ディヴィッド・ブーレイの奇跡。

今日は先ずは、先週開催されたクリスティーズの「Asian Art Week」の報告から。

結果から云えば、3部門に拠る全8セールで総計8041万6388ドル(約77億2000万円)を売り上げたが、これは前シーズン比81%増の好成績で、ニューヨークでのマーケット・シェアは61%と為り、サザビーズとボナムスを圧倒した。

そのAsian Art Weekも終わり、かなりリラックスした先週末は、クサマヨイを伴い野村萬斎演出・主演の「マクベス」を観にジャパン・ソサエティに…が、残念ながらこの舞台は、黒澤の「蜘蛛巣城」の芸術的反芻力の高さと素晴らしさだけを我々に思い出させ、際立たせるだけに留まった。

そして、現在日本クラブで開催中の展覧会「日本美術工芸150年を祝う!帝室技芸員から人間国宝まで」を観る…こちらはスペースこそ小さいが、非常に充実した内容で質の高い展覧会だ!

前回このダイアリーでも記した、並河靖之や正阿弥勝義を代表とする七宝や金工、漆工芸や染織、陶芸迄の明治工芸の粋が集められ、特にOrientations Gallery所蔵の七宝は最高級の物で、観るだけでも本当に勉強に為る…会期は今日午後6時迄だが、是非ご覧頂きたい。

さて、此処からが今日の本題。

「料理」とは「芸術」で有る…こんな言葉は陳腐で、最近では簡単に誰もが口にするが、世界中の美味しい物をそれなりに食べている者に取って、単に美味しいだけで無く、真の意味で「料理の芸術性」を痛感する機会が、一体何れ程有るだろうか。

が、つい数日前、何とも幸運な事に、使い古された筈の「このフレーズ」を身を以て経験し、涙を堪える程に感動した「奇跡の料理」を食す事が出来た。

その場所はトライベッカの「Bouley」…「15コース」に及んだ全料理を「全て、自分自身で作った」のは、オーナー・シェフのディヴィッド・ブーレイ、その人で有る。

筆者は「ブーレイ」には、5、6回程足を運んだ事が有るのだが、その繊細な味と完璧なサービスは、「ベルナルダン」「ダニエル」「パル・セ」「ジャン・ジョルジュ」「イレヴン・マディソン」等の、ニューヨークに存在する数有る高級フランス料理店の中でも、飛び抜けて素晴らしい最高のレストランだと考えている。

が、この晩は其れ迄の筆者の「ブーレイ経験」とは状況が全く異なって居て、それは同行した親しい友人で世界的に著名なグルメ、Xの所為で有った。

さてこのXと云う人物、年の頃は60、小柄の体に少々神経質な感じを匂わせる男(因みに彼は、日本人では無い)だが、英語、フランス語、中国語を完璧に話し、例えばブーレイやジャン・ジョルジュ等とは当然友人だし、「エル・ブリ」や「ノーマ」等も当たり前、台湾で開かれる中国料理