「スティーヴィー・ワンダー」の想い出。

昨日、ニューヨークに戻って来た。

空港のイミグレーションでは、ヴァイオリニストのNちゃんにバッタリ…本当に人に良く会うものだ。また入国後の税関では、今回手荷物で持ち帰ったお稽古用の「小鼓」を見たオフィサーが「これは何だ?」と聞くので、「トレーニング用のドラムだ」と答えたら、無事通してくれた(笑)。

そしてニューヨークは、想像通り本当に涼しく…無かった!昨日は31度、今日は何と36度である。今朝オフィスに行ったら、部下のEから「マゴイチ、貴方は日本から、また暑さを持ち帰って来たわね!」と笑われた…勘弁して欲しい。

さて、恒例のANA便中のアートの話。今回は、機内での音楽番組で特集が組まれていた、「スティーヴィー・ワンダー」である。

筆者のスティーヴィーとの出会いは、中学生の頃やっていた「銀座NOW」と云う生番組中の、確か木曜日のレギュラーだった、「POPTEEN POPS」と云うコーナーである。このコーナーは、当時では珍しい洋楽カウントダウン番組で、しかもPVが見れると云うスグレモノで有った。筆者は、この番組中で初めてスティーヴィー・ワンダーと云う歌手の存在を知ったのだが、その時の曲はANAの番組でも流れていた「Sir Duke(邦題:愛するデューク)」、デューク・エリントンに捧げられた全米NO.1ソングで、1977年制作のアルバム「Songs in the Key of Life(邦題:キー・オブ・ライフ)」からの大ヒット・シングルで有る。

この曲は、何しろファンキーで楽しい。当時は未だ、曲中に出て来るカウント・ベイシーエラ・フィッツジェラルドルイ・アームストロング等の名前等、知る由も無かったが、歌声とホーン・セクションの格好良さに感動、シングル・レコードを買いに走ったのを覚えている。その後、スティーヴィーは盲目であるにも関わらず、「迷信」や「サンシャイン」と云ったスゴイ曲を作った事も知り、彼の人となりとその曲に、多大なる尊敬の念を持ったのだった。

そして筆者が大人になるに連れ、スティーヴィーとの付き合いも増して行く。高校生に為ってディスコに行き出すと、「Isn't She Lovely(邦題:可愛いアイシャ)」や定番「Happy Birthday」、「Do I Do」等で踊り、絶品バラード「Lately」や「Stay Gold」で涙したりした。大学生時代の「I just called to say I love you(邦題:心の愛)」や「Overjoyed」、「Parttime Lover」等も大好きだったし、もっと最近になっての「We are the World」を含めた、多くのデュエット曲も、良く聴いたものだ。

しかし筆者のスティーヴィーに関する想い出は、実はそれだけではない…忘れられない2つの、個人的な事柄が有るのである。

先ず最初は、1982年の来日の時の事。この年筆者は、大学浪人をしていた…にも関わらず、夜は略毎日六本木で遊んでいた(笑)。さてそんなある晩、友人と当時「星条旗通り」に在った喫茶店でお茶をした後、確か時間は夜の10時前後、星条旗通りを今で云う国立新美術館の方からガソリンスタンドの方に向かって歩いていて、乃木坂に在ったバーにでも行こうかとしていた時の事である。向こうから馬鹿デカイ黒人2人が歩いて来て、余りに強面なので道を譲ろうとしたら、いきなりその1人が「『パシャ・クラブ』は何処に在るのか?」と聞いてきたのだ。「あぁ、パシャ・クラブなら、その先の地下だよ」と云うと、その馬鹿でかい連中の後ろから、ちょこっと顔を出し「サンキュー!」と云ったのは、何とスティーヴィー・ワンダーだった!その瞬間、筆者と友人は余りの突然の僥倖に唖然としたが、気を取り直し勇気を奮って握手を求めたら、スティーヴィーは首を振りながらも、気さくに握手をしてくれた。

そして2つ目のエピソード…時は降り、1985年の話である。当時大学生であった筆者はディスコ仲間4人と、後楽園球場で行われた、スティーヴィーのライヴに駆けつけた。頑張って取った席は、何と前から2列目の左側、スティーヴィーが弾く数多くのキーボードの真ん前であった。さて熱狂の中コンサートが始まり、スティーヴィーが手を引かれて入場、ピアノの前に座ったその瞬間、譜面台に乗せて有った楽譜が風に揺られ、一枚はらりと彼の足元に落ちた。

皆、「アッ!」と声を挙げたのも束の間、スティーヴィーは何気無く、ヒョイとその楽譜を拾い譜面台に乗せ、徐に演奏を始めたのだった!スティーヴィーの、その全く当たり前の様に楽譜を拾った様子を、ステージ前から2列目で目の当たりにした我々は、暫し絶句…出てきた言葉は、「アイツ、もしかして、眼見えてんじゃねえの?」で有った(笑)。後から思えば、盲目の人は聴覚などの感覚が正常者より鋭く、楽譜の落ちた場所も、その音の方向等で意外と容易に判るそうだ。スティーヴィーを少しでも疑った事を、今では恥ずかしく思っている(笑)。

何れにしても、スティーヴィー・ワンダーの曲はどれも素晴しい。しかし、どうしても個人的にNO.1を挙げろと云われたら、上でも挙げた、そしてANAの番組でもトリを取っていた「Lately」に為るだろう。この曲の歌詞を読んだ思春期の青年で、涙しない者は居ないと思う。生まれて直ぐに盲目になった、しかしその代わりの様に、神様より「ギフト」を貰ったスティーヴィーが、どんな気持ちでこの歌詞を書いたかと思うと胸が詰まるし、「男の子」の失恋の悲しみをこれ程迄に詠った歌詞が、他に有ろうか…。
この「Lately」、聴いた事の無い人は是非一度、聴いてみて下さい…泣けますよ!
http://www.youtube.com/watch?v=7r3IzVA37-o