氏に急に当てられ、序でに僕の最近の昇進に関するアナウンスも皆さんにされて仕舞い、恐縮頻り。有邦さん、本当に御目出度う御座います!

・「フェルメール展」:上野の森美術館で始まった、「日本人大好き」フェルメールを何と8点(大阪展を入れれば9点)を同時に観れる展覧会のオープニングへ、顧客ご夫妻と。今回のご招待は「元同僚」で、今はこの展覧会に最大の協力をしたアムステルダム国立美術館館長のご配慮が大きく、8点のフェルメールが集まった一部屋で過ごした甘美な時間を感謝したい。が、ちょっと残念だったのは、フェルメール以外の作品が如何にも取って付けた感じのクオリティに見えた事で、それだったら例えばもっと高額な入場料を取って、ニューヨークのフリック・コレクションの様な洋館(庭園美術館とか?)で、フェルメールのみを見せた方が良かったのではないかと思う…が、何だかんだ云って、「牛乳を注ぐ女」はモノ凄い作品だと再確認する。石原さとみちゃんのイヤホン解説にうっとりした展覧会後は、オランダ大使館に移動し、記念パーティーに出席。本展を監修をされたS先生等と歓談したり、オランダ料理に舌鼓を打ったり。何とも贅沢な1日でした!

・「京都・醍醐寺 真言密教の宇宙」@サントリー美術館醍醐寺には有名な作品が多く、今迄観た事の有る作品が多いのも事実だが、然し例えば光背化仏すらも超魅力的な「薬師如来及び両脇侍像」や、昔から大好きな剽軽とも云える「五大明王像」、「虚空蔵菩薩立像」や「五大尊像」、「絵因果経」迄見飽きない処か、新たな発見に満ちた作品ばかり。何度も訪れたい展覧会だ。

・「特別展 仏像の姿〜微笑む・飾る・踊る」@三井記念美術館:NYに長く居る者に取って、東京は日本美術の展覧会を観る上では「羨望」の場所で、今回の様に最高品質の仏教美術の展覧会が都内3箇所で同時に観れるなんて…その意味では本当に帰国して良かったと思ふ。さてこの展覧会の冒頭は、冒頭から見覚えの有る作品が並ぶが、然しクオリティは須らく高い。中でも特に気に入ったのは四天王寺の「阿弥陀如来及び両脇侍像」で、脇侍の美しくもファンキーなダンス・スタイル(笑)に驚く。そして修復作品コーナーに展示されて居る「不動明王及び二童子像」…こちらも慶派の宗慶作と思われる素晴らしい作品で、特に不動明王像は鎌倉期の風を館内で感じる程。是非ご覧頂きたい。

・「信長とクアトロ・ラガッツィ 桃山の夢と幻+杉本博司天正遣欧使節が見たヨーロッパ」@MOA美術館:何と長い展覧会名なのだろうか(笑)!が、流石MOA美術館のリニューアル記念展+ニューヨーク・ジャパン・ソサエティで開催された杉本の展覧会「Gates if Paradise」の複合展で、作品内容も本当に凄い。仕事柄南蛮美術は幾つも扱って来たし、最近も某外国美術館に「南蛮屏風」一双や日本・世界地図屏風」一双を収めた僕だが、本展のラインナップは九博で開催された「大航海時代の日本美術」を髣髴とさせる位に素晴らしい南蛮系の展示に驚く。それに加え、杉本の新作展も欧州の歴史臭がプンプンする内容で、特に「ヴィラ・ファルネーゼの螺旋階段I&II」や「地図の部屋」は垂涎の作品だ!そして杉本氏が関わるイヴェントは天候が何時も荒れるのだが、その原因と思われる「雷神像」が上記三井記念美術館の展覧会に貸し出されて居たのを観たので「もしかしたら?」と思ったが甘く、レセプションの日は「矢張り」雨だった(笑)。

・「カタストロフと美術のちから」@森美術館:MOAからダッシュで帰京し、森美術館へ。参加アーティストもオノ・ヨーコやチンポム、池田学やアイ・ウェイウェイ宮本隆司やトーマス・ヒルシュホーン等多彩で見応え十分だが、中々にハードコアな展覧会で、もう一回ゆっくりと観ねばならない。レセプションではチンポムの卯城君に、「人間レストラン」の話を聞く…楽しみ楽しみ。

須田悦弘「ミテクレマチス」@ヴァンジ彫刻庭園美術館:繊細な木彫作品で知られる、須田氏の展覧会。作品以外に僕が知って居る須田氏は、忘年会でブルーハーツを熱唱する姿だけなので(笑)、今回の展示で「公開制作」されると聞き、興味津々。その制作風景を拝見すると、氏が使われる彫刻刀は、思ったより普通のモノで、これであの繊細な作品を作っているのは凄い。そして展覧会は相変わらず作品を見逃しそうだったが、自然の中の美術館の展示に凄く合って居て宜しい。今月末迄開催しているので、ドライブでどうぞ!

・「藤田嗣治 本の仕事 文字を装う絵の世界」@ベルナール・ビュッフェ美術館:ここ数ヶ月で3本目の藤田展。藤田の仕事の多彩さは、その才能の証でも有ると思う。恐らくこの人は描く事が好きで好きでしょうがない人で、仕事の大小なんか関係ないんだろうと思う。愛らしい作品群に癒されます。

・「アレックス・カッツ&フランチェスコ・クレメンテ」@テラダ・アート・コンプレックス:能研究者のR君を連れて訪れたのは、寺田で開催中のGaleria Javier Lopez & Fer Francesの展覧会。この2人の作家には目新しい事も無いが、カッツの小型の花の絵やポートレイトがやたら良くて、初めてカッツを欲しいと思った自分に驚いた…ので、価格を聞いてみたら想像以上に相当高くて、更に驚いたのだった(笑)。

Chim↑Pom「Ningen Restaurant」@旧歌舞伎町ブックセンタービル:「人間こそがメインディッシュ」と云うコンセプトの凄い企画で、未だ行ってない人は28ま日迄に行って欲しい。作品展示もライヴも身体パフォーマンス・イベントも有るが、レストランと銘打ったが故に、死刑囚の食「ラスト・サパー」も食べられる。このイベント開催前に、関係者に「『人間国宝』を連れて来て、対談でも企画してよ!」と頼まれたのだが、力及ばず…無念だ(財前五郎風に)。パーティーでは、来月「Anomaly」に正式合併する山本現代の裕子さんやURANOのむつみさん、著名キュレーター、美術メディアの方々等、百花狂乱の宴(笑)だったが、帰りには近所の本家「人間レストラン」でもう一杯。然し、面白かったなぁー。


ーその他ー
・「中金堂再建 落慶慶讃法要」@法相宗大本山 興福寺:320年振りに行われた、興福寺の中金堂落慶法要…僕が伺った日は「南都麟山会厳修 落慶慶讃四箇法要」で有った。もう何と云うか、この21世紀の今これが行われる日本は本当に素晴らしい。近鉄特急でバッタリ会った、人間国宝能楽小鼓方の大倉源次郎師と共に向かった、朝10時から2時間掛けて行われた法要の中身は濃く、「入場・惣礼」から始まり、南都楽所に拠る舞楽「振鉾三節」、千宗屋師に拠る「献茶」、薬師寺東大寺法隆寺に拠る「散華・梵音・錫杖」、味方玄師が舞う舞囃子「菊慈童」等々、全てが僕を遠い過去へと誘い、前日前々日とクラシック音楽漬けだった僕の耳は、声明や舞楽、謡や囃子でリフレッシュされ、完全なる異文化音楽の比較を堪能したのだった。嗚呼、本当に伺って良かった…。

・「興福寺中金堂落慶慶讃茶会」@興福寺 本坊静観寮・興福寺会館:この日の濃茶席は、藤田美術館蔵の「伎楽迦楼羅面」をメインに、床には砧青磁浮牡丹花入と「南都隣山」に就き、「法隆寺金堂天蓋付属金銅透彫幡残欠」が掛けられ、皆を驚愕させる。そしてこの日の主茶碗は、実際に観ると驚く程見込みの深い彫三島茶碗「あらがき」、その他名品揃い。また藤田館長、千宗屋若宗匠には、骨折した足の為の椅子を用意して頂いたので、濃茶も大変美味しく頂けました。そのお心遣いに感謝感激し、その後は奥で色々とお道具を拝見して、更なる感動。藤田さんの興福寺千体仏は、日本一の千体仏でした!

・「オークション&プライヴェート・セール下見会」@クリスティーズ・ジャパン:今回の下見会には、来月NY印象派のオークションに掛かる、嘗てオークションに出品された事の無いウブなゴッホの1887年作品、「蝶の居る庭の片隅」(→https://www.christies.com/features/Van-Gogh-Coin-de-jardin-avec-papillons-9423-1.aspx)と、歌麿の大名品錦絵「歌撰戀之部 物思恋」の2点オンリー。ミニマルな展覧会だったが好評で、「林忠正印の有るこの歌麿を、当時ゴッホも観たかも知れない!」と勝手に興奮するジャポニズム展覧だった。

・「2018 東美アートフェア」@東京美術倶楽部:他人事ながら、行ってみたら思いの外賑わって居て、嬉しい。素晴らしい男女神像や、李朝文房具、粉引徳利等の名品も多く、会場で偶然出会った仲の良い現代美術家のS君&現代陶芸家K君と一緒に観て廻ったのも、新鮮で楽しかった!而も買わずに済んだしね…(笑)。


職種が追加されて、メールは増えるわ、自分の専門分野の作品探しの時間はなくなるわ…もう既にやってられない感満載だが、引き受けた以上はやりたい事をやって仕舞おう。

種を蒔く。オークションを開催する。オークションの公共性を日本でも広める。エッジを際立たせる。ヤラセや茶番を排除する。過去と未来を行き来する。僕に出来るかな?

ゴン太くん、教えて…(笑)


ーお知らせー
*僕が嘗て扱い、現在フリア美術館所蔵の名物茶壺「千種」に関する物語が、『「千種」物語 二つの海を渡った唐物茶壺」として本に為っています(→http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033551943&Action_id=121&Sza_id=E1)。非常に面白い、歴史を超えた茶壺の旅のお話を、是非ご一読下さい!(因みに、その「千種」に関する僕のダイアリーはこちら→http://d.hatena.ne.jp/art-alien/20090724/1248459874、今から思えば、これも藤田美術館旧蔵で有った…)

*ウェッブ版「美術手帖」に、ショート・インタビュー(→https://bijutsutecho.com/magazine/interview/18611)が掲載されて居ます。是非ご覧下さい。

主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで視聴出来ます。見逃した方は是非!→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。

骨折り損の…。

「有言不実行」の代名詞で有る安倍晋三が勝って仕舞い、「言論の自由」の真の意味も知らない新潮45の様な雑誌が平気で出版される(新潮45があの杉田擁護論文掲載を「言論の自由を守る為」と言い訳するなら、現代社会で適用されて居る「差別用語規制」を全撤廃する運動を、直ちに立ち上げるべきだ…悔しかったらやってみろ!)、見栄とカネの日本…「終わってる感」有り過ぎで、最近帰国した事を後悔し始めて居るが、いやいやアメリカも同じ。

「淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」を信じたいが、これ如何に…然し日本と云う国は、首相然り何かの会長然り、何故ここ迄「任期」を設けたくないのだろうか?

そんな中現代美術家杉本博司氏が、日本美術史に興味の有る方なら垂涎且つロマンティック極まりないプロジェクトを遂行する為の、クラウド・ファンディングを行なっている。そのプロジェクトとは、「杉本博司と探す!安土城図屏風プロジェクト」(→https://www.makuake.com/project/sugimotohiroshi)。

この「安土城図屏風」は、僕も死ぬ迄に是非共観てみたい屏風なのだが(拙ダイアリー:「OMEN:前兆」前・後編参照→http://d.hatena.ne.jp/art-alien/20110930/1317403774)、若しかしたら夢が叶うかも知れない!何卒皆さんのご支援を、お願い致します!


