「ライフ・オブ・パイ」。

「第85回アカデミー賞」の発表が、愈々明日に迫った。

今回の、特に作品賞と監督賞は良く云えば激戦、悪く云えば「団栗の背比べ」的で、「これぞ作品賞!」と云えるずば抜けた作品は見当たらない。

そんな中、その候補作の1つ、アン・リー監督の「ライフ・オブ・パイ」を観て来た。

さてアン・リーの作品は、今迄「グリーン・デスティニー」、「ブロークバック・マウンテン」、「ラスト、コーション」、そして「テイキング・ウッドストック」の4作品を見て居るが、正直今回のこの「ライフ・オブ・パイ」の予告編を見る限り、今迄のアン・リーを期待してはいけないのでは、と感じていた。

それはCGが多用されていると云う点や、3D対応で有る事、そして「少年と虎の漂流記」と伝えられる、如何にも「ディズニー」的な内容が理由だったのだが、アメリカでの評判が頗る良かったのと、今回のアカデミー賞で作品・監督賞にノミネートされた事実が、筆者を劇場へと向かわせたのだ。

そうして3D眼鏡を掛け、見終わった後の感想は唯一言…「この作品は、『アカデミー作品賞』に極めて相応しい作品だ」と云う事だった!

それは何故なら、先ず以てこの「ライフ・オブ・パイ」は、単なる「冒険王」でも「少年漂流記」でも、はたまた「ジャングル・ブック」でも無く、長い人生に於いて人は如何に宗教と付き合うべきか、また人が人生に於いて耐えられない程の大きな傷を負った時に、如何にその傷とディールするかを描く、非常にシリアスな作品だったからで有る。

この作品はその余りにも大きな心の傷を背負った時に、人間が行使する事を認められた或る「権利」…その最悪の経験を乗り越える為に、謂わば「最悪のシナリオ」を「美しいストーリー」に自らが変える事の出来る権利を、本作は我々に深く優しく教えてくれるのだ。

常々思っているのだが、アン・リー作品の「鋭さ」は、周りでも意見が真っ二つに割れても筆者は大好きな「ラスト、コーション」でも然りなのだが、登場人物のその「心理の大転換」にこそ有るのでは無かろうか。

そして、その「刃の鋭さ」は本作でも十二分に表現されていて、それは英国ブッカー賞を獲ったヤン・マーテルの原作の所為だとは思うが、台湾人でアメリカで活躍しているアン・リーの思想も大きく反映されているのだろうと思う。

この「ライフ・オブ・パイ」の最終章に於ける、素晴らしくも驚くべきストーリーの「大転換」には、筆者も最後迄騙されたのだが、あれだけ海に投げ出されるシーンが多かったのに「泳げなかった」(そのお陰で、泳げる様に為ったらしい)主人公の少年スラージ・シャルマや、大人になってからのイルファーン・カーン(「スラムドック・ミリオネア」の刑事!)、チョイ役だが最近ロシア人に為ったと云うジェラール・ドパルデュー等の名演も、その「騙し」に大きく加担している。

明日の晩、オスカーがこの「ライフ・オブ・パイ」とアン・リー、そして「リチャード・パーカー」の頭上に輝くかどうかは判らない…が、誰が何と云っても、「大人必見の名作」で有る事に変わりは無い。

何れにしても明日の「第85回アカデミー賞」からは、目が離せない!