「ポリーニ」再び、そして「印象派・近代絵画イヴニング・セール」の行方。

最近、新聞で気に為るニュースを読んだのだが、それは、昨年1年間のニューヨーク市民の死亡原因に就いて、「他殺」に拠る死亡者数が「自殺」数を下回った事が明らかに為った、との記事で有った(→http://cityroom.blogs.nytimes.com/2013/04/23/as-murder-rate-falls-suicides-outnumber-homicides/)。

ニューヨーク市警の発表に因ると、2012年の他殺に拠る死者数は418人(50年振りに低い水準)、2011年の自殺者509人を下回り、昨年の自殺者数は未発表だが、市に拠ると「他殺」よりも低い可能性が大らしい。

また、他殺で亡くなるのは若い黒人男性が多い(他殺に因る死亡の内84%が男性、60%が黒人で、27%がヒスパニック)のに対し、自殺者は年齢が高目の非ヒスパニック系白人が多く、ニューヨークでは他殺数は減少傾向に有るが、自殺者数はこの10年間目立った推移が無い。

アメリカでは「自殺」は社会的マジョリティ層に多く、マイノリティ層の人は悩みを外に出す事が上手いと云われて居て、「1億総中間層」な日本で自殺が多いのも頷けて仕舞うのが哀しいが、東京都の発表では平成22年度の都内の自殺者は2953人なので、人口1322万人(2013年1月1日)からすると、自殺者の住民に対する割合は0.022%。対してニューヨークは、人口が824.5万人(2011年)だから、自殺者の割合は0.006%と為り、東京がニューヨークの3.7倍も割合が高く、如何に東京に自殺者が多いかが分かる。

つまり、ニューヨークでの他殺の割合は東京より遥かに高いから、「ニューヨークは東京より危険な街」と云えるだろうが、「自殺に追い込まれる街(或いは『国』)」と云う意味では、東京(日本)はニューヨーク(アメリカ)よりも、かなり危険だと云う事だ…東京都や日本国政府は、24時間地下鉄運行やオリンピック、憲法改正等よりもこの辺を真剣に早急に考えるべきだろう。

さて暗い話は此れ位にして、話はこの間の日曜日の事。

その晩はVIPクライアントとの「焼肉ディナー」が控えて居たのだが、その前には先々週に引き続き再びの「ポリーニ@カーネギー・ホール」…この間のプログラムは「オール・ショパン」だったが、今度は「オール・ベートーベン(・ソナタ)」プログラムで有る。

演目は、第1部が「ピアノ・ソナタ第8番ハ短調 作品13『悲愴』」と「ピアノ・ソナタ第21番ハ長調 作品53『ヴァルトシュタイン』」、インターミッションを挟んでの第2部は「ピアノ・ソナタ第22番ヘ長調 作品54」、そして「ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調 作品57『熱情』」…もう、何ともサービス精神満点の選曲では無いか!

実はポリーニのベートーベンを生で聞くのは初めてだったのだが、超満員のカーネギーの1階の席に着くと、2階席には友人のジャズ・ピアニストH女史、斜め後ろの席には同僚Sの姿が有ったりして、人気の程が知れる。そしてポリーニの演奏はその期待に反しない、誠に素晴らしい物で有った。

が、正直最初の「悲愴」は実に危なっかしい演奏で、序に全体的に「オーヴァー・ペダル」気味だったのも手伝い、「大丈夫か?」と本気で思いながら、以前東京で起きたと云う「演奏中止」の事態が頭を過ぎったりもしたが、「ヴァルトシュタイン」で多いに持ち直したポリーニは、最後の「熱情」では「あなすばらし、いとをかし」な演奏を我々に見せつけ、曲が終わったその瞬間、観客全員が総立し、盛大なオベイションをポリーニに贈って居た!