と云う事で、今日も先ずは恒例のアート覚書から…。


ー展覧会ー
・「没後50年 藤田嗣治展」@東京都美術館:藤田が死んで50年と聞くと、所謂「近代絵画」の時代も遠く為った気がする。その50年を記念しての大回顧展だが、流石見処が多い。作品は初期から晩年迄満遍無く出品されて居るが、僕が最も気に為ったのは矢張り初期作品。例えば芸大在学中の作品「婦人像」は、岡田三郎助風で美しいし、グリやブラックを彷彿とさせるパリ到着後直ぐのキュビズム作品は、今迄の僕の藤田像を一変させる。そして、お馴染みの白バック作品に至る迄の作風の変遷とその道程は、アーティストの苦悩と成功の道の典型と云えると思う。然し村上隆と云う作家は本当に藤田に似ている…「日本に愛されたい」と云う意味で。

・「Hyper Landscape 超えてゆく風景 梅沢和木 X TAKU OBATA」@ワタリウム美術館:梅ラボとブレイクダンサーでも有るOBATAのコラボ展。梅ラボ作品は相変わらず凄まじい情報量だが、その中でもMIHO MUSEUM所蔵の曾我蕭白の「虹」の作品、「富士・三保松原図屏風」をモティーフにした「彼方クロニクル此方」が迫力満点でスゴい。またKUBOTAの作品は古典的な楠一木造りの彫刻で、何故か「HIPHOP神像」(笑)とでも呼びたく為る。この情報過多の展覧会では、或る意味観覧者が眼の遣り場に困ると云うか、視点が定まらない気がするのだが、実際自分の眼が止まった箇所が「自分に与えられた情報」と考えれば、作品自体が情報を選択して鑑賞者に与えて居るとも云えると思う。必見の展覧会だ!

・「禅僧の交流 墨蹟と水墨画を楽しむ」@根津美術館:室町期の墨蹟と水墨画を中心とするシブい展覧会だが、雪舟、雪村、周文、芸愛等名品揃いで学びが多い。然し日本と云う国は、長い間本当に中国に憧れて居たんだなぁと思う。戦後のアメリカ愛が廃れた今日この頃、今度こそ日本人は日本愛へと向かうだろうか…?


ー音楽会ー
・「ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団辻井伸行 特別演奏会」@サントリーホール:日本とスウェーデンの外交150年記念のコンサート。この日の曲目は、ムンクテル「交響的絵画『砕ける波』」、ベートーヴェン「ピアノ・コンチェルト5番『皇帝』」、そしてチャイコフスキー交響曲第5番」。さてこのオーケストラは上手いのだが、如何せん音がデカい…そしてそれは辻井の弾く「皇帝」でも同様で、辻井もオケも演奏が良かっただけに、其処だけが残念だった。


以上…と云う事で、今回はたったこれしか藝術報告が無いのだが、それには理由がある…人生初の「骨折」をしたからだ。

それは今を去る事9月頭…某現代美術家のお宅を訪ね、自らの手料理をご馳走に為り、帰り際に茶室に案内された時の事だった。その茶室は玄関から石が敷かれて居るのだが、話が盛り上がりながら歩いて居る最中右足を見事に右側に踏み外し、足の甲を痛めて仕舞った。そしてその日は脚を引摺って帰ったのだが、みるみる内に腫れ上がり、翌朝病院に行くと足の甲の右側の骨折が発覚…何てこった(涙)。

という事で、腫れた足を固めた松葉杖生活が始まり、会社へも顧客の所へも行けず、家でメールと電話、作品調査等の仕事をするが、夜は何処へも行けず暇なので、此処ぞとばかり私的「DVDフェス」を開催。なので、此処からはその「私的フェス」で観たDVDの話を。


・「座頭市」:2003年ヴェネチア映画祭銀獅子賞の、北野たけし監督版。子母沢寛の原作の素晴らしさ、そして勝新太郎の名演を超える事は出来なかろうとタカを括って居たのだが、豈図らんや、エンターテイメント性抜群で、どんでん返し的ラストには爽快感さえ覚える。面白かった!

・「蜘蛛巣城」:「今迄何度観たか?」な黒澤明の1957年の大名作だが、実際何度観ても素晴らしい。ご存知の通り本作はシェイクスピアの「マクベス」を基にした話だが、その後の同様な企画の映画・舞台の何れも本作を凌ぐ事は出来ずに居て、それは何故なら原作からの「藝術的翻訳」が表面的で無く、素晴らしいからだ。そして劇中、美術品は「本物」を使い(山田五十鈴の抱える「根来瓶子」を見よ!)、矢も実際に射る…全ての面で「本物」の持つ凄さを再確認した。

「乱」:黒澤作品をもう一本…1985年、黒澤最後の時代劇映画だ。英国アカデミー賞外国語映画賞、全米映画批評家協会賞作品賞、米アカデミー賞衣装デザイン賞等を獲った本作は、「リア王」と毛利元就の「三子教訓状」がテーマの大作で、「蜘蛛巣城」に勝るとも劣らぬシェイクスピアの芸術的翻訳も上首尾。僕は何時も黒澤の映画に出て来る役柄に「黒澤本人」を見るのだが、本作でも仲代達矢演じる主人公秀虎は間違い無く黒澤の分身で有り、それが余りにも露骨であるが故に、より黒澤的な作品に為って居ると思う。配役の中では原田美枝子のエロティシズムが凄く、原田や風吹ジュン、田中裕子や高橋恵子秋吉久美子樋口可南子等の色香漂う「大人の女優」が最近居なくなったなぁと、熟く思う。そしてそれは男優にも云える事で、本作での隆大介、或いは夏八木勲等の「面魂」の有る役者をもっと見たい。

TVシリーズ探偵物語」全27話:1979-1980年放映の、松田優作主演ドラマ。小鷹信光に拠るコミカルでハードボイルドな原案、SHOGUNに拠るテーマ曲「Bad City」、挿入歌に使われた中島みゆきの「アザミ嬢のララバイ」やアリスの「遠くで汽笛を聞きながら」等の音楽、「工藤ちゃ〜ん」と出て来る成田三樹夫や、後に甲斐よしひろ夫人と為った超可愛い竹田かほり等の個性派俳優陣、ヴィスコンティを語る骨董屋や、僕も散々行った懐かしい原宿のカフェバー「Zest」を根城とする情報屋等のキャラ、その全てがカッコ良く面白い。然し今回一番ビックリしたのは、第1話「聖女が街にやって来た」内で、我が母校のG学園の中高校舎、チャペル内部、小学校のグランド迄ふんだんにロケに使われて居た事だった!クスリ系・下ネタ系・差別系のセリフも多く、今ならとてもゴールデンで放映出来る内容では無いのだが、当時でもカトリック系お坊ちゃん校(僕はカトリックでもお坊ちゃんでも無いが)が良く貸したものだと思う…而も「修道女」の出て来る第1話でだ!(笑)

・「野獣死すべし」:久し振りに観た、村川透監督の1980年角川映画作品。大藪春彦の原作も昔読んだが、ホボホボ違う作品と云っても良いだろうが、全編に流れるショパンと奇妙なアート感、田邊エージェンシー夫人と為ったアンニュイな小林麻美、そして良くモノマネをした、忘れもしないワシントン・アーヴィングの「リップ・ヴァン・ウィンクル」の挿話(「何だ、浦島太郎じゃん…」と当時思った:笑)等、当時斬新だった映像記憶が蘇る。「戦争カメラマン」と云う職業も、この映画で当時初めて知ったのだが、「戦争狂気」を考えたのも、本作と「ディアハンター」だった事を思い出す。

・「遊戯シリーズ」三部作:上と同じ松田優作主演の3作、即ち「最も危険な遊戯」「殺人遊戯」「死亡遊戯」。殺し屋モノなのだが、超ハードボイルドな第3作目を除き、前作2作にはコミカルなシーンも有って、これは「探偵物語」にも出て来るのだが、劇中台詞で「人間の証明」や草刈正雄を持ち出しての他の角川映画へのオマージュや、ダジャレっぽいジョークも多数出て来るのも面白い。

・「蘇る金狼」:角川1979年、村川透監督作品。然し、此処まで松田優作を観続けると流石にワンパターンだが、ヤクに溺れる風吹ジュンの色気、劇中主人公が乗るカウンタック等のスーパーカーは、時代感抜群で格好良い。ラストは「野獣死すべし」と同様に主人公が襲われるのだが(死んだかどうか分からないが)、「バブルっぽい『無常感』」が泣かせる。

・「心中天網島」:ご存知近松門左衛門原作の、ATG1969年篠田正浩監督作品。脚本は篠田、富岡多恵子、そして何と音楽を担当した武満徹!何よりも岩下志麻の美しさが白眉だが、それに付けても本作はATGらしい実験溢れる映画で、黒子が劇中に登場する所や、現代からいきなり江戸時代へと移行する所、勘亭流っぽい書や浮世絵が多用されるセット等、見処も多い。モノクロームの画面も美しい…大画面で観たい一作だ。

・「豪姫」:1992年勅使河原宏作品、主演は豪姫を宮沢りえ古田織部仲代達矢が演じる。勅使河原の大名作「利休」の或る意味後日譚だが、残念ながら作品としての出来は遠く及ばない…残念。

・「他人の顔」:引き続き、勅使河原宏監督の1966年度作品。主演は仲代達矢京マチ子平幹二朗、原作は安部公房。僕は今でも安部公房ノーベル文学賞に値する作家だと思って居るが、「砂の女」共々、勅使河原テイストにピッタリ来る原作だと思う。そして劇中流れる、武満徹に拠る「ワルツ」(→https://www.youtube.com/watch?v=6GTlkrwz9Cg)の旋律も秀逸で、恐らくは武満の映画音楽の中でも最も美しい曲の一つと云って良いだろう。今平野啓一郎氏が提唱して居る「分人主義」を感じさせる処も興味深いし、脚本、構成や映像、美しい生田悦子、そして室内インテリア等の美術もかなり良く、大好きな映画だ。

・「落とし穴」:もう一本勅使河原作品で、これも安部公房原作の1962年作品。こちらは音楽は武満では無く、一柳慧高橋悠治、主演は井川比佐志と田中邦衛佐藤慶佐々木すみ江等。不条理劇の極みの様な作品だが、殺された主人公が幽霊と為って出て来る処等は或る種ユーモラスで、機知を感じる…流石、安部公房。映画としてはまぁまぁ。

・「Nobuyuki Tsujii in 13th Van Cliburn International Piano Competition」:音楽ドキュメンタリー監督ピーター・ローゼンに拠る、2009年にフォートワースで開催された、第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールのドキュメント・フィルム。辻井伸行を含むファイナリストを中心に、コンクール・スケジュールに沿って撮られた非常に良く出来た作品で、本作を見るとコンテスタント達の性格の違い、心理状況等が手に取る様に判る。そんな中でも、辻井のショパンのピアノ協奏曲の演奏と、受賞者発表の最後の最後に辻井の名が呼ばれ、壇上でクライバーンが辻井を優しく抱擁するシーンは、涙無くして観れない。そして、辻井より上手いピアニストは世界に幾らでも居るだろうが、彼が奏でる音楽が「音楽自体が、人間に対する神からのギフト」で有るが判る…人間がピアノを弾く限り。

