「耀かしい葬列」と「美の神殿」、そして「美の墓場」。

昨日は雨の中、ニューヨークで留守番中の妻が最近観たと云う映画を観に。

その映画とは、ファッション・デザイナー、イヴ・サンローランの生涯のパートナーで有ったピエール・ベルジェと、彼等2人が収集した美術品の数々を通して、世紀のデザイナー、サンローランのその「美と愛」に迫ったドキュメンタリー、「L'Amour Fou」(邦題は「イヴ・サンローラン」)である(原題は「狂おしい愛」なのだが…)。

そして本作を観てみると、驚いた事にこの作品は、何しろ筆者が今迄の人生で観た映画の中でも、「最も知人友人が出演している映画」だったのだ!

それは何故なら、上に記した様に、ベルジェ、回想の中のサンローランと共に本作品中で「主役」を勤めているのが、このカップルが集めた膨大な数のギリシャ・ローマ等の古代美術、ドガマティスブランクーシやウォーホル等の近現代美術、中国やインド等のアジア美術、デコラティヴ・アート等の「美術品」で有り、サンローランの死後、これ等の美術品は、ベルジェに因って「美の墓場」と呼ばれるオークションに出品されるのだが、その売り立てを担当したのが、「クリスティーズ」だったからである。

「美の狩人」サンローランが集め、パリとマラケシュに築いた「美の神殿」とも云うべきアパルトマンとヴィラ…この世界的にも早い時期に公認された著名ゲイ・カップルが持つアート・テイストは「如何にも」とも云えるが、正直云って非常に素晴らしい。

筆者も世界中の富豪、芸術家、貴族の家を長年訪ねて居るが、サンローランの「趣味」は彼等と比較しても見劣りする所か、あれだけの複合ジャンルに及ぶ作品群を「一ヶ所」に共存させるセンスは、並大抵では無い…例えば三島由紀夫が、このサンローランの部屋を訪れたならば、その欧州的デカダンスと、ゲイ・モダニスム的雰囲気のミクスチャーに、一瞬にして恋に墜ちてしまうのでは無いだろうか。

また本品では、「個人コレクション」中の美術品が、如何にオークション・ハウスのスペシャリストに拠って鑑定・査定されて、運送会社に拠って梱包・輸送され、ニューヨーク・ロンドン・パリで下見会が開催、最終的にオークションに係って競られ売却されると云う、「時系列的流れ」を目の当たりにする事が出来るので、一般の方にも興味深いのでは無いかと思う。

ベルジェが一人語りする良い台詞、「名声とは、耀かしい『葬列』である」は、ヴィラの各部屋に「失われた時をもとめて」の登場人物の名を付けた者に、非常に相応しい。

そしてそれは、いみじくも美術品が「名声」の代名詞であり、自分が考える「究極の美」を私財を投じて身の回りに置いても際限が無いばかりか、何時の日か手元から離れて行ってしまうと云う、「メメント・モリ」的絶望感と諦念、そして一種の破滅願望をも想像させるのだ。

筆者が生業としているオークションは、「美の墓場」で有ると共に「美の再生工場」でもある。そして、映画の最後の方で、出品作品が高く売れ、手を叩いて喜ぶベルジェを見れば、その「死と再生」が如何に魅惑的であるかが、お分かりになるだろう。

イヴ・サンローラン・コレクション」は、今でも歴史上売られた如何なる「個人コレクション」の中でも、最も高額で売却されたコレクションで有る。