「オークショニア」になりたい!

今年行われるアメリカ大統領選の、共和党代表予備選が始まった。

そんな中、前マサチューセッツ州知事のミット・ロムニーが2連勝し、如何にも強そうな候補者と思われがちだが、そうは問屋が卸さないだろうと筆者は思っている…それは何故なら、ロムニーが「モルモン教徒」だからだ。

ご存知の通り、アメリカ人の大半はプロテスタントで、こと大統領に関して云えば、かのケネディが唯一のカトリックで有り(しかも暗殺された)、他の宗教信者や移民系(イタリア系やユダヤ系、アジア系等)の大統領は未だに1人も誕生していない事から観ても、ロムニーが合衆国大統領に為る事が一筋縄では行かない事が判るだろう。

アフリカ系大統領が漸く誕生した今、後は「女性」と「プロテスタント以外の宗教を信じるアメリカ人」を大統領にする事が、アメリカが真の「政教分離・男女平等国家」で有る事を世界に示す、大変良い機会で有るのは間違い無い。

そんな中、「経済政策」にその才能を発揮するロムニーは、はてさてアメリカ初の「モルモン教徒大統領」になれるだろうか…アメリ国民の選択結果は、10ヵ月後に明らかに為る。

さて今日の話題…オークションでの花形と云えば、何と云っても「オークショニア」で有る。

実際「オークション会社に勤めて居ます」と云うと、美術業界に関係の無い略全員の人に、「あぁ、段の上で『コンッ!』と叩いて、『ハンマー・プライス!』と云う人ですね」と云われる。

これは年齢・年代差は有るだろうが、1990年代後半の「とんねるず」の人気番組「ハンマープライス」の影響が大で、この番組の顔と云っても良い、オークショニア杉本清の苦虫を噛む様な顔での「ハンマープライス」と云う渋い声を、覚えて居る人も多いからだろう。

さて、今を去る事20年前、筆者がロンドンに居た頃の話。

或る日人事部の「トレーニング・コース」を見ていると、「オークショニアリング」と云うコースが有った。当時筆者未だグラジュエイト・トレイニーと云う立場で有ったが、興味が有ったので人事部に尋ねると、特別にそのコースを取っても良いと云う。

レーニング当日、会場の会議室に行くと、数人の見覚えの有る社員と共に、一人全く見覚えの無い、典型的イギリス紳士然とした男性の顔が見えた。

そして時間と為りトレーニングが始まると、その紳士は自分がこのトレーニングの講師だと自己紹介したのだが、何と彼は「ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー」の俳優だと云う。

彼が云うには、オークショニアはオーケストラの指揮者と似ていて、それは何百と云う異なるビッドを捌きながらも、観衆を魅了し、買う気を起こさせねばならないからで、会場全体をコンサート・ホールや演劇空間と見立てなければ、オークショニア等到底出来る物では無い、と云う事で有った。

今から思えば、その言葉は当に真実で、例えば高額商品を扱う印象派や現代美術のイヴニング・セール等は、オークショニアの腕に因って相当売上が変わって来るのも、一般の方には信じ難いかも知れないが、紛れも無い「事実」だからだ。
上に記した様に、オークショニアは、色々なタイプのビッドを一度に見なくてはならないのだが、先ずはオークショニアが持って壇上に上がる、「ブック」と呼ばれるファイルの事から説明しよう。

この「ブック」には、その日オークションに掛かる全作品のロット・ナンバー、キャプション、エスティメイトとリザーブ・プライス(底値)、そしてオークション開始直前迄に送られて来た「事前入札」の金額とレジスター・ナンバーが全て記されていて、オークショニアはこの金額全てを把握し、頭に入れて置かねばならない。

また、当然最も重要なビッドの一つは、当然会場に来ている数百人に及ぶ顧客達からの物で有る。

彼等のピッドは、何処からどの様に示されるか、オークショニアは細心の注意を払い、眼を凝らして見逃さない様にしなければならない…それは会場に座る顧客に拠っては、パドル(番号札)を持っているにも関わらず、自分がビットしている事を他人に知られたくないが為に、ほんの少し頷いてみたり、人差し指を軽く振ったり、ウィンクをしたりと云った細かな「合図」でビッドをするからで有る。

そしてオークショニアは、この2種類の「厄介な」ビッドを捌かねばならない上に、顧客が会場の脇に並ぶ多くの社員と電話で話しながらライヴ・ビッドする「テレフォン・ビッド」、地球上の何処からでも、インターネットでライヴ映像を観ながら顧客がビッド出来る「オンライン・ビッド」を一度に捌き、しかも一回でも多くのビッドを顧客から獲ねばならないのだ…。
この様に、優秀なオークショニアは数字に強く、視力及び動体視力が良くて機転が利き、愛想が良くて我慢強くなければならない…そして当時(今もかなり危ういが:笑)、それらの条件に何一つ当て嵌まらかった筆者が、英語の酷さとその技術習得の難しさで、アッサリと落第してしまったのは云う迄も無かろう(笑)。

が、あれから早20年…最近ふと「辞める迄に、一度で良いからオークショニアをやってみたい」と思う様に為った。

テーブルをハンマーで叩く、「コーンッ!」と云う音が会場全体に響き渡り、自分が探してきた重要な日本美術作品が、世界のコレクター、美術館等の顧客達に高額で売られて行く…「美術品トレジャー・ハンター」としては、最高のエクスタシーの瞬間では無いだろうか!?

何時の日か、筆者がオークショニアを務めるオークションで、「ロット1」を買うのは一体誰だろう…そしてそれは、貴方かも知れない!(笑)