・「サクリファイス」:もう何回か観た、アンドレイ・タルコフスキー監督の1986年作品。遺作で有る。カンヌで賞を幾つか獲った名作だが、果たして妥当だっただろうか?確かに美しい作品だし、テーマとしても名作には違いないだろう…が、結果として遺作に為ったとしても、このテーマを54歳と云う若さで映画にするのは、如何にも早過ぎたのでは無かろうか?「死を予感させる」作品…これも結果論で観る度にそう思って仕舞うのだが、55歳の僕には深さがイマイチなのだ。

「太陽」アレクサンドル・ソクーロフ監督の2005年度作品で、サンクトペルブルグ国際映画祭グランプリ。はてさて、こんな形で昭和天皇を描いた作品が嘗て有っただろうか?コミカルで、気さくで、心細く、神経質で、チャップリンに似てると称される天皇。然し「人間宣言」とは実際そう云う事な訳で、微笑ましいと思う。そして本作を観ると、劇中の全てが「史実」かどうかはもうどうでも良くて、只々本作に最後に、皇后役の桃井かおりイッセー尾形扮する天皇を引っ張るシーンが何とも可愛く、これが「史実」で有って欲しいと思った僕は不敬罪だろうか?最後に云って置くが、僕は自他共に認める愛国者で、而も「天皇制」賛成派ですから…念の為(笑)。

・「タイマーズスペシャルエディション」:CDとカップリングされた、忌野清志郎のそっくりさん(笑)率いる覆面バンドのライブDVD。久し振りにこのDVDを引っ張り出して来たのには理由が有って、それは某作家氏が、彼等が「夜ヒット」に出た際のYoutubeを僕に送って来たからだった。何しろこの時のタイマーズはファンの間では伝説に為って居て、それは彼等の「原発賛成音頭」が某FM局で放送禁止に為った事への抗議として、「偽善者」と云うナンバーをリハーサル時とは全く異なる、そのFM局を貶しめす歌詞と放送禁止用語連発して、「生放送」で生演奏したからだ!さて、今観返してもタイマーズは本当にカッコ良い…曲も「タイマーズのテーマ」から「偽善者」、「メルトダウン」「イモ」等、心スッキリする曲ばかり。今時こんな気骨の有るロッカーも居ない…嗚呼、清志郎が生きてたらなぁ(涙)。

・「愛と哀しみのボレロ」:久し振りに観たクロード・ルルーシュ監督の1981年度作品だが、本当に素晴らしい!「縒り縄方式」の脚本、ヌレエフやグレン・ミラーカラヤンをモデルにした役柄、ジェラルディン・チャップリン等の俳優陣、そして何よりも本作最後にジョルジュ・ドンに拠って踊られるベジャール振付の「ボレロ」…この映画でベジャールを知った僕は、この後日本で行われた「ボレロ」の公演を観に走ったのだった。全てが優美で深い、3世代を跨ぐ大河ロマン作品の極み…こう云う壮大な映画は、今の日本では絶対に撮れないに違いない。


こんなDVDを観て居る間に、仕事の方は色々進展・変化が有り、僕の会社でのポジションも激変を遂げたのだが、文字通り「骨折り損のくたびれ儲け」に為らなければ良いが(笑)。


ーお知らせー

主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで視聴出来ます。見逃した方は是非!→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。

最後は「南洲遺訓」で。

8月も気が付けば、もう後1週間弱…と言う訳で、今回は今月経験した「藝術覚書」を。


ーアートー
・棚田康司「全裸と布」@ミズマ・アート・ギャラリー:棚田康司の新作展はキリスト教彫刻、或いは日本の神像を思わせる程、何故か知らねど「神聖さ」をも感じさせる一木造りの女性裸体木彫群。大作も良いが、彩色された女神像群の様に見える女性のバストアップの彫刻シリーズが魅力的…ウーム、欲しいっ!

・「ルーブル美術館展 肖像芸術ー人は人をどう表現してきたか」@国立新美術館:僕は個人的に西洋肖像画に興味が強くて、古くはハンス・メムリンクラファエロ、ベラスケスやアングルから、ベーコン、フロイド迄大好きな画家も多いが、本展には絵画のみならず立体作品も有って楽しい。その中でも、例えばブルボン・ヴァンドームの凄惨且つ美しい石彫「ブルボン公爵夫人」や、アングルの「オルレアン公」、ゴヤの「メングラーナ男爵」やラメの「ナポレオン1世像」等が僕のハートを鷲掴み(笑)。

・「Audio Architecture:音のアーキテクチャ展」@21_21 Design Sight:コーネリウスこと小山田圭吾が作曲した新曲を、9人のアーティストが「翻訳」するのだが、音楽を「構造体」として解析する体験型の展覧会。展覧会自体は少々僕には難しかったが、然しコーネリウスはカッコイイ。

・「特別展 金剛宗家の能面と能装束」@三井記念美術館三井記念美術館美術館には、金剛家旧蔵の能面54面が収蔵されて居るが、その中の白眉は秀吉が所持したと云う、龍右衛門作の「花の小面」。そして本展では同じく金剛家蔵のこれも秀吉所持、「雪の小面」が展示される。秀吉は龍右衛門作の小面「雪月花」3面所持したと云われるが、「月」は行方不明…が、こう云った機会に現れるかも知れない。然し金剛宗家の面のコレクションには、使われてこその「色気」の有る作品が多いが、「雪の小面」以外にも、日光作の「父ノ尉」や龍右衛門「金春小面」、河内作「孫次郎」や檜垣本「深曲」、満照の「蝉丸」や越智「痩男」等、素晴らしい作ばかり…必見の展覧会だ!

・アニメサザエさん展「お祭りサザエさん」@長谷川町子美術館:猛暑の中桜新町まで足を運び、「サザエさん」研究家とご一緒した初の長谷川町子美術館来訪…そして驚くべき展覧会&イヴェントを其処で体験した(笑)。さてお馴染みテレビアニメの「サザエさん」、その冒頭でサザエさんが全国各地を旅して居るのを、ご存知の方も多いのでは無いか?本展は、その中でサザエさんが経験したお祭りやイヴェントを紹介する展覧会だが、何しろレクチャー有り、希少ハガキの当たる大興奮のジャンケン大会有り、サザエさんグッズが貰える射的や輪投げ、そして何と自分の作った家をサザエさんの住む「あさひが丘」に建てられると云う、「花沢不動産あさひが丘分譲」(笑)等、もうファンには堪らない企画ばかりだが、ファンで無くとも十分楽しめた!帰りには近所の通称サザエさんカフェ、「Lien de Sazaesan」で一服。コーヒーと、オモシロメニューの中から「波平さん焼き(小倉)」を頂く。ホッコリとした良い午後でした。

・「藤田嗣治」@Galerie Tamenaga Tokyo :藤田没後50年、そして本画廊の開廊50周年を記念しての展覧会。作家と交流の有った画廊初代が収集した油彩・素描等、女性像を中心とした40点が展示されるが、豈図らんやー番僕の胸を打ったのは、1939年作の「空の上の空中戦」だった。藤田の戦争画は近美でも展示されたのを観て居るが、この美しい「戦争画」には藤田の美的センスが溢れる。小品の多い展覧会だが、藤田の日常の「息」が感じられる展覧会だと思う。都美館も早く行かねば!

・「Defacement」@The Club:ニューヨーク・ベースのアマンダ・シュミットをゲスト・キュレーターに迎えた本展は、12人の作家作品でアートに「新たな意味」を付加する。展示作の内僕が特に気に入ったのは、実はリヒターやウォーホルでは無くベティ・トンプキンズで、ラファエロやベラスケスの名作を汚し、改変するそのアゲレッシヴネスに興味を持った。汚しても美しく有るアートは素晴らしい。

・「桑田卓郎展 湯呑とコップ」@柿傳ギャラリー:Kosaku Kanechika所属のアーティスト、桑田卓郎の展覧会。メタリックを基調とした新感覚の作品群は新鮮で、然し「良いなぁ」と思った作品は既に完売(涙)…が、「非売品」の青白磁の茶碗が美しく、欲しく為る。売ってくれないかぁ?


ー舞台ー
・「歌舞伎座百三十周年 八月納涼歌舞伎 第二部」@歌舞伎座:真夏の三部制の第2部、目玉は猿之助演出・脚本の、「再伊勢参 YJKT (またいくの こりないめんめん、と読むらしい:笑)東海道中膝栗毛」。去年公演された作品の第2弾だが、流石猿之助の脚本は面白く、現代テイストを加えながらも確り歌舞伎に為って居て、かなり面白い!役者も猿之助幸四郎が頑張り、中車は遣り過ぎ感が否めないが、團子と染五郎がそれをカバー…新作歌舞伎の中では、出色の出来と思いました。

・「コーラスライン」@シアター・オーブ:天才振付師+演出家マイケル・ベネットと作曲家マーヴィン・ハムリッシュに拠る、この驚くべきミュージカル「コーラスライン」をニューヨークで初めて観たのは僕の学生時代、ニューヨークにレギュラーに行き始めた80年代前半だったと思う。僕はこの舞台。そして数年後に公開されたリチャード・アッテンボロー監督の映画版に拠って、こう云うミュージカルを作れるアメリカと云う国を理解し、心から好きに為ったと云っても過言では無い。今回久し振りにこの舞台を観て、個性の尊重と差別の撤廃を叫び、地味なラインダンサーにライトを当てた革新的なこの舞台が、今から40年以上前に初演された事、そしてオフ・オフ・ブロードウェイから始まって、「Cats」に抜かれる迄の最長ロングラン記録を立てた事が、如何にスゴい事か再確認した。そして素晴らしい芸術は、何度観ても素晴らしいし飽きない、と云う事も。ダンスや歌のレヴェルは高いし、「One」を始めとする音楽もキャッチーで素晴らしい。そしてこれは脚本の勝利で有り、普遍性の勝利でも有る。嗚呼、泣ける…また映画版が観たくなった。

・「亀井俊雄五十回忌追善 葛野流十五世宗家継承披露 第十回広忠の会」@観世能楽堂:昨年より葛野流大鼓宗家を継承した、亀井広忠師の会。時間の経った今回が継承記念会と為ったのは、シテ方五流派宗家の出演を実現する為だったとの事で、番組を見ても万全の体制だと云う事が良く分かる豪華な出演者、そして演目だった。先ずは梅若実・大槻文蔵・観世銕之丞の三師に拠る、刀を差し白式尉の面を付けない、珍しい「翁 弓矢立合」。千歳には片山九郎右衛門、三番叟は野村萬斎両師と云う超豪華版だったが、亀井師もオリンピックの決まった萬斎師も気合十分で、この曲は「翁」と云うよりは「三番叟」で有った。次は金春宗家による「高砂」…僕が八十一世金春憲和師の舞を観るのは初めてだったが、未だこれからか。その後は辰巳満次郎師と櫻間右陣師の一調ニ番と、宝生宗家の舞囃子「安宅」…和英宗家は貫禄が出て来た。その後は金剛宗家と梅若実師の一調、友枝昭世師の舞囃子「融」、梅若万三郎+観世喜正両師の「江口」を経て、トリはこの日のメイン・イヴェント、観世宗家の「道成寺」だ!観世宗家の迫力ある舞、宝生欣也師のワキ(近年益々亡きお父様に似て来た)、坂口貴信師の鐘後見もカッコ良かったが、然し何度観てもこの「道成寺」はそのサスペンス感、物語とモティーフ、緊張感、乱拍子、其れ等全てが魅力的な、謂わば「能のディズニーランド」(笑)。「コーラスライン」と同様に、脚本と演出の素晴らしい「エヴァーグリーン」は、何度経験しても素晴らしい。広忠師も新宗家として、そして観客も大満足だったで有ろう、濃厚な公演でした。

・益田正洋ギター・リサイタル「Torroba!」@近江楽堂:友人のクラシック・ギタリスト、益田君のリサイタルへ。今回はドミンゴも愛したと云うスペインの近代作曲家、フェデリコ・モレーノ=トローバの曲を中心とするラインナップ。美しい旋律と情熱的なリズムは、益田君のギターに合って居て、程良い大きさのホールに響く。特に最後の2曲、若書きの「ノクトゥルノ」と「ソナチネ」は特に良かった。これらも収録された、今出て居る益田君のCD「モレーノ=トローバ作品集」も必聴だ!

