M先生の握手。

昨晩は「浪速勉強会」兼、M先生の送別会であった。

場所はミッドタウンの「浪速」と云う、結構シャビーな日本食店。出席者は7人で、何時もの勉強会に比べると、ホリデーシーズンのせいか少し寂しい。この「浪速勉強会」と云うのは、そもそも日系金融企業の駐在員が集まって、ゲスト・スピーカーの話を聞きながら会食し、情報交換を行うと云う会で、筆者は2年ほど前にスピーカーとして招かれたのだが、それ以来珠に参加している。

正直云うと、当方、日本企業の駐在員の方々と話がしっくり来る訳も無く、浮きまくっているのだが、何事も勉強、しかし珠にこのM先生の様な「変り種」に会う事も出来るので、楽しみな会でも有ったのだ。

さて、M先生である。

この人は「S」と云う世界的癌専門の病院・研究所に、研究者として勤めている。O大学出身、マスターからPHD・MDまでを取り、年の頃40一寸前、外見は何と云うか「人類の誕生」と云うか(スミマセン)、非常に「個性的」である。先生はヴァイオリンも嗜まれ、中高は陸上部、大学時代は馬術部だと云うから、意外と「ハイソ」かも知れない。

このM先生と筆者とは2年位のお付き合いなのだが、我「宮殿」のパーティーにも出席して頂いている上、深夜のS若宗匠による「夜中の茶会」にも連なって頂き、その時にM先生がお茶を頂いている写真は、仲間内では「ベスト・ショット」として名高い。

筆者は嘗て「免疫」なる事柄に凝った時代が有って、本も読み漁り、NYに来てからもこう云った科学的・医学的事柄に興味を持ち続けていたのだが、誠に勉強になるので、医学・生物研究者にも友人が何人か居る(拙ダイアリー「ロマンティスト・サイエンティスト」参照)。このM先生も、その中の御一人なのである。

そのM先生が今年一杯で「S」を辞め、スコットランドフィラデルフィアに行ってしまうとの事で(未だ決まっていないらしい…この辺も変わり者の由縁だ)、「送別会」を兼ねた勉強会になったのだが、しかしこの超個性的なM先生、実は物凄くシャイで、何しろ「天才的」なのだ。

今回の会はM先生が所謂「スピーカー」で有ったのだが、結局は「雑談鍋パーティー」になってしまった。が、幾つか非常に面白く、「眼から鱗」の話が出たので、ご存知の方もいらっしゃるだろうが、ご参考までに(間違っていたら、どうぞコメントを宜しくお願い致します)。

先ず「癌」細胞は「健康」な細胞に比べて、非常に「不安定」で「脆い」細胞であるらしい。そして癌細胞は、健康な細胞中に在ると非常に活発に増殖活動をするが、癌細胞中に在ると非常に力が弱まってしまう、との事。これは一体どう云う事なのか?「お坊ちゃん校」で暴れていた不良を「不良校」に放り込むと、大人しくなってしまうと云った事なのだろうか?これは未だ何故かは解明出来ていないらしい・・・。

更に、癌細胞は「恐らく」熱に弱い。そして癌は「一度に」人体の複数の箇所には発生しない・・・これはもう1人の医学畑の出席者で、マウント・サイナイ病院勤務のO先生の言葉に拠れば、「その意味では神様は人間を、結構精密に創っている。何故ならば、複数箇所に癌が一度に発生すれば、人間はその時点でもう回復の見込みは無い」からだそうだ。

こんな含蓄のある話を、飄々と冗談交じりに語るM先生、「S」と云う世界的研究所を辞める理由は、研究者達が余りにも「金」の話に塗れているからだそうだ。云う迄も無く、「金」が無くては勿論最新機材を買えないし、研究もできない。がしかし、全ての研究成果を即座に、若しくは成果が出る前から「金」に換算している研究者が如何に多いことか、とM先生は嘆いていた。

日本でも今、「仕分け」に因って研究費が大幅に削減され始めているらしい。しかし、研究に付く予算は殆どが「器材」に充てられ、「人」には廻って来ないそうだ。これはどう云う意味で「最悪」かと云うと、先ず「器材」に予算を使い切らねば、翌年予算が出ない。

しかし、その予算は「器材」にしか出ないので、その「器材」を最も有効に研究に使える「人材」が居ない。外国人が、日本の研究所に来ると「世界に数台しかないこんな器材が、こんな所に!」と驚くそうである・・・。

「仕分け」は絶対的に必要だが、やはり「人」有っての「器材」では無いかと、筆者もM先生同様、嘆きの溜息を吐いたのだった。世界の何処に行っても、何時の日かM先生の様な研究者が、日本のいや世界の為に、医学・生物学の分野で絶大なる功績を挙げてくれる事を、期待して止まない。

鍋が終わって、髭面のM先生と再会を約束し、握手を交わして別れた。

その握手は、痛いほど力強かった。