「ふち」に付いた顔料の謎。

「第85回アカデミー賞」が決定した。

作品賞には「アルゴ」、主演男優賞は史上初の3回目の受賞と為った「リンカーン」のダニエル・デイ・ルイス、主演女優に「プレイブック」のジェニファー・ローレンスジェシカ、残念!)、助演男優は「ジャンゴ」 のクリストフ・バルツ、助演女優は「レミゼ」のアン・ハサウェイと非常に順当な受賞と為ったが、激戦の監督賞はと云うと、前回此処で記した「ライフ・オブ・パイ」のアン・リー監督がスピルバーグやハネケ等の強豪を薙ぎ倒し、2度目の受賞と為った!

結果だけを見れば下馬評通りと云えるだろうが、しかし監督賞だけは他のアワードと異なり、「アルゴ」のベン・アフレックがノミネートされなかったのが大きい…が、例えアフレックがノミネートされて居たとしても、アン・リーの受賞は極めて正当と筆者は考えているので、「ライフ・オブ・パイ」未見の方は、ぜひともご覧頂きたい。

また脚本賞は、タランティーノが受賞!「ゴールデン・グローブ」授賞式での驚愕・驚喜の彼を覚えているが、アウトロー映画作家として遣って来た彼の様な人がアカデミーの場で認められるのは素晴らしい事だと思う。

そして体型だけは「クエンティン並み」(笑)のワタクシの方はと云うと、来月20日にニューヨークで開催される日本美術オークションの為の、東京下見会を開始。

今回の出展作品は、「大聖武」(賢愚経断簡)や慈雲尊者の「不能損一毛」の書の作品を始め、横山大観の大作屏風「松鶴図」、鎧が2領に兜や総面、宮田筑後作の能面3面(熊坂・猩々・曲見)、2点の並河靖之の七宝作品、そして白隠禅師の「「達磨大師乃曰く」の計13点。

そんな昨日は朝から、前日「白隠展」を終えられたばかりのY先生等学者の先生方や、美術館学芸員、有名個人コレクター(有名現代美術コレクターM氏も!)やディーラー達、筆者のレクチャーを聴講して頂いた生徒さん達や同志K氏の政経塾のメンバー等も来場し、活気溢れる初日と為った。

そこで今日はその展覧作品の中から、大観の屏風に関する一寸した「謎」の話をしよう。

さてこの屏風、絵の描かれて居る表は「金地」で、裏面は何も描かれて居ない「銀地」なのだが、表を良く良く観ると、屏風の「上ふち」(フレーム上部)に何と顔料が付着しているでは無いか!

そしてそれは、見るからに下の金地を走った筆が勢い余って「ふち」にはみ出た痕跡なのだが、一体これはどう云う事なのだろう?

何故なら、通常屏風は先ず紙や絹に下絵を描き、その後本絵に仕上げてから絵を桟に貼り付けて、最終的に屏風装に仕立てる。

しかし、「ふち」に絵から連続した筆に因る顔料が付いていると云う事は、「屏風装をしてから、其処に絵を描いた」事に為る訳だが、この事を説明するには近代日本画の発注方法や、画家とパトロンの関係性を知らねばならないだろう。

当時横山大観の様な売れっ子画家には、地方地方に裕福なパトロンが居て、彼等は自分の広大な屋敷に画家を呼んでは滞在させ、飲み食いをさせながら自分の欲しい絵を描かせた。

そして恐らくは大観も他の画家と同じ様に、地方のパトロンを訪ねては滞在し、この金屏風を描いたに相違無い…がしかし、このパトロンが大観の為に用意したのは、単なる絹では無く、金銀地を両面に持つ既に「ふち」の付いた「仕立て済み」の屏風で有り、大観に金銀の何方か好きな方を選ばせ、描かせたに違いないのだ!

どうです、これで「ふち」に付いた顔料の謎も説明出来るでしょ?芸術作品には、こう云った謎解きの楽しさも有るので、止められないのです。

そんなこんなで、下見会も今日11時から7時で御終い…丸の内「明治生命館」4階のクリスティーズ・ジャパンで、皆さんのご来場をお待ちしております!

気が付けば日本滞在も、今日1日のみ…明日の朝、ニューヨークに戻る。