・「佳名会」@観世能楽堂:前日に個人会「広忠の会」を開催した、亀井広忠師のお弟子さん達に拠る素人会だが、大鼓以外はシテ方から囃子方迄プロなのだから贅沢とも云えるし、プロと素人とが一緒に演れる事も、能は矢張り素晴らしい古典芸能だ。今回は広忠師の弟子で、能楽と日本庭園の若き研究者R君が、何と観世銕之丞師の舞囃子「通盛」で打つとの事で、これは見逃せぬ!と拝見。R君の黒紋付姿は様に為って居て、大鼓も確り音が出て居り中々だった。出番後広忠師の弟君の小鼓D宗家から、「孫一さんは大鼓に向いて居ると思われるので、来年この会に出られるのを楽しみにしております」とのメールを受け取った…有難きお言葉ですが、熟考させて頂きます(笑)。

・JAPON dance project 2018 + 新国立劇場バレエ団「夏ノ夜ノ夢」@新国立劇場:友人が舞台美術を担当したダンス公演を観に。原作はお馴染みシェイクスピアだが、僕に取って今も忘れられない「(真)夏の夜の夢」は、ピーター・ブルック演出のモノで、その昔セゾン劇場で観た「テンペスト」と共に、彼の才能を推して知るべし作品だった。さて今回はモダン・ダンス的バレエ作品に為って居るのだが、前半は例えばピナ・バウシュを思わせる振り付けも少々古臭く感じ、尺が長過ぎるとも感じる。休憩後の後半は一転した展開と為り面白かったが、バレエが無ければ山海塾風でも有り、僕にはシェイクスピアを題材とした意味も今一つ分から無かった(僕の理解不足かも知れないが…)。ウーム…あれなら全体で1時間位の構成の方が、ピリッとしたと思うし、態態「シェイクスピア」を謳わず、オリジナルで良かったのでは?観るべき箇所も有ったので、「古典の広げ過ぎた新解釈」よりオリジナルの作品を観てみたい、と云うのが正直な感想。美術の方は、光の反射と映り込みを意識したシンプルな作りで好感が持てた。


ーその他ー
・大美正札会@大阪美術倶楽部:僕は東京美術倶楽部の正札会にはもう何回も行って居て、「正札会」と云う位だから、大阪発祥のモノだと勝手に思って居たのだが、何と大阪では今回が初めてとの事!4000点が並んだ姿は壮観だが、観るのも大変。ひとつ「いい茶碗だなぁ…」と思った高麗茶碗が、聞くとT商店の出品だったのは宜なるかな…僕の眼も利いて来たかなぁ?(笑)

金足農業高校@第100回全国高校野球選手権大会:今回の金足農高の大活躍は、僕の母が秋田出身と云う事も有って、僕を久方振りにテレビでの高校野球観戦へと向かわせた。第一回大会以来103年振りの秋田勢の決勝進出は、其れ迄の秋田県出身者だけの彼等の頑張りと共に、日本国中を応援させるに相応しい感動を伴ったが、結果は惨敗。相手の大阪桐蔭のメンバーを見れば、セミプロ対アマチュアみたいなモノで、そもそもの戦力と選手層が大きく違うし、当然エース吉田投手の疲れも有っただろうが、残念至極で有った。さて、そんな試合後には色々と批判や意見が上がって来て、その1つは吉田投手が1人で800球以上投げた事に対する批判だ。或る解説者や元政治家は「彼の野球人生をダメにして仕舞う」「それを防ぐ為には、100球限度制度を設けるべきだ」等、アホ臭い事を平気で云って居るのだが、果たしてそうだろうか?先ず「100球限度制度」は選手層の厚い学校だけに云える事で、大阪桐蔭みたく他校に行けばエース級が3人位居るチームと異なり、金農にみたいに2番手ピッチャーすら儘ならぬチームにすれば、エースが100球投げた後に滅多打ちされる事、必然…つまり、先ずは高校間の選手戦力の格差を廃し、元来の地元選手中心に戻す事が先決では無いか。また、優勝し二度目の春夏連覇をした大阪桐蔭よりも、負けた金足農の方に取材や報道が多いのは可笑しい、と云う批判も可笑しい。全国からセミプロ級選手を揃え、春夏連覇を二度もしそうなチームを、田舎の地元出身者だけの公立農業高校が決勝で倒そうとした事、負けても其処迄来た事の方が、読者視聴者には感動的だからだ。何でそんな単純な事を素直に考えられないのか、全く分からん。そして最後にもう一言…吉田投手が「炎天下で投げ過ぎて、彼の野球人生が終わって仕舞ったらどうする?」と云う愚問に就てだ。先ず彼がインタビューで語った様に、「どんな天候や状況でも故障しない様に、練習して来た」んだろうし、こんな事を云う人は一度しか無い人生、「ぶっ壊れても良いから遣り通したい」と思った事が無いに違いないし、人生一度でもスポットライトを浴びた事が無かったに違いない。「100球制度」を設けても全投手が田中将大に為れるとは限らないし、最後まで自分が遣り通したと云う実感を人生で得る事も無い。壊れる人は壊れるし、壊れない人は壊れない…これは人生に於ける如何なる仕事でも一緒で、一番大事な事は「最後迄遣り通す事」では無かろうか?

茶杓作り@K大学AO入試:今年も僕が客員教授をして居る美大の、夏のAO入試に立ち会った。この「茶杓作り」の試験も今年で3年目に為るが、毎年18歳の子供達が作る茶杓と、その制作姿勢に驚かされる。茶杓師の指導の下、2日間で茶杓本体と筒を竹から削り出し、銘を考えて筒に墨書する。そして最後は茶室で我等教師が講評した後、実際に自分の茶杓を使って茶を掬い、隣の学生に一服点てて上げると云う「試験」なのだが、もう殆ど「体験講座」に近い。そして、その過程でも子供達の個性が茶杓や銘に如実に見えて非常に面白く、今年も中国や韓国からの留学生も居たにも関わらず、本来ライヴァルで有る所の受験生達は、初日はお互い余り口も利かずに居ても、2日目の朝とも為ると謂わば「工房」の様相を呈し始めるのが面白い。僕も今年も3本目の茶杓を作ったのだが、濃いお茶の好きな僕は、一度に大量の茶を掬える様に櫂先を大きくするので、今回も銘は「パワーシャベル」とした(笑)。


「ボランティアの師匠」と呼ばれる尾畠春夫さんが、行方不明の二歳男児発見した件に僕は大感動!この人は73歳だそうで、何と山根元日本ボクシング協会会長と同い年…同じ73歳でもこんなに違うのか!と思わざるを得ないが、この人の「人」としての凄さは、僕に宮沢賢治の「雨ニモマケズ」と以下に掲げる「南洲遺訓」を思い出させる。


命モイラズ、名モイラズ、
官位モ金モイラヌ人ハ、始末二困ルモノ也
此ノ始末二困ル人ナラデハ、
困難ヲ共ニシテ国家ノ大業ハ成シ得ラレヌ也。


そして僕は、こんな政治家が一人も居ない今の日本に絶望する…今更「薩長同盟」を語る時代錯誤総理と石破氏の討論会ですら、早々に実現しなさそうな、今の日本に。


ーお知らせー
主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで視聴出来ます。見逃した方は是非!→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。

1+1+1=0.5?

7月18日(水)
10:00 電話会議。然し何度やっても、英語での電話会議は苦手だ。人の顔を見て話せば、その顔つきや息遣い、或いは身振り手振りでより理解が深まるが、例えば英国或いは香港訛りの強い人や、早口の人等の意見を耳だけで聞いて理解し、コメントするのは未だに難しい。

13:00 顧客に見せる為に、古美術商に仏教彫刻の大名品を借りに行く。ウーム、何度観ても素晴らしい!このタイプは中々市場に無く、見つけるのに手間取ったので是非共売りたい。平安時代ってやっぱり良いなぁ…。

14:00 その作品を撮影する。矢張り良い作品は立体的で陰影を持ったイメージが必要だ。こう云う時に、広告代理店時代の経験がモノを云う訳だが、バブル時代に典型的な、ブラックな会社員経験も貴重と云う事か(笑)。

19:00 同僚と自由が丘に向かい、もう20年以上の付き合いの有る日本戦後美術のコレクター氏と和食ディナー。さて今を去る事20年以上前、僕が嘗て日本に勤務して居た頃に、クリスティーズの現代美術オークションにレギュラーで出て居た日本人作家と云えば、今の様に草間・奈良・村上・杉本等では無く、菅井汲や岡田謙三、荒川修作、そして河原温だった。その中でも河原作品は、昔も今も高額商品しか出ない「イヴニング・セール」に出ているのだからスゴい。そして当時、今マーケットを席巻して居る草間や白髪一雄、李禹煥等は、250万円も有ればかなり大きい作品が買えたのだから、市場の変化とは恐ろしい。そんな中、僕は幸いにもニューヨークで「ジョン・D」の夫人だったブランシェット・ロックフェラーの日本戦後美術コレクションの売り立てを経験し、其処で斎藤義重や山口長男、長谷川三郎や猪熊弦一郎、オノサトトシノブや堂本尚郎を知り、斎藤と山口を特に好きに為った。そしてこの晩お会いした顧客は、菅井や山口等の名品を沢山持って居らしたので、当時色々な事を教わったりしたのだが、この日も昔の様にお互い好きな戦後アーティストの話で盛り上がり、誠に嬉しいひと時と為りました。


7月19日(木)
11:30 修復家に会い、某作品の修復をお願いする。この方は「神の手」と云っても過言では無い腕の持ち主。然しこれだけ修復技術が進むと、その内修復がされて居るかどうか誰も判断が出来なく為り、修復の有無が作品の価格に与える影響も無くなるのでは無いか?

