恋におぼれて。

氷点下の寒いニューヨークに戻って来た。

しかし、寒い…夜とも為って風など吹こう物なら、耳当てやマフラー、手袋が無ければ立って居られない程で、何時も思う事だが、2月には零下15度にも垂んとするこんな寒い所が、良くぞ世界の経済や文化芸術の中心地に為った物だと思う。

さて、今日はレクチャーの開催告知から。

以前にも此処に予告したが、来たる2月9日(土)の午後3時半-5時、「朝日カルチャーセンター新宿」に於いて、筆者に拠る「渋谷の『白隠』と海を渡った『白隠』」と題された講座が開催される(詳しくは→http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=188251&userflg=0)。

この講座は、現在渋谷「Bunkamura ザ・ミュージアム」に於いて大好評開催中の展覧会、「白隠展 HAKUIN 禅画に込めたメッセージ」(→http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_hakuin.html)の関連講座なのだが、白隠絵画の専門的・学術的な話は、当然芳澤先生や山下先生等の専門家にお譲りするとして、筆者は海外でコレクションされる白隠作品や、その海外での絶大なる人気に就いてお話ししようと思って居る。

余り知られて居ない事実だが、実は白隠さんはニューヨークで開催される日本美術オークションでの「スター作家」の1人なのだが、では日本・アメリカのみならず、ヨーロッパのコレクターにも好まれる白隠の人気の秘密は何か?

この講座では、筆者が過去にオークションで売却した白隠作品を中心に、その秘密に迫ります。皆さん、お時間が空いて居ましたら是非!

では、極寒の地からのダイアリー…着いた翌日の4日の朝からは、即仕事。午前中は、3月のオークションカタログのプロダクション・ミーティングや、デスク上にオニの様に積み上がったグリーティング・カードや顧客からの手紙、社内の書類、展覧会の図録や案内等を必死に見て、選り分けることに費やす。

午後は午後で早速修復家の来訪を受けたり、出張経費の精算に精を出すが、何しろ時差ボケで眠く捗ら無い…が、そんな眠気を吹き飛ばしてくれたのが、夜の食事会。アーティストN氏カップルや、アート・サイト運営者のF君カップル等との新年ステーキ・ディナーで有った。

行き付けのステーキハウス「B」で、ポーター・ハウス・ステーキやサーロイン、法蓮草やマッシュルームを食べながら、(筆者以外は)ワインをガブガブ飲み続け、終いには話のネタも「下の方」に…我々とは何と愛すべき、そして全く以て進歩の無い、エロなオヤジ達なのだろう(笑)。

しかし今日のダイアリーのテーマは、ステーキを食い尽くした我らエロオヤジでは無く、ANA1010便で観た、エロエロ「オヤジ」の事だ。

そのオヤジとは、ロバート・パーマー…そして彼の大名作PV、「Addicted to Love(恋におぼれて)」が今日のテーマ。

今から10年程前に、54歳と云う若さでこの世を去ったこの英国人シンガーの事等、今の若い人はもう知らないのでは無いか?…簡単に説明すれば、70年代から80年代に掛けてパーマーは、レゲエやニューウェーヴ、そしてR&Bの影響を受けたお洒落なサウンドに乗せて、そのソウルフルなヴォーカルを聞かせて居たが、彼が全世界的にブレイクしたのは、当時大スターだった「デュラン・デュラン」と「シック」のメンバーが1985年に結成した「パワー・ステーション」に参加してからだろう。

しかし、パーマーはこのバンドの音楽が大嫌いで(筆者も、何でこんな音楽を「シック」のドラマーがやっているのか、散々不思議だった)、我慢してレコード録音はした物の(笑)、何とライヴ活動を始める前に脱退してしまい再びソロに戻る。その脱退食後に出したアルバムのセカンド・シングルがこの「恋におぼれて」なのだが、曲の良さも然る事ながら、件のPVが非常にセクシーで素晴らしいのだ !

白シャツに黒タイをして、イタリア製と思しきスーツの上着を脱いだ出で立ちのパーマーは、黒一色のタイトな服に身を固めた、5人編成の「長身・白人・美人モデル・バンド」(特に「キーボード担当モデル」が美し過ぎる...)と共に画面に登場する。

そして曲が始まると(勿論モデルのバンド演奏は「エアー」だが)、パーマーのソウルフルでセクシーなシャウトとその演奏中、彼女達は全く表情を崩さず、敢えて無表情で演奏を続けるのだ…いや、正確にはベース担当の極めてセクシーなモデルが、「ブレイク」後に一度だけ「舌舐めずり」をし、ギターの娘も一寸唇を舐めるたりするのだが、これが何とも堪ら無い!(笑)

だが我らがパーマーは、そんなモデル達には目もくれずにクールに歌い続けるのだが、その目はPV全編を通じて終始いやらしい程のカメラ目線で、どう見ても「キメてる」としか思えない…パリのホテルで、オーヴァー・ドースに因る心臓発作で亡くなったのも、さも有らんいう感じだが、大好きなこのPVを機内で観ていて、何故か思い出したのが、何と能の「恋重荷」で有った(笑)。

この世阿弥作の四番目物「恋重荷」…菊の世話をする老人が白河の女御に恋をするが、女御の「荷を持ち上げ庭を廻れば、再び姿を見せよう」と云う言葉を信じた老人は、荷を持とうとするが重くて持ち上がらない。そして力を使い果たし絶望した老人は、女御に対する恨みを抱きながら死んで行く。

死んだ老人を女御は憐れむが、老人の亡霊の力によって動けなく為る。其処に現れた老人の亡霊は、「自分が恋の地獄で苦しんで居る」と女御に恨みを述べるが、最後は女御に弔われる事に因って守り神と為る…と云った話なのだが、パーマーの「恋におぼれて」の歌詞にはこう有る。

…君の心は、もう君自身の物じゃ無くなってる。心臓は汗をかいてるし、身体はガタガタ震えてる…眠れず、食べられず、疑い無く深みに嵌って居るだろう?喉はカラカラに為って、息も出来ない…。

そしてこの曲で、最後迄繰り返されるフレーズがこれだ。

"Might as well face it, you're addicted to love" ー同じ様な目に会うかも知れないぜ…君は恋に溺れてるんだから。

最後に、「恋重荷」ではこう為る…


誰踏みそめぬ恋の路
衢(ちまた)に人の迷ふらん
名も理(ことわり)や恋の重荷
げに持ちかねる此の身かな


平安期が舞台の「恋重荷」の、菊を世話する老人ですらこうなのだから、全く以て男って奴は…「恋におぼれる」エロオヤジは、何もロバート・パーマーに限った事では無いと、熟く感じたPVでした(笑)。