謎の「画賛」と「共感覚」、そして奇跡の「ドリア」。

皆々様に置かれましては、静かな新年をお過ごしの事と存じます。本年、筆者は喪中の為、新年のご挨拶は失礼させて頂きますが…

「本年も何卒宜しく、隅から隅まで、ズズズィ〜っと、おん願い申し上げ奉りまするぅ〜!」

と云う事で、今年のアート・ダイアリーも、素晴らしく晴れ上がった元旦からスタート!

毎年恒例の「『1時だよ、桂屋家全員集合!』ランチ」を都内某ホテルの中華料理店で取り、夕方からはクサマヨイと神田明神へ初詣。例年通り昇殿参拝を済ませ、引いた御神籤は「末吉」…多くは望むな、と云う事か。

翌2日の朝は、前の晩見た筈の初夢を思い出そうとしたが、EXILEのMATSUと飛行機に乗っていた場面しか思い出せず(しかし、何故EXILEなのだ?:笑)、穏やかな陽の中、クサマヨイと共に亡き父の墓参を済ませると、実家に住む母を昼前に訪ね、御節とお雑煮を茶室で頂く。

さて、「お袋の味」を楽しみ、その後はお薄を頂いたりしてまったりと過ごした我が家の茶室だったが、その床に掛かって居た掛軸が、一風変わって居た。

その軸には、恐らくは「小面」と思われる女面と舞扇、そして「画賛」が描かれて居るのだが、その「賛」がこれまた非常に変わっていて、一寸観ただけでは一体何なのか理解出来ない…それは何故なら、その「賛」が「文字」では無く、何と「記号」だったからなのだ!

さ〜て、この「記号」が何で有るかは、このダイアリー(特に最近の)をキチンと読んでいる熱心で賢明な読者なら、もうお判りだろうが、余り熱心でも賢明でも無い読者の為に(笑)、此処で幾つかヒントのお年玉を。

「ヒント・その1」:この掛軸は、描かれた能面と舞扇の画題でも判る様に、お能に関わるモノである。「ヒント・その2」:この「賛」を書いたのは、能楽小鼓の宗家で有る。そして、「ヒント・その3」:今年の干支は?

小面と舞扇、そして今年の干支は「巳」で有る事から、この軸の画題は「道成寺」、そして「賛」を書いたのが小鼓の宗家と来れば、その記号の様な「賛」とは「小鼓の『手附』」(楽譜)、しかも「道成寺」と為れば、「乱拍子」の「手附」…序でに云えば、この軸の一文字と風帯の柄は「鱗文」で、当に「道成寺」三昧…何とも粋なお軸では無いか!

御節や雑煮のみならず、「能病」(笑)の母親ならではの室礼も嬉しく思いながらも、我々に手を振り見送る母を、1人残して実家を後にすると云う罪悪感を覚えながら向かったのは、東京都現代美術館…開催中の展覧会「アートと音楽ー新たな共感覚をもとめて」を観る為で有る。

この展覧会は、総合アドヴァイザーに坂本龍一を迎え、「音楽を見、アートを聴く」と云う、視覚と聴覚に拠る「感覚二重奏」の次の段階を考察し、新たな「共感覚」を考えると云う試み…出展アーティストは、音楽側からは武満やジョン・ケージ、ブルシエ=ムジュノ、大友良英や坂本、アート側からは、高松次郎カンディンスキーやクレー、池田亮司八木良太等だが、幾つか本当に興味深い作品が有った!

先ずは何と云っても、セレスト・ブルシエ=ムジュノの「無題(プール)」。プールの青い水面に浮かぶ白い磁器の皿が、波に揺られてぶつかり合って「チン」と云う音をたてるのだが、この作品は何しろ本当に美しい。

プールの彼方此方で偶発的にぶつかり合い、磁器皿の大きさや磁胎の厚さに因って異なるその音は、プールの水の青さと共に澄み切って居て、観る者の視覚と聴覚に、共感覚として圧倒的な清廉な印象を遺すのだ…何と素晴らしいインスタレーションなのだろう!

その他にも、寺山修司の秘書兼マネージャーだった田中未知と高松次郎のコラボに拠る「パロール・シンガー」(弾いてみたかった!)や、八木良太の作品「〈Vinyl〉2005」…これは、ドビュッシーの「月の光」のレコード盤をシリコンで型取りし、其処に水を流し込んで凍らせて作った「氷のレコード」をターンテーブルで掛け、その「氷のレコード」が徐々に溶けながら演奏されるのを映像に残す…等、今となっては古臭い、単なる「コンセプチュアル・アート」が横行する中、「共感覚」と云うテーマを具現している秀逸なアートに出会えた、意欲的な展覧会でした。

現美を後にして向かったのは、日本橋三越本店…今回の日本滞在「最後の『展覧会』」、「十五代楽吉左衛門展 『フランスでの作陶』」を美術画廊で観、ニューヨークへ持ち帰るべき食材を地下で買い揃え終えると、我ら地獄夫妻に取っての残る最重要課題は、「最後の『晩餐』」のみ(笑)。

そんな栄え有る今回の日本滞在「最後の晩餐」は、クサマヨイの強いリクエストに拠り、行き付けのカフェ「L」の「チキン・ドリア」に決定!

その理由はただ一つ、ニューヨークでは決して食べられない美味しい「ドリア」…そして「L」のドリアが、誰が何と云っても「東京一」美味いからなのだが、唯一の問題点は、「果たしてオーナーは、1月2日に店を開けるや否や?」と云う事だった。

昨年末の話では「正月三ヶ日も営業する」との事だったが、何と無く不安に為り、元旦の日の夕方「L」に電話をしてみると、「開けたけど、今日はもう閉める」との事…流石に客が少ないからなのだろうが、では2日はどうなのだろう…?と思っていたら、昨日はわざわざオーナーから「今日は開けてるよ」との電話を貰い、2人して喜び勇んで「L」へと急いだので有る。

早速頂いた熱々のドリアは、チーズたっぷりの表面はこんがり、中のご飯は味も炊き具合もチーズとの割合も完璧、もうこれは「奇跡のドリア」としか云い様が無い!

至福のドリアの後は、シナモン・トースト。はてさて、これがまた激ウマも良い処で、「こんな旨いパンは食った事が無い!」位の勢いの上に、パンに塗られ焼かれた香り高いシナモンと、其の上に載せるホイップ・クリームとのハーモニーがスンバラシイ…これも「奇跡」と呼ばずに、一体何と呼べば良いのだ!

結局我ら地獄夫妻は、その後これまた奇跡的に旨い「パンプキン・プリン」、「シナトー」のお代わり、そしてワインとコーヒーを堪能し、店を閉めずに待っててくれた「L」のオーナーY氏とSちゃん、奇跡の「ドリア」と「シナモン・トースト」に大感謝しつつ、日本滞在「最後の晩餐」を終了したのでした。

そして今日筆者は、約2ヶ月振りにニューヨークに戻る…忙しく厳しい、氷点下の街へ。