14:00 某美術館学芸課長と面談。或る企画を相談する。

15:30 六本木の顧客を訪ね序でに、久門剛史「トンネル」展@オオタ・ファイン・アーツを拝見。「円」と「ズレ」を楽しむ。

16:00 階下の顧客を訪ね、古美術四方山話…そう、この四方山話こそが重要なのだ。


7月20日(金)
9:30 香港のボスと電話会議。今年のクリスティーズの半期売り上げは史上最高らしいが、僕の仕事は今の所絶好調とは云えない。

12:30 久し振りに会う親友Iとランチ。この年に為ると、全く利害関係の無い学生時代の親友の有難さが身に染みる。「検診結果」が話題の中心だとしても、だ…(笑)。

17:30 打ち合わせを兼ねて某美術商を訪ね、箱紐の修理と仕覆を頼んで居た茶碗を受け取る。このお茶碗は、僕の持ち物の中でも来歴も含めて大事な作品で、秋冬にこの茶碗で飲むお抹茶は何物にも代え難い。嗚呼、早く秋にならないかなぁ…。

20:00 山へ貢物に行くと食事をする事と為り、これは謂わば完全では無いとしても禊を終えた感じで、漸く心の平安を取り戻す。神に感謝。

23:00 テレビのニュースで「カジノ法案」成立を知る。これで日本は「博打で金を稼ぐ」、所謂ヤクザ国家と為った訳だ。国に拠る金稼ぎのアイディアがこれしか無いかと思うと、絶望せざるを得ない。何の為の官僚、政治家なのだ…知恵の無い官僚や政治家は要らないよ。


7月21日(土)
12:30 音楽家の友人と、青山の「C」でランチ…エスニックな料理を、多種類のオリーブオイルで楽しむ。

14:00 来月で無くなって仕舞う、麻布の茶の湯者の茶室のお別れ茶会に音楽家と訪れ、一服頂く。カジュアルにもフォーマルにも為るこの茶室、失く為るのは本当に惜しい。

15:30 サントリー美術館で開催中の展覧会、「琉球 美の宝庫」展へ。本展を観ると、その色彩や形状から、今更だが琉球が異国だった事が良く分かる。その中でも、国宝琉球王家尚家の「王冠(付簪)」が特に素晴らしい。

17:00 東京画廊BTAPで始まった、NYの友人アーティスト大岩オスカールの展覧会、「光の満ちる銀座」のオープニング・レセプションへ。久し振りに会うオスカールは、相変わらず細くて物静か…とてもあんな大きなキャンバス作品を制作する男には見えない。一点凄く素敵な絵が有って(絵は当に人を顕す!)、超欲しいと思ったのだが、そう云う時に有り勝ちで、既に売れて仕舞って居た…無念。

18:30 オスカールを囲むディナーに出席。有名コレクターT先生や、文化機関のキュレーター女史、美術誌のI編集長や画廊の方々と共に楽しいひと時を過ごす。驚いたのは、画廊のT氏が骨董屋さんの息子さんだった事。で、序でにI編集長に「『古』美術手帖」企画を話す…実現したいなぁ。


7月22日(日)
11:00 この日は、一日中「1人で」部屋の模様替えを試みる。先ずは猛暑の中、書庫にスペースを作る為に書庫の本と本棚の一部を寝室に移す。やって見ると思ったより部屋がスッキリしたので、寝室に本棚を入れる序でにベッドの位置を変え、家中のアートを掛け替え、ダイニング・テーブルを大きくし、其処に焼物を飾る、と云う大模様替えに発展。さあ、新しい1年へ向けて、気分一新だ!


7月23日(月)
18:00 東京都写真美術館に向かい、NYの知人写真家杉浦邦枝さんの展覧会「美しい実験 ニューヨークとの50年」のレセプションへ。杉浦さんの作品は、60年代から現在まで多様化するが、個人的には70年代後半の作品が好きだ。レセプションでは、もうすぐ何とTATE Modernに移られると云うN氏やディーラーO氏、映画監督のS氏やNYの友人達等にも遭遇。


7月24日(火)
10:00 電話会議。デンワカイギ…デンワカイギ…デンワカ…デンワ…デン…。

14:00 猛暑の中刀剣商を訪ね、甲冑一式を拝見する。某大名家伝来の物で、風格の有る作品だ。作品拝見後は、最近の「刀剣女子」ブームの話…然し若い女の子が列を成して、刀剣の展覧会に来る時代が来るとは思わなかった。そして話は現在巡回中の「エヴァンゲリオンと日本刀」展へと続き、これもまた時代の変化を感じさせるが、日本古美術のプロモーションには大きなヒントと為るのでは無いか?

19:00 25年来の古美術界の友人6人で久し振りに集まり、銀座の中華料理店で食事。こんなグループは業界内でも今時珍しいと思うが、僕の他の5人の内1人は老舗骨董店社長、残りの4人は独立して自分の店を持って居て、皆頑張って居て嬉しい。本当はもう1人、今地元で画廊社長をして居る1番若い仲間が居るのだが、残念ながら欠席…彼は今ちょっと大変な時期なのだが、頑張って乗り越えて欲しいと切に願う。

21:30 食事後、上記面子で並木通りに在る飲み屋「M」へ。此処は、この20数年間僕等がもう何回通ったか分からない店なのだが、其処に昔から居る女性が到頭卒業する(笑)との事で、そのお祝いに駆け付けたのだった。そして懐かしい飲み会も終わり、店を出ると、其処で「桂屋さん!」と知らない男性3人組に声を掛けられ、吃驚する。夜の銀座で知らない男3人に声を掛けられる程怖い事は無いが、「何方ですか?」と聞くと、何と彼等は僕が幼稚園から高校迄を過ごした学校の後輩で、僕の同級生で今はその小学校の校長になって居るYと、さっき迄飲んで居たと云う。世間は狭いが、何で会った事も無いのに僕だと分かったのかと問うと、テレビを見たのだそうだ。もう1年半近く前なのに、若い人は記憶力が良い…と云うか、怖い(笑)。


7月25日(水)
9:00 昨日正式発表されたクリスティーズの本年度上半期の業績は、噂通り半期での史上最高売り上げの約30億英ポンド(約4400億円)を記録した。これは前年同期のドルベースで35%アップで、特筆すべきは全バイヤーの27%が「新規顧客」、そして落札率が84%迄上がった事だろう。またライヴ・オークションでのネット参加とオンライン・オンリーセールを含む、「デジタルセール」の売り上げは8800万ポンド(約128億円)にも上り、新時代の到来を感じさせるが、古いタイプのスペシャリストとしては「モノを見ないで」買う人が増える事に、少々危惧を感じる。顧客地図を見ると45%がアメリカ、24%がアジア、そして31%がヨーロッパと為っており、アメリカが36%増、ヨーロッパ・中東・インド・ロシアが4%減、アジアが24%増(何れもポンド・ベース)、そして売上高ベースではアメリカ59%、ヨーロッパ及び中東が29%、アジアが12%と為って居る。またもう少し特徴的な事を報告するならば、メインランド・チャイナの顧客数が24%増加し、アジア全顧客の60%が東洋美術品「以外」のカテゴリーの作品を買って居ると云った所だろうか。然し世界は狭く為り、格差は大きく為る一方。

12:30 仕事上の頼み事をする為、顧客と「C」で鰻ランチ。鰻巻き、いや上手くやって頂きたい。

18:00 デンワカイギデンワカイギデンワカイギ。


7月26日(木)
9:30 ニュースで、オウム死刑囚の残り6人が処刑された事を知る。死刑も絞首刑も全てが古臭いし、残酷だ。而も13人処刑って、不吉だ…祟られても知らないよ。

11:00 神保町の顧客を訪ねがてら、予てから探して居たアルチュール・ランボオ作、小林秀雄訳の「酩酊船」初版限定本を某古書肆で観る。白革貼、木版で擦られたこの本の装丁は青山二郎で、波をイメージしたデザインも誠に美しい。稀に見る状態の良い本だったので、思わず買って仕舞ふ…あはれなり。

12:00 ダッシュで東京駅に駆け込み、新幹線で京都へ。車中では焼売弁当を頂きながら、ローラ・カミング著「消えたベラスケス」を読む。「スリーパー」は、貴方の側に眠って居るかも知れませんぞ!

15:00 京都に着くと、先ずは骨董街の店2軒を訪ね、店内の作品を横目で見ながらの四方山話。

16:00 某店で今回の出張の目玉、京都画派の絵師に拠る大名品屏風一双を観る。某美術館所蔵の姉妹作品と云っても良い墨絵淡彩の屏風だが、迫力満点で魅力的。この絵師の初期作品では無いだろうか?

18:00 その骨董商と食事に行く直前、祇園界隈のカフェで彼とアイスコーヒーを飲んで居ると、道行く人の中に見覚えの有る顔が…良く見ると旧知の古典芸能関係のお家元で、声を掛けると一緒に食事をする事に。花街裏通りの寿司割烹で、骨董談義有り、舞台話有りの楽しい時間を過ごしました。


7月27日(金)
10:00 朝イチで某骨董商を訪ね、粉青沙器を観る。僕は若い頃一時期韓国陶磁器に心酔した事が有って、色々買って勉強したりして居たが、最近は興味が茶碗と仏教美術に移って仕舞った。が、矢張り良い作品にはかなり強烈な魅力が有る。中国陶磁→朝鮮陶磁→日本陶磁→茶碗→仏教美術と、コレクションが変わる日本人コレクターに偶に出会うが、良ーく分かるなぁ、その気持ち(笑)。

13:00 修復を頼んで居た作品が戻って来る。然し、この方の「直し」は神業だ。彼は「ゼロ」(拙ダイアリー:「『神の手を持つ男』への依頼」参照)か?(笑)

14:00 修復された作品を、オフィスで撮影。オフィスが広いと、こう云う事も出来る。

16:30 新宿の柿傳ギャラリーで始まった、「金重有邦に学ぶ 斿工房 食のうつわ展III」へ。お互いの先代からお付き合いの有る備前焼の作家、金重有邦氏のご子息とお弟子さんで構成された斿工房の器は使い易く、その上芸術性も有り、僕も大ファンだ。今回の展示販売も皿から茶碗迄バラエティに富んだ、魅力的な作品ばかり。会場では陶磁協会のM氏や、老舗古美術店のN氏等にもお会いする…斿工房の注目のされ具合が分かると云うモノ。

22:00 ニュースで、自民党杉田議員の問題寄稿を知る。ニューヨークに長く住んで居ると、子供の有る無しや性差別に関するこう云った発言を聞く事自体が稀なので、驚くやら呆れるやら。本当に日本の政治家の世界は狭く、外の世界を知らな過ぎるから、自分の周りだけでイジイジと忖度したり差別したり、世界の人が聞いたら噴飯モノの行動や発言を繰り返すのだ。然し、集団では何事もトップの人格や世界観が下の者に明から様に出るので、この件が発覚直後に党首から注意や撤回要請が杉田議員に出なかった事自体、ヤッパリ感が強い。外務省が何も云わないので僕が云うが、我が国は大量死刑や子供の居ない人や女性への差別、公文書改竄しても無罪、総理が国会で解明すると明言した事件を完璧に無視すると云う、世界にも稀に見る「珍種国家」として、もう既に外国で散々報道されて居るので、海外に渡航する人は「非難」にご注意下さい。


7月28日(土)
13:00 出光美術館で始まった展覧会「『江戸名所図屏風』と都市の華やぎ」を、若手学者と観覧。同館所蔵のこの「江戸名所図屏風」は、小型ながら躍動感溢れる画風の本当に出来の良い屏風で、この時代の都市図に流行ったと思われる「中屏風八曲一双」の形態を取る。それで思い出すのが、嘗て僕が扱い、今は大阪城天守閣に所蔵されて居る「大阪城下図屏風」で、これもまた中屏風八曲一双の体だった。本展ではこの屏風を中心に「阿国歌舞伎図」や各種「遊楽図」、肉筆浮世絵迄を網羅して、江戸の風俗を鑑賞出来る…必見だ。

16:30 久し振りの歌舞伎座へ。この日の夜の部の演し物は「源氏物語」。海老蔵光源氏を演じるお馴染みの演目だが、まさかこれを歌舞伎座でやるとは…が僕の実感。で、今回は個人的意見では有りますが、かなり辛口に為りますので、ご容赦を。さてこの狂言の謳い文句は「歌舞伎・能・オペラ(+映像)の初の融合」らしいが、残念ながら「表面的コラボ」程虚しい物は無く、僕に取っては本舞台も「1+1+1=3」どころか、「1+1+1=0.5」で有った。さて僕の疑問は、1. 劇中突然外国人オペラ歌手が出て来て、外国語でアリアを歌う必然性が分からない、2. 何故海老蔵だけが口語台詞なのだろう?、3. 能とのコラボと云うが、劇中の一部分に能役者を配して舞わせたに過ぎず、結果能役者出演の必然性も分からない、で有る。真のコラボレーションとは、単なる異分野の寄せ集めとは異なるし、妥協で有ってはならない。「1+1=3」で無ければならないと思う。その意味でも若手中堅の能役者には、正直こう云う仕事に使う時間が有るなら、もっともっと能のお稽古に励んで欲しいと思って仕舞った。日本の文化は深く、人生は一度。能は長く、人生は短い。


