La Bella Principessa Giapponese:日本の「美しき姫君」。

暑い…そしてまだ時差ボケである。しかし、この時差ボケにも良い所は有って、それは「読書」が捗る事だ。

さて、以前から読んでいた2冊、畠山けんじ著「鹿鳴館を創った男 お雇い建築家ジョサイア・コンドルの生涯」と、宮下規久朗著「ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡」をやっと読了した。

前者は昨年河鍋暁斎の掛軸をボストン美術館に買って貰ったのがキッカケ、後者は全くの個人的趣味での購入であったが、両著作共、非常に優れた読み易い「評伝」で有る。特に「ウォーホル」の方は、自分が生まれた1963年と云う年が、彼の「ファクトリー」誕生、JFK暗殺、奴隷解放宣言100周年の年に当って居た事や、ウォーホルと、その彼が大好きで小さい作品も所有している自分との年代的関係性やその「死」に対する思想の共有感などを再確認出来て、大変有意義であった。

そして間髪を入れずに読み出したのが、マーティン・ケンプとパスカル・コットの共著「La Bella Principessa:美しき姫君 発見されたダ・ヴィンチの真作」。

本作は、1998年にクリスティーズ・ニューヨークの「オールドマスター絵画」オークションに売却された「若い女性の肖像」が、綿密な調査と化学分析に因って、ダ・ヴィンチの真作で有ると云う結論に到る迄のドキュメントらしい…「らしい」と云うのは、未だ読み始めたばかりだからなのだが、口絵に有るその「プロファイル(横顔)」は、(今の時点では)ダ・ヴィンチで有ろうと無かろうと紛れも無く美しく、素晴しい作品で有る事に疑義は無い。しかし今日の本題は、この「イタリアの姫君」では無く、この絵を観て直ぐに思い出した「日本の姫君」なのだ。

その「日本の『美しき姫君』」とは、現在ポーラ美術館に収蔵されている、藤島武二1927年度の作品「女の横顔」の事である。

縦45.8cm.、横37.5cm.、板に油彩で描かれ、左下に「T.FDiSima」とサインが有るこの作品は、ピエロ・デルラ・フランチェスカ等を思わせる、女性の上半身を真横から描いた肖像画で、背景には「モナ・リザ」等に代表される様な空や山が描かれている。また作者藤島は、イタリア留学後、女性の国籍的モチーフ(中国風や日本風)を変えた同構図の作品を数点制作しており、有名な作品としては「芳螵」や「東洋振り」等が知られていると云う事も付け加えておこう。

さてこの作品、1942年に藤島が没し、翌1943年に「藤島武二遺作展覧会」が開催された後姿を消していたのだが、それが半世紀以上経った1995年の或る日、筆者の目の前に忽然と姿を現したのだった。

当時東京支社で営業をしていた筆者は、その日新規顧客から査定以来の連絡を受け、高級住宅地として有名な土地の駅に降り立った。駅から立ち並ぶお屋敷を横目にやり過ごし、大きな街道を渡り数分歩くと、目的のお宅に着いたのだが、そのお宅は場所柄からすると質素な方で、もしその時誰かが筆者の顔を覗き見たなら、少々ガッカリして見えたかも知れない。

それは何故なら、長年この商売をしていると、最寄り駅から顧客宅迄の道程の家並みを見、当該宅の玄関前に立つと、これからその家で観るであろう美術品の質が大体判るからで、そしてその「考え」は、玄関を入り応接間のソファに座る頃は、「確信」と為っている物なのだ。勿論例外は何時でも存在するが、これは持ち主が家の造作や調度品にどれ程お金を掛けているかに因って、所有する美術品の価値をも想像出来るからなのである。

そのお宅の応接間に招き入れられ、ソファに座った時も正直「うーむ…」と云った所だったのだが、その「予想」が見事に裏切られたのは、夫人が放った「絵は地下に有りますので、どうぞ。」と云う一言が切っ掛けで、夫人に連れられ地下に降りてみると、驚くべき事にその建物の敷地面積の全てに、絵画のたとう箱がズラッと並んでいるでは無いか!

興奮して幾つか箱を開けてみると、其処には佐伯祐三梅原龍三郎安井曽太郎藤田嗣治等の名品達が。夫人曰く「娘が結婚するので、マンションの頭金にするのに一点だけ売りたいので、どうぞお選び下さい」…そして時間を掛け、最終的に「勘」で筆者が選んだのが、この藤島武二の「女の横顔」だったので有る。

この作品の重要性は、その時何も知らなかったのだが、この作品を選んだ理由は、単にその構図の面白さと美しさに惚れたから。しかし調べて行く内に、この作品が50年間行方不明に為っていた作品だと判り、40万ドルの予想価格を付け、いよいよオークションに掛ける事に為ったのだが、困った事に日本美術のオークションは既に締め切らて居り、どうしようかと悩んだ末、ニューヨークの「印象派・近代絵画イヴニング・セール」に出品する事にした。

クリスティーズの「印象派・近代絵画イヴニング・セール」に出品された日本近代作家作品は、パリ在住であった藤田嗣治を除いて、250年の歴史の中でたった2作品。一度目はロンドンのイヴニング・セールに出品された黒田清輝の「木かげ」で、この作品は1900年のパリ万博出品後フランスに留まっていたが、バブル時のオークションに登場し「億」以上の価格で売却、現在は「ウッドワン美術館」のコレクションとなっている。

そしてこの「女の横顔」が記念すべき2度目の作品となり、40万ー50万ドルのエスティメイトでイヴニングに出品。セール前、印象派のヘッドから「売れなかったら、タダでは済まんからな!」と脅されていたが(笑)、自信は有った…競ったのは当然日本人の2人だったが、結局68万4500ドルで某業者に売却、その後ポーラ美術館の所蔵と相為ったのである。

「イタリアの美しき姫君」を読み進む前に偶々想い出した、「日本の『美しき姫君』」を見つけ「ニューヨークの社交界」にデビューさせた、まるで「マイ・フェア・レディ」のヒギンズ教授の様な、楽しい想い出である。