「ヴァレンタイン・デイ」に本当に欲しかったのは…。

最近暗い話題の多かった梨園に、久々の明るい話題…菊之助吉右衛門の娘、瓔子さんと婚約した!

その人間国宝の両父、菊五郎吉右衛門両丈も出席していた記者会見をテレビで見たら、もう爆笑モノで「流石!」の一言。

一番可笑しかったのは、音羽屋が「倅が瓔子さんの顔を見てると、『播磨屋さんの顔が浮かんで来て、怖い』って云うんだよ」と云うと、即座に菊之助が「そんなこと、云ってません!お酒飲み過ぎじゃないですか!」(笑)…気心知れた親父同士の掛け合いも、何とも仄々とした会見だった。

実は筆者は菊之助の、あの「妖しさ」が大好きなので有る。菊之助は立役でも女形でも美しいが、特にこれから芸道に精進すれば、とても良い女形に為る可能性が有ると思う。また、もし自分が演出家だったら、現代劇で変質者やゲイの役等も是非やらせて見たいのだが(笑)…ガンバレ、菊之助

さて先週は菊之助カップルに負けじと、世の中はヴァレンタイン一色…そして、今年筆者が貰ったヴァレンタイン・チョコ1号は、何と行き付けの蕎麦屋「M」の女将さんからで有った。

湯葉と「ざる」を注文したのだが、いざ料理が来ると、お盆の隅にチョコレートが乗っていて、ビックリして椅子から落ちそうに!

実はこれ程驚愕したのには理由が有って、この「M」の女将さんは、何しろ愛想の無い事で有名だったからで、しかし常連に為って早や数年、街中でバッタリ会った事数回を経て、愈々愛が深まったのか?と思ったのも束の間、隣のテーブルのダミ声のオッサンの盆にも確りとチョコが乗っていて、ガックリ(何故、ガックリせねば為らんのだ?:笑)。

そんな週末は、某美術史家の先生とのランチ後、山種美術館で開催中の展覧会「特別展 琳派から日本画へ―和歌のこころ・絵のこころ―」を観に行く。

一般の方が山種美術館と聞いて思い出すのは、恐らく速水御舟小林古径前田青邨加山又造等の近代日本画の巨匠達に拠る名作の数々では無いだろうか。

が、この美術館は実は素晴らしい古美術も収蔵していて、それは例えば、最近重文に為った岩佐又兵衛作「金谷屏風」のハナレで有る「官女観菊図」を始め、これも重文の椿椿山「久能山真景図」、今回出品されている酒井抱一の重美「秋草鶉図屏風」や、宗達・光悦コンビの大名品「鹿下絵新古今集和歌巻断簡」、果ては写楽の版画迄名品揃いなので有る。

そして今回の展覧では、山種コレクションから重美の「石山切」を含む古筆の名品も見処だが、何しろ静嘉堂文庫蔵の国宝と同一構図で描かれた、個人像の「関屋・澪標図屏風」六曲一双、そして下村観山の大作屏風「老松白藤」が素晴らしい!

この観山作品の特に松の幹の描写等は、今月25-6日の両日クリスティーズ・ジャパンで開催される下見会にも出展される、横山大観作の屏風「松鶴図屏風」のそれに非常に近く、その力強さと共に時代の近さも想像される作品で、見比べて見るのも面白い…是非両作をご覧頂きたい。

此処で話は、ヴァレンタイン・デイの当日に遡る。

この日、顧客を何人か訪ね、中々良い時代風俗屏風や大名道具等を観て廻ったのだが、再認識した事と云えば「『妖しい魅力』には、何とも抗し難い」と云う事だった。

それは、或る顧客の処に絵画を観に行ったのにも関わらず、お茶の話に為ったのを機会に「勉強の為にどうぞ」と見せられた「茶碗」の事で、ツヤの有る那智黒の釉薬も美しいガチムチな織部黒や、品の良い奥高麗、李朝祭器にそのオリジンを見る荒ぶる古萩茶碗達は、筆者の眼を離さない処か、口内に涎を溢れさせた(笑)。

そんな中最後に出て来たのが、固唾を呑む程美しい、艶っぽく妖しい魅力満点のその茶碗。

高台の凄さも稀な、当然数千万はするで有ろうこの茶碗…その銘や来歴、箱や一寸したキズ迄も魅力的な、謂わば作家島田雅彦が最新作「傾国子女」の中で描いた白草千春の如き、凡ゆる男性遍歴を経た上で、嘗てのズバ抜けた美しさを今でも保っている、品の有る中年女性の様に艶っぽい、その上買える筈も無いのに何時の日か欲しいと思わせる、何とも「魔性ってる」茶碗で有った。

ヴァレンタインに、筆者が本当に欲しかったモノ…それはチョコレート、いや魔性の女、もとい、魔性の茶碗だったのでした(笑)。