7月29日(日)
18:30 某美術館副館長、核軍縮専門家のご夫妻と食事。核軍縮の先生の奥様とは初めてお会いしたが、何と某歌舞伎役者とお仕事をされて居り、嘗ては能のお仕事もされて居たとか。皆さんのプライヴェートなお話も色々聞けて、楽しいディナーでした。


7月30日(月)
12:00 今日はクリストファー・ノーランアーノルド・シュワルツェネッガージャン・レノローレンス・フィッシュバーン、そして僕の誕生日…「誕生日『体格』占い」とか有れば、大当たりだ(笑)。なので、母と弟夫妻、音楽家とバースデー・ランチを天麩羅「Y」で。幾つに為っても親は親、子は子、を実感する。

15:30 某所を訪ね、仏教美術系作品の逸品を観る。伝来もかなり良いし、古様な所も望ましいので、これは「彼処」に勧めよう、と心に決める。然しオーナーの方もモノ好き極まりない方なので、モノに就いて一緒に話し始めると何時も時を忘れる…そしてこれは、この仕事の醍醐味でも有る。

17:30 デ・ン・ワ・カ・イ・ギ。

18:00 ネット・ニュースで、東京五輪の開閉会式のチーフ・クリエイティヴ・ディレクターに野村萬斎師が就任した事を知る。オリンピック・パラリンピックの各々の担当者は、映画監督とCMディレクターらしいが、萬斎師が居る事で「トンデモ企画」には為らない気がするし、そう為らない様に期待する。前から云って居る様に、今回の五輪のそもそものテーマは「復興五輪」「平和五輪」で有るのだから(漸く「この言葉」が聞かれる様に為った)、この所の日本での大きな天災の被害を考えると、矢張り此処は「翁」しか無いと思う。五穀豊穣・平和祈念しか今の日本国は発信出来ないのだから。


初老の誕生日の僕は、美味しい料理、プレゼント、音楽、メール、手紙、そして何よりも暖かい気持ちを胸一杯貰い、「GO!GO!」スタートを切る勇気を得た。そして感謝の気持ちと共に、僕の1年がまた始まる。


ーお知らせー
主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで視聴出来ます。見逃した方は是非!→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。

世が世なら…。

7月2日(月)
14:00 東博で開催される特別展「縄文ー1万年の美の鼓動」のオープニング・レセプションへ。ここ数年骨董業界は「縄文」ブームで、オークションでもアートフェアでも、土器破片から土偶迄かなり高額に為った。そんな中開催された本展には、「ビーナス」達を始め「流石、東博!」のラインナップが揃い、これは大混雑間違い無しの展覧会に為るだろう。そして展覧会の最後のパートには、アーティストや美術評論家等の旧蔵縄文作品セクションが有って、大変に興味深い。岡本太郎や芹沢硑介、濱田庄司等の愛した、或いは所持した遮光器土偶や土器が並ぶが、特に柳宗悦旧蔵(現日本民藝館所蔵)の「岩偶」が、僕に取っては矢張り最も魅力的な作品だ。この岩偶は、元々芹沢硑介が考古学者だった自分の長男から入手したそうで、その後柳が芹沢から譲り受ける際に「民藝館の全作品と交換しても良い」と褒め称えたらしいが、宜なるかな。またその岩偶を入れる為に、柳本人が弟子の丸山太郎に依頼したと云う「卵貼漆収納箱」も素晴らしいので、必見だ!


7月3日(火)
12:00 顧客と日比谷の「B」でランチ。この「B」は、僕が良く行く代官山「A」の支店なのだが、この店に伺うのは初めて。魚介類が中心のメニューは代官山店と変わらず美味しいし、涼しく為れば公園を見下ろすテラスも気持ち良いに違いない。見知った店員さんが居るのも安心。

14:00 重要顧客を訪ねてのミーティング。何事も「そうは問屋が卸さない」のは世の常…さて、どう為る事やら。


7月4日(水)
12:00 久し振りに母と会い、その他2人も加わって紀尾井町の「R」でランチ。「R」が鮨懐石を始めたとの事だったのでそれを頂くが、矢張りこの店のシグナチャーは鮎。

18:30 現代美術家カップル、茶の者カップルと麻布十番の「T」で3世代(40-50-60代)ディナー。美味しい餃子や酢豚、麺を頂いた後は、今月一杯で移転して仕舞う茶の湯者の茶室を訪れ、名残の茶会を催す。禅僧墨蹟に見間違えそうな茶の湯者のご先祖様の一行書や、「出舟」を表した砂張釣船花入、素人には一見土鍋と見間違えられそうな(笑)京焼の水指で設えられた思い出深い茶室に入ると、先ずは濃茶を頂く。茶碗は黒平茶碗で、タップリとした釉が美しく、破れた窓の様に節に穴の空いた武将作の茶杓を用いて茶の湯者に拠って点てられた、香り高い濃茶が映える。薄茶に移ると、大きさも手頃な高麗茶碗、味の有る唐津系の茶碗等が呈され、この茶室の思い出話に花が咲く。結局僕達の話は深夜前迄続き、その帰り際、各々が芳名帳に一言を添えて記名したが、僕は自分の名前と共に「この日」と茶の湯者の未来を祝す為に「独立記念日」と書き添え、思い出深い茶室を後にした。


7月5日(木)
9:00 顧客がオフィスを訪れ、コレクション・セールの提案をする。何とか請け負いたいセールなので、気合いが入る。

14:00 この日の午後はお休みを頂き、オペラシティ・コンサートホールで開催された、エフゲニー・ミハイロフ&ベルリン交響楽団のコンサートへ。余りパッとしないシベリウスフィンランディア」、スメタナモルダウ」の後は、愈々お目当てのラフマニノフピアノ協奏曲第2番」。ミハイロフ のピアノは優しく情熱的で、ラフマニノフの曲に必要な「タメ」も充分に有り、非常に素晴らしい。ラフマニノフの2番は嘗て僕が少年だった頃、ワイセンベルグカラヤンベルリンフィルと競演した、72年録音のEMI盤で知った。このEMI盤は今迄何回聴いたか分からない程、僕に取っては未だに如何なる録音もライヴも凌ぐ事が出来ない名盤なのだ。ミハイロフは、アンコールのチャイコフスキーくるみ割り人形」も素晴らしかったが、オーケストラが優秀だったら尚良かったのに…と悔やみながら初台を後にした。

18:00 音楽会に行った友人と、夕食前に麻布十番商店街を歩いて居ると、向こうから見覚えの有る人が歩いて来て、良く見ると某美術館主任研究員のK氏。何でもお子さんの保育園の帰りだとか…仕事をしながらの子育てとは偉い!その後は友人と焼肉を堪能…「サーロイン・ユッケ」や「肉の炙り握り」、ザブトン、イチボ、「赤身サーロインすき焼き」等を堪能する。極楽、極楽。


7月6日(金)
9:00 テレビで、麻原彰晃を始めとするオウム真理教関係者7人の死刑囚の処刑を知る。突然のニュースだったが、湯河原の別荘検分に行った時にお会いした作家Tさんから頂いた新刊がオウム死刑囚に関する物だったので、余りの偶然に吃驚。僕は若い頃は死刑賛成派だったのだが、年を取るに連れて「死刑」の虚しさと「矛盾」を感じ始め、今は何方かと云うと否定派。当たり前の話だが、重罪者を殺しても被害者が生き返る訳では無いので、「死刑」にする位ならより「命懸けの」社会貢献・社会奉仕的な、例えば原発事故の処理仕事や臓器提供、新薬の臨床実験と云った「命の代償」的贖罪に代替出来ないのだろうか、等と思う。また「何故今?」と云った質問に対する法務大臣の曖昧模糊とした答弁(にすら為って居ない)も、全く理解出来ない。こう云った所を、メディアは国民に代わって徹底的に問うべきでは無いか?本当に日本のメディアはレベルが低く腰抜けで、心底ウンザリする。そして僕は、世界からの死刑執行に対する批判に対する日本国の代表として、執行直後メディアからの問いかけを無視した総理に、その答えを聞きたい…前日死刑執行を報告されても、パーティーで呑んだくれてる位だから、無理だろうけどね。

23:00 ワールドカップ・サッカー「フランスーウルグアイ」戦を観る。「フランスーアルゼンチン」戦でも思ったが、これだけ白熱した良い試合が多いと、日本人7割が肯定する「日本ーポーランド戦」が、今回のワールドカップに於ける「最も『酷く、醜い』試合」だったと思わざるを得ない。然もベルギー戦が素晴らしい試合だっただけに、日本チームは拭い得ない汚点を残した感が強い。そしてあれだけ褒め称えられた西野監督が代わるそうだが、そんな所も日本サッカーの「行き当たりばったり感」満載で、これじゃあ世界では通用しないよ…(嘆)。然しベスト16に行くと「1200万ドル」の賞金が貰えて、グループリーグだと「800万ドル」止まりらしいから、勿論金の為だけじゃ無いんだろうけど、「あんな試合して迄も、決勝トーナメント行きたいのか…」と正直思って仕舞う。何だかなぁ。


7月7日(土)
13:00 行く筈だった京都出張が、大雨の為に延期に為る。祇園近くの古美術商の顧客に拠ると、鴨川の遊歩道も川に同化し、見えない程だとの事。中国地方も人も多く亡くなり、被害甚大の様で心配だ。

18:00 読んで居た「文學界」6月号所載の平野啓一郎の新作、「ある男」を読了。ドキュメンタリーを読む様な感覚で読み進んだ本作は、戸籍交換、在日差別、死刑制度等の社会問題と、そして作者が拘る「弱者」「アイデンティティ」と「愛」に就いて、読者に重く問いかける。他人の人生を理解するのは至難の技だが、実は自分のそれを理解するのもそれと同様に難しい。また同時進行する「愛」の問題も、「社会」と「個」の問題と密接なるが故に、多重性を持って、そして粘着性を持って肥大化して行くのが息苦しい。然しそれでも本作には平野作品に毎回感じられる暖かさが満ちて居て、「前だけを見る」生き方を強く推奨して居る様に思える…それは、未来を生きる事で過去をも変えられるから、に違いない。


7月8日(日)
11:00 久し振りに父の墓参。墓参りをすると、何か贖罪的な感じが有って、気分が良い。帰りのタクシーの中では、身体の細い老齢の運転手に「自分は嘗て、警官と取っ組み合いをする程の「武闘派」だった」と云う話をされたので、ひっそりと彼の顔を見ると、最近の日本人には見る事の出来無い「面魂(つらだましい)」が有ったので敬服する…男の顔は「履歴書」だ!因みに僕の学生時代、友人の女の子の母親が「男の顔は『履歴書』、女の顔は『領収書』なのよ!」と云って居たのを思い出した…どう云う意味だったんだろう?(笑)

12:00 墓参後は実家に行き、母とランチ…久々に食べたローストビーフに舌鼓を打つ。食事の後は2人で「なんでも鑑定団」を観るが、母親の眼が鋭く、真贋そして価格の高低をズバリと当てる。矢張り「数寄者(スキモン)」は違う、と実感。

19:00 どうしても寿司が食べたく為り、結婚式帰りの音楽家を誘って、行き付けの寿司屋「K」で食事。披露宴でフルコースを食べたから、三貫位で良いと云って居た音楽家は、食べる程に食欲が出始めたらしく、結局「前言撤回」と云う言葉では済まされない程の量を食べたので、デザートは抜き、では無くお持ち帰りと為った(笑)。