いやもう、あの年でこんな情熱が何処から来るのだろう?そして老名ピアニストは、3曲のアンコールをこなし、高貴なる風格の馨りを遺して、ニューヨークを去って行った…。

さて此処で時間は一寸遡り、今日のメイン・テーマ…話はサザビーズの「印象派・近代絵画」の下見会へと移る。

今回の印象派・近代絵画のセールは、クリスティーズサザビーズの両オークション・ハウス共、少々大人しいラインナップと云われて居るが、アートとはこの眼で見てみなければ分からない。

そのサザビーズのイヴニング・セールはと云うと、71点の出品中、トップ・ロットのセザンヌ静物画「Les Pommes(林檎)」(2500-3500万ドル:約24-34億円)、モディリアーニの初期肖像作品「L'Amazone」(2000-3000万ドル)を始め、ブラック、珍しいピカソのメタル・ワークを含んだ、エスティメイトの下値が1000万ドル超の作品が計4点。

この中では、作品のトリミングが少々気に掛かるが、矢張りセザンヌが最も美しい作品だ。またモディリアニとピカソは、美術史的には重要作品かも知れないが、正直それ程の魅力は感じず…その他では、ゴーギャンの風景画「La Maison du Pan-Du」ともう1点の作品が目に付いただけで有った。

そのもう1点とは…今回のサザビーズの別の意味での「目玉」、それはスーパー・スター「マドンナ」から出品された、レジェの「Trois Femmes à la Table Rouge(赤いテーブルの3人の女)」(500-700万ドル)だ。

この作品の売り上げは、世界の貧困地域の子供を救う事を目的としたノン・プロフィット組織で有る、"Ray of Light Foundation" の、特に「少女の為の教育」の為に寄付されるそうだが、中々締まった良い作品で「流石、マドンナ!」な作品で有る。

対するクリスティーズは、51点のオファー中、スーティンの「Le Petit Pâtissier(小さなケーキ職人)」の1600-2200万ドル(約15億6000万ー21億5000万円)を筆頭に、1500-2000万ドルのエスティメイトの付いたドランの「Madame Matisse au Kimono(着物を着たマティス夫人)」と、ミロの「Peinture」の3点が1000万ドル超の作品。

特にドランの作品は、タイトル通り日本の着物を羽織ったマティス夫人を描いた物で、非常に重要な作品で有る…が、この仕事を始めて20年以上マーケットを観て来ている身としては、スーティンやドランの作品がオークションで10億円以上の値が付く(100万ドルで売れた時ですら)等、ヴァン・ドンゲンやド・レンピッカの価格高騰と共にもう驚天動地の勢いなのだ。

そしてそれは、例えばモネやゴッホ等の「インプレッショニスト・マスター」達の高額名品が市場に無くなって来た事と、時は流れ、恰もジャコメッティが「現代美術」の客層に流れて居る様に、印象派の買い手が少しずつ「近代的」に為って来ているからかも知れない…ルノワールの値崩れを見ても、それは明らかな気がする。

そんな中で、今回の個人的イチオシ作品はと云うと、それは「ノイエ・ギャラリー」からの出品されて居るエゴン・シーレ、「Selbstbildnis mit Modell (Fragment)」(「自画像とモデル・断簡」:エスティメイト:500-700万ドル→http://m.christies.com/sale/lot/sale/24341/lot/5677541/p/1/enlarge/1?KSID=99d119d0f70f528c6ef276bb6448ac72)だ!

この1913年作の非常に横長 (70.5 x 241.2 cm.)な作品は、シーレ自身とモデル且つ愛人で有った女性「Wally」が描かれた、宗教的アレゴリーに充ち満ちた作品だが、この作品が醸し出す退廃的な美しさと作家の「魂」は、観た者にしか判らないと思うので、ニューヨークに居る方は是非とも一見して頂きたい(8日の12:00PM迄!)。

注目の印象派・近代絵画のイヴニング・セールは、サザビーズが今晩でクリスティーズが明日8日の夜。

翌週の現代美術が相当ホットなラインナップだけに、両オークション・ハウス共何処まで売り切れるかが注目される…乞うご期待で有る!