サイバー・キャピタル、ロスコ・チャペル、そして狂気:「コズモポリス」。

東京での下見会も無事終了…一昨日数点の出展作品を抱えながら、気温10度の暖かいニューヨークに戻った。

さて今回、帰りの成田空港でのセキュリティ・チェックにて、一般の人には全く関係が無いが、筆者の様に日本美術品のクーリエとしてキャビンに作品を持ち込む者に取っての、新たなルール(前から有ったのかも知れないが…)が発覚した。それは「全長65cm.以上の『掛軸』は、機内持ち込みが出来ない」と云う事で有る。

それが判ったのは、セキュリティで係員が掛軸をスキャンした後に「長さを測らせて欲しい」と云われたからで、こんな事は長い「クーリエ」経験でも初めての事で有った。

理由を聞くと、「65cm.以上の長さの『掛軸』は、木と紙で出来て居たとしても『凶器』に為り得るからだ」と云う(苦笑)…「65cm.」で凶器扱いならば「50cm.」でも十分に凶器に為ると思うし、「割箸」でも眼を突いたり、両鼻腔に入れて下から突き上げたり(ヤンキーか?:笑)出来るし、そもそも「掛軸」を武器に機内でテロを起こす人間が存在すると考えて居る時点で、もう笑うしか無い。

今回ハンド・キャリーした掛軸は、幸いにして2本共65cm.未満だったので、御咎め無く機内に持込たのだが、皆さんこの事をご存知でしたか?

そんな時差ボケな今日は(って、何時も「時差ボケ」って書いてる気がする:涙)、その帰りのANA10便で観た或る映画作品に就いて記そうと思うが、今回の機内映画は、帰米日が未だ2月中だった(27日)にも関わらず、7日に日本に発った時とはラインナップが変わり、非常に豪華に為って居て驚く。

そのラインナップとは則ち、「リンカーン」「ライフ・オブ・パイ」「アルゴ」「007スカイフォール」「ヒッチコック」を始め、「ボーン・レガシー」や大好きな「アジャストメント・ビューロー」、そして「風と共に去りぬ」「エデンの東」「東京物語」等の名作クラシック迄、云っちゃ悪いが「ANA、一体何が有ったのだ?」と聞きたい程の凄い物だったからだ!

そんな中、筆者が先ず選んだのは「アルゴ」...「本年度アカデミー作品賞を獲ったからには、見逃せまい」と意気込んで観た感想は、面白かったが個人的には正直マァマァ。

「事実は小説よりも奇なり」を地で行くこの「実話」自体がスゴい話なので、確かにハラハラ・ドキドキはするが、「アート」としての完成度や映画作品としてのオリジナリティと云う点では、「ライフ・オブ・パイ」に及ばない。

なので、今日のダイアリー・テーマは「アルゴ」では無く、機内で観たもう1本の、これぞ「アーティスティック」で「クール」な作品…デヴィッド・クローネンバーグの新作「コズモポリス」だ!

クローネンバーグに就いては、此処に詳しく記す必要も無いだろうが、「ボデイ・スナッチャー」や「ザ・フライ」、「クラッシュ」(カンヌ映画祭審査員特別賞)等で著名な、独特のバロック的猟奇的世界観を持つカナダの監督で有る。

さて、ジャクソン・ポロックのドリッピングを思わせるタイトル・ロールから始まるこの「コズモポリス」は、たった1日の間の話…が、その殆どは大統領の訪問に因って大渋滞中のニューヨークを走る、超豪華な「ストレッチ・リムジン」の中で進行する。

28歳にして巨万の富を得た若き投資家の主人公の乗るリムジンは「移動オフィス」と化し、その中では会社のITや投資担当者とのミーティングや、愛人とのSEX、「毎日」行われる医者に拠る健康診断、理論担当顧問との禅問答的インタビューが行われ(因みに登場人物の中で、結婚した大富豪の娘で有る若く美しい妻とボディガードだけが、このリムジンに足を踏み入れない)、髪を切りに行く筈だったこの日、主人公は中国元の大暴落に因って全財産を失うばかりか、命をも狙われる。

この主人公役を「トワイライト」のロバート・パティンソンが、グッチのスーツとシャネルの時計に身を固め、実に冷たくその狂気を演じているのだが、「打ち合わせ」の為に次々と彼の「リムジン」 を訪ねる人物や、リムジン外で関わりを持つ人物を演じる脇役達もスゴい。

主人公の愛人で画商のジュリエット・ビノシュ、彼を狙う暗殺者ポール・ジアマッティ、理論担当顧問サマンサ・モートン、パイ・テロリスト(「ペイストリー・アサシン」と呼ぶらしい)役のマチュー・アマルリック等、一癖も二癖も有る、クローネンバーグ好みとも云える非常に魅力的なキャストが脇を固める。

そして、過去の資本主義経済とサイバー・キャピタル、格差拡大、富の集中と雇用、日常と非日常、愛の不在、そして「所有」に関する言説と対話を以て、仄かに狂気の漂う物語はノロノロとしか進まないリムジンの中で進行するが、その中で特に印象に残るのが、劇中にフィーチャーされるK'Naanの曲「Mecca」と「ロスコ・チャペル」の件(くだり)だ。

車内でのSEX後、画商である愛人ビノシュとの対話の中で、主人公がサティの曲が流れるゆっくりとしたスピードのエレベーターと、K'Naanの曲の流れる早いスピードのエレベーター2基、また「大した事の無い」マーク・ロスコの絵を自宅に持っている事が明らかにされるのだが、劇中繰り返される「Mecca」の

"Coming from the streets to... Mecca, Death no matter where you go, come and get ya".

と云うフレーズと、主人公が彼女に「丸ごと買いたいから、交渉しろ」と命ずる「ロスコ・チャペル」(→http://www.npr.org/2011/03/01/134160717/meditation-and-modern-art-meet-in-rothko-chapel)は、この天才投機家の1日の終わりの運命を予言する…何とファッショナブルな伏線なのだろう!

錯綜する経済とアート、そしてジリジリと増大して行く狂気を描く「コズモポリス」…クローネンバーグの本領発揮な、必見の作品で有る。