7月9日(月)
13:30 迎えのタクシーに乗って、箱崎へ。今日からアメリカ出張。

15:30 UAのカウンターでチェックインしようとしたら、何と乗る筈の便に僕の名前が無く、別の都市経由の便に勝手に変更されて居た。驚いて聞くと、僕が行く筈だった都市から出る乗り継ぎ便がキャンセルに為ったかららしい…おいUA、連絡ぐらいしろよ!変更された便の搭乗時間が元々の便より早かったから、乗り遅れそうだったじゃないか!l

17:00 んで、UAに乗り出発したのだが、ANAに乗り馴れて居る身としては、飯は不味いわ、乗務員の対応は悪いわ、映画も音楽も碌でも無いわで、この先が思いやられる程だったが、とは云え長時間のフライト、仕方無く「トゥームレイダー ファースト・ミッション」を観る。この映画はご存知アンジェリーナ・ジョリーの大ヒット作の「前日談」で、「リリーの全て」でアカデミー賞助演女優賞を獲ったアリシア・ヴィキャンデルが、「大富豪に為る前」のレディ・クロフトを演じる。さてその物語は「卑弥呼の墓を探す」冒険譚だったのだが、最近身近な或る人間が、自身の頭痛を以ってして「低気圧が来る」事を当てられる事から「世が世なら、私は卑弥呼!」と宣うのを聞いて居たので、卑弥呼にこそ興味が有ったのだが、映画はソコソコで、実生活の卑弥呼様の方が遥かに面白かった(笑)。

11:00(現地時間)無事乗り継ぎ都市に到着したが、只でさえ乗り継ぎ時間が5時間も有ったのに、乗り継ぎ便の出発が2時間も遅れると云う。こう云うアメリカ航空事情は、そこいらの日本人よりは知って居た筈なのに、帰国1年足らずでもう耐えられない身体に為って仕舞った。然し、勘弁してよ…。

20:00 乗り継ぎ便の機内で、島田雅彦の新作「絶望キャラメル」を読了。青春ノンストップ的エンタメ作品だが、スピード感が溢れて居て一度も飽きない。然し島田氏は何と「純粋ロマンチスト」なのだろう!

22:30 結局東京の家を出てから、ほぼ24時間掛けて大コレクターで有る顧客宅に到着。大自然の中に建てられ、家中がポップ・アートで飾られた豪邸の、通称「ジャスパー・ジョーンズ・ルーム」に通されると、早々にベッドに倒れ込む。部屋中の作品総額を考えると中々寝付けなかったが(涙)、流石に沈没。明日から頑張らねば。


7月10日(火)
7:30 起床…そして「朝起きるとジャスパー作品が目に入り、朝食の為にキッチン・ダイニングへ行くと、リキテンスタインやウェッセルマン、ウォーホルやローゼンクイスト等のポップアーティストの大作を直に観ながら、顧客のお孫さんが作って呉れた朝食を頂くと云う至福」を享受する。

10:00 完璧に保湿された、日本美術がストアされる部屋へと赴き、早速仕事をスタート。今回は買い手顧客の依頼に拠る作品のチェックがメイン。が、作品を観て行く内に、ラックに何気なく置いて有った古い箱が気に為って観て見ると、何とずっと「何処かに有る筈だ!」と探して居た、このコレクション中に於いてクオリティも価格も「ナンバー1」と云っても過言では無い、某大名品軸の旧箱では無いか!吃驚しながら開けると、中からはこの作品の来歴と真贋を完璧にする数々の「極」や展覧会出品記録が出て来て、狂喜乱舞。いつかこの作品をきちんと納めたい。

14:00 今回の訪問のもう一つの目的は、日本美術のハンドリングを此処の管理責任者に教える事。掛軸の巻き方や箱の入れ方、紐の結び方等を教えるが、矢張り興味が有れば外国人でも飲み込みが早い…これで一安心。

19:30 疲労と時差ボケと、久々の腰の鈍痛でダウン。

26:00 この頃から起きたり寝たりの「サイアク時差ボケ」体制に突入。が、メール等の仕事は捗る。が、そうこうしても眠れないので、持って来た朝吹真理子の新作「Timeless」を読み始める事に。固有名詞が非常に多く出て来る不思議な作品だが、人や物の関係の稀薄性が心地よいテンポで語られ、そこはかとないスノッブ感に溢れて居て、読み進むに連れ、何故かその無機質な世界へと引き込まれる。


7月11日(水)
7:30 結局、寝たり起きたりを続けた末に起床。

10:00 再び作業開始。今日は木彫作品を中心にチェックする。然し此処のコレクションは、何度観ても凄い。

19:00 コレクターのお孫さん夫妻のご招待で、満天の星空の下、街に出掛けてのディナー。外に出て見ると、何となく焦げ臭い匂いがしたので、聞いてみると、10日前に起こった山火事が未だ鎮火せず、燃え続けて居るとの事。で、その方面に目を遣ると、何と山腹で燃えて居る炎が見えるでは無いか!そしてレストランに着いてもその匂いは止まず、然し人々はテラスで優雅に食事をして居たりする…何ともシュールな光景だった。

22:00 6人でのディナーが終わる。僕は「ブラッタチーズとビーツのサラダ」と「ベジタブル・ナッツ・カリー」を頂いたのだが、何しろこの食事時間中に、僕が此処数年頑張ってやって来た大仕事が、遠い日本の某所の理事会で承認されるかどうかと云う状況だったので、味もヘッタクレも無い…メンタル弱いんです、僕(涙)。


7月12日(木)
3:00 前の晩も食事から帰って来ると、眠さと疲労で速攻ダベッド・イン。そして相変わらずの時差ボケで夜中に何度も起きて仕舞い、メールをチェックすると、何と待ちに待った「朗報」が!…泣きそうになる。

7:30 お世話になった顧客宅を出て、帰国の途に。車窓から見える山々には、美しく霞が掛かった様に見えるが、それは山火事の煙…早く鎮火します様に。

12:30 行きとは異なる順調且つ正当な乗り換えで、UA帰国便に搭乗。酷いサービスの代わりと云っては何だが、良き映画2本を観る。先ずは去年の封切りの際に見逃して以来、ずっと見たかったクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」。台詞もかなり少なく、リアルで息をつく間も無いドキュメント風に見せる本作は、特筆すべき映像美に充ちて居る。そして俳優陣も素晴らしく、僕好みの、例えばジェームズ・ダーシーキリアン・マーフィー等も出て居るのだが、彼等の演技も大変リアル。流石大好きなクリストファー・ノーラン、僕とバースデーが同じだけの事は有る(笑)。そしてもう1作は、驚く勿れ、松岡茉優主演の「勝手にふるえてろ」!綿矢りさの原作を大九明子監督が映画化、その監督が担当した脚本も良く出来て居るが、然し何しろ松岡茉優に「見直した」不思議な魅力が有って、世の中この子より可愛かったり綺麗だったりする子は多くとも、その存在感と演技の才能は中々。「万引き家族」も観ないと。


7月13日(金)
15:30 帰国。余りの暑さに失神しそうに為る。

22:00 罪の無い過去の遺物が現れ、大事な人を傷つける。世が世なら、僕なんか呪術で消されて仕舞うだろう。女王への「貢物」をせねば…。


7月14日(土)
11:30 「Tokyo Antique Fair 2018」@東京美術倶楽部へ。このフェアは今年から1フロアに縮小したが、逆に云えば、厳選された「普通の人にも手が届く商品を扱う厳選した業者」達が集う東西古美術展だ。連休初日な所為か、人はそれ程多くなかったが、例えば「K」の南蛮蒔絵櫃や「R」の李朝掻落扁壺、「K」の新羅仏等魅力的作品も有り、楽しめる。日本美術のファンがもっと増えないかなぁ。

15:00 森美術館で開催中の「建築の日本展」を、某学者と再訪。レセプション時には殆ど見れなかった本展、相変わらずの人の多さだったが、非常に良く出来た展覧会だ。再現「待庵」、家形埴輪、フランク・ロイド・ライト丹下健三谷口吉生、そして桂離宮磯崎新の「桂」の書が欲しい(笑)。

21:00 貢物を女王に奉納しに行く。


7月15日(日)
11:00 骨董好きの現代美術家T氏と、アンティーク・フェア再訪。今回はT氏のお供の筈だったのに、「ミイラ取りがミイラになる」を地で行く感じで、そして「神頼み」的に、某店の或る可愛らしい作品に恋して仕舞う。

12:30 T氏と初台に向かい、オペラシティでランチ後、アートギャラリーで始まった「イサム・ノグチー彫刻から身体・庭へー」を一緒に観る。ノグチという作家は、マティスを彷彿とさせるドローイング等を観ると、矢張り西洋人なのだなぁと思うが、例えば今流行りの土偶を思わせる彫刻や、古墳を思わせる庭や公園等を観ると、彼の人生は「自分の中の日本人」を探す一生だったのだろう。僕は個人的には昔から彼の石の作品が好きだが、もし自分が持つなら「マケット」…そして本展で最も気に入った、そして欲しいと思った作品は、「原爆死没者慰霊碑」のマケットだった。「家形埴輪」から想を得た、現在の慰霊碑の設計は丹下健三に拠るモノだが、実は最初は丹下が推薦したノグチの案に決定して居た。が、丹下の師匠等が「日系アメリカ人」で有るノグチに難色を示した為、丹下がノグチ案をモディファイしたのが現在のデザインらしい。展覧されて居るこのノグチ案のマケットは、本当にシンプルで美しく、静謐な感じがする。これが採用されて居れば、「日米協同の血の慰霊の碑」として存在出来たのに…残念で有る。

19:00 再び貢物をしに、山へ。


「クールジャパン」政策が大失敗だとする、或る記事(→https://sp.fnn.jp/posts/00336110HDK)を読んだ。当然だ…首相を筆頭に、日本のクールな部分を全く判って居ない連中がやって居るのだから。然し税金の無駄遣いにも程が有る!

上にも書いたが、今世の中は「縄文ブーム」…これを機に「呪術」や「占星術」を国政や文化行政に復活させるのは如何か?(笑)僕の出番も多くなるだろうし。

何故なら、世が世なら僕は「陰陽師」だからです…(これ、ホント)。


ーお知らせー
主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで視聴出来ます。見逃した方は是非!→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。

揺蕩わない心。

気が付けば、ダイアリーの更新もひと月出来ずに、7月に為って居た…ので、今日は先月の藝術+α体験を。


ー音楽ー
・「青少年名曲コンサート」@静岡市民文化会館:友人の招待で訪れた、静岡交響楽団の映画音楽+クラシックの音楽会。後半は日本人大好きのドボルザークの「新世界」だったが、前半は「インディ・ジョーンズ」や「ハリー・ポッター」、「スター・ウォーズ」等のジョン・ウィリアムズ作品が中心の映画音楽特集。他には「パイレーツ・オブ・カリビアン」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ジュラシック・パーク」、そして「ゴッドファーザー・愛のテーマ」だったが、僕の世代からすると「映画音楽コンサート」のライナップも大層変わったなぁ…」と云う感じ。それでも大好きなニーノ・ロータが1曲入って居たのには感謝感激で(笑)、その昔「サウンド・トラック・レコード」コレクターだった僕的には(嗚呼、嘗て渋谷に在った「Sumiya」が懐かしい!)、このニーノ・ロータヘンリー・マンシーニフランシス・レイエンニオ・モリコーネ、そして最近なら坂本龍一のメロディが聴きたい。映画音楽の「美しい旋律」は、今何処…。

高橋悠治「プレイズ・サティ」@代官山ヒルサイド・プラザホール:偶然にも、サティの命日に開かれた音楽会へ。高橋悠治と云うピアニストは、その昔クセナキスの演奏で知ったのだが、何ヶ月か前にバッハを聞いた時には首を捻った物の、今回はサティと云う事で、いそいそと出掛ける。最近高橋はサティの録音を40数年振りにしたそうだが、その甲斐も有ってか、小さいホールで奏でられたサティは、優しくノンビリと、そしてフワッとして居て、バタバタして居た此処数日の気分転換には持って来いだった。然し高橋悠治と云う人は、何ともキャラクターで有る。


ー舞台ー
山海塾「卵を立てることからー卵熱」@世田谷パブリックシアター:砂と水が落ち続ける舞台の中で繰り返される、静寂の歩行。然しここ数年、山海塾の舞台は海外でしか観て居なかった所為か、日本で観る事に違和感が有ったのは、一体何故だろう?日本の風土から産まれたモノでも、日本に合うとは限らないのかも。

・「第三回 三人の会」@観世能楽堂観世流の三派、即ち観世宗家・銕之丞家・梅若實家にそれぞれ「住み込み」弟子入りし学んだシテ方、坂口貴信・谷本健吾・川口晃平の三師に拠る会。今回は坂口師が能「野宮」、川口師が舞囃子「藤戸」、そして谷本師が能「邯鄲」を舞う。三師の舞は何れも良かったが、特に「邯鄲」は僕の大好きな曲で、「一炊の夢」と云う言葉とその夢の中での「もう一つの人生」の物語が魅せる。最後の舞の途中で、態と床を踏み外しそうに為って目が醒める、と云うのも曲として良く出来て居ると思う。その後は美味しい天麩羅を堪能…極楽極楽。


ー映画ー
・「48 yearsー沈黙の独裁者」@熱海国際映画祭:ニューヨーク時代の友人でも有る砂入博史監督の、熱海国際映画祭特別賞受賞作品。東京高裁に拠って再審請求が棄却された、袴田巌さんの48年間の拘禁生活を振り返るドキュメンタリーだが、重苦しくは無く、観て居る内に何故か袴田さんとヘンリー・ダーガーが被って来たのが不思議だった。それは半世紀にも及ぶ拘禁生活中、誰からも「独裁」されずに自分の世界を構築し、自分が世界の「独裁者」に為らざるを得なかった袴田氏の言動が、或る種「アーティスティック」と云えるからかも知れない。砂入監督、特別賞受賞御目出度う!


ー展覧会ー
佐藤允「+10」@Kosaku Kanechika:個人的にも大好きな佐藤允君の新作展は、タイトル通り10作品。彼の個性は画面から溢れ、観る者をその世界へと巻き込み、魅了する。その意味で佐藤君の作品は、小手先でないアートその物と云えると思う。展覧会後は皆でディナーに出向き、最近良くお会いする外国人ながら国文学の権威、C先生等と談笑。

・「人麿影供900年 歌仙と古筆」@出光美術館:歌仙絵の展覧会。会場では前日会ったルーブルアブダビ学芸員とバッタリ会い、子供のお土産にしたいと云うので、玩具店を教える。展覧会の注目は、「佐竹本三十六歌仙」が3本出て居る事で(2本はいつでも観れます)、特に個人蔵の「山部赤人」(7/1で終わり)は必見。その他にも岩佐又兵衛派の歌仙図や、其一の描表装の大名品も見もの。

・「ミケランジェロと理想の身体」@国立西洋美術館:同展レセプションへと向かう。「ミケランジェロ」と銘打っては居るが、実際は彫刻2点だけの出展なので、ギリシャ・ローマ、ルネッサンスの彫刻展と云える。世界で40点しかないミケランジェロの彫刻の貸し出しは難しいにしても、もう少し身体素描等が有ると思って居たので、そこが残念。

・「朝倉優佳展」@コバヤシ画廊:デザイナー山本耀司とのコラボが話題になったアーティストの新作展。具象と抽象の間の大画面に描かれる、大胆な色彩のストロークが力強い。作家は最近博士課程を終了したらしいので、その論文も読んでみたい。

・「ジャケ・ドロー 創業280年特別展」@銀座蔦屋書店Atrium:280年の歴史を持つスイスの時計メーカー、ジャケ・ドローの特別展レセプションへ。今回にこのご招待は、この展覧会の為に中国清朝乾隆帝にも愛されたこの時計の歴史と美術品的価値に就てコメントした為。個人的に江戸時代のからくり人形に興味が有るので、ジャケのオートマタの素晴らしさや、エナメル細密画に驚嘆する。

荒木経惟「恋夢 愛撫」@Taka Ishii Gallery:最近パワハラでアート界を賑わした、荒木の新作展。98点にも及ぶモノクロームは、荒木が標榜する「私小説」で満ちて居るが、問題と為ったモデルとの関係性も匂わせる。

・菅木志雄「放たれた縁在」@The Club:小山登美夫ギャラリー「広げられた自空」と同時開催の菅展。「もの派」の特徴で有る空間と素材は、時として芸術性を失い「ただ在るだけ」に為りかねない…そしてそれは展示スペースにも拠る、のかも知れない。コマーシャル・マーケットでの菅作品が、非常に興味深く為る展覧会。


ー文学ー
幸田文「台所のおと」:国文学者C先生に教えて貰った、「音」に関わる小説を読んでみた。幸田文の小説を読むのは実は初めてで、僕の知識内では幸田露伴の娘で映画「おとうと」の作者だと云う位しか無かったが、市川崑監督・岸恵子主演の映画作品は、貧しくも小さな家族の愛を巧く描いて居て、中々良い作品だった。さて本作は、病に臥す料理人が、その夫の為に台所で料理をする妻の包丁捌きや料理中の「音」で、妻の感情や身の回りの小さな世界を理解すると云う話で、これぞ短編小説と云う名作だった!特に最後の「雨」と「慈姑を揚げる音」を聞き間違える処等は、秀逸…と思ったら、孫の青木玉に拠ると、それは露伴のエピソードだとの事。それでも素晴らしい一編でした!

宮沢賢治セロ弾きのゴーシュ」:最近チェリストと親交が有る所為か、実家に帰った時にふと自室の本棚で見つけ、恐らくは40年以上振りに読んだ。然し、何て厳しくも優しいお話なのだろう!「人は決して1人ぼっちではない」「精進は報われる」と云ったテーマは普遍で、賢治の死の翌年(1934年)に出版されたのだから、80年以上経った今読んでも心が洗われる。毎晩イライラしながら動物達と特訓する様は、賢治自身もチェロを習って居たらしいから、若しかしたら彼自身の経験かも知れない。今度チェリストに、何が一番イラつくか聞いてみようと思う(笑)。

原田マハ「たゆたえども沈まず」:パリ市の標語から用いられたタイトルは、弟テオを主人公として進む、ゴッホ兄弟の物語。ジャポニズムの主役達、林忠正や若井謙三郎、サミュエル・ビングやゴンクール兄弟、ドクター・ガシェ、フィリップ・ビュルティやタンギー爺さん、そして勿論印象派の画家達が登場し、世紀末パリのジャポニザン事情を背景に、其々37歳と33歳でこの世を去ったゴッホ兄弟の葛藤が語られる。浮世絵と印象派は実はとても良く似て居て、新しさ故のアカデミズムからの蔑視を乗り越えて、芸術として認められた経緯が有る。その当時最もカッティング・エッジな「現代美術」の有り様は、今のアーティストにも参考に為るに違いない。


ーその他ー
・「青花の会」:神楽坂で開催された骨董市。4箇所に分かれての開催なので、夕方歩いて廻るのも楽しい。或る店に飾って有った梅原龍三郎の小品に心惹かれ、最後迄悩むが、結局諦める。骨董も人生も「諦め」が肝心な時も有るのだ(笑)。

・第20回国際浮世絵学会春季大会@法政大学:理事を務めて居ながらも忙しさに感けて居て、久し振りの大会へ。今回は公私共に長年お世話に為って居る京都の版画商、「絵草子」の山尾剛さんが学会賞を受賞されたので、本当に嬉しい。浮世絵自体が江戸町人文化の生まれの為か、京都では余り重要視されない中、その反面外国人観光客も多い新門前に店を構えて、上方・江戸に拘らない「日本」文化を長年発信・継承されて来た功績は大きい。山尾さん、御目出度う御座います!

・アダチ伝統木版画技術保存財団理事会@交詢社:僕が理事を務めさせて頂いて居る、財団の理事会へ。事業報告等を聴くが、昨今摺師・彫師の人材が深刻に不足して居る事に危惧を覚える。折角美大で教えて居るのだから、次の授業で生徒達に問いかけてみようと思う。

・別荘訪問:諸般の事情でもう数十年も行って居なかった、湯河原の別荘を母と訪ねる。運転を買って出て頂いた能楽師夫妻と向かったが、住所が分かっては居ても迷う。母の記憶では「某大手出版社の創業者の御宅の向かい」だったのだが、肝心のその御宅が中々見つからず、終いには能楽師さんのお知り合いで、僕も小説を何冊か読んだ事の有る女流作家Tさんに尋ねて、やっと別荘に到着。彼の地は想像通り「廃墟マニア」が萌えそうな程の荒れ放題だったが、能舞台の鏡板や柱が無事で驚く。子供の頃には泳げる程大きかった(と記憶して居た)温泉を引いた岩風呂は小さく見え、叔母が中村外二工務店に頼んだ茶室には物が積まれて居て入れず、検分は次回に延期。複雑な感情の母の涙が印象的だった。

・ワールドカップ・サッカー「日本VSポーランド」:今回の日本代表は確かに頑張っては居るが、巷の6、7割がこの試合の最後の10分間を肯定して居る事が、僕には到底信じられない。先ず以って、「ルールに反して居る訳では無い」「決勝トーナメントに行く事こそが目的」「これは勝負だから」とか云う意見が有るが、それならば引き分けでトーナメントに行けるこの試合、最初から最後までキーパーとバックスの間でずっとパス廻しをして居れば良い事に為る。「勝負事」とはそう云う事では無いし、負けてこそ学ぶ事が有るのが「勝負事」なのだから、精一杯死力を尽くして戦うべきでは無いか。これでベルギー戦で大負けしたならば、只でさえ世界の笑い者が大笑われ者に為るだけだし、この「セコさ」は今の日本を象徴して居る様で本当に苛つく。大体主力6人も変えて「温存」等、最後迄戦う世界のチームに対して烏滸がましい…彼等は最後の10分間、死に物狂いで「1点」を獲りに行くべきだった。サッカーだけで無く如何なる事でも、レヴェルの低い者が己のその低さを心底知る事が出来るのは、自分よりレヴェルの高い者と「全力」で戦って散る時だけなのだし、そして「地位」とは、「実力」が伴わねば却って恥ずかしいモノなのだから。


今夜の日本代表には「ベスト●●」等と云う下らない波に揺蕩わず、頑張って欲しいと思う。


追伸:先程、桂歌丸師匠が亡くなったのを知った。もう20年程前の話だが、僕が友人の骨董商の結婚披露宴に羽織袴姿で出席した時、宴に途中で新郎が「おいおい、君は新婦の友人席で落語家に為ってるぞ!」と云いに来た。それは何故なら、和服姿の僕が「桂、桂」と会場で呼ばれて居たのと、意地の悪い新郎が「向こうに居る和服のアイツ、桂歌『麿』って云う落語家なんだぜ!」と吹聴して居たからだったが、知らぬ間に落語家「桂歌麿」にされた僕は、仕方無く袂から取り出した扇子を開いて酒を飲んだり、今度は畳んで蕎麦を食べて見せたりして、新婦友人席から盛大な拍手を貰ったのだった…。他人とは思えない歌丸師匠のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。


ーお知らせー
主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで視聴出来ます。見逃した方は是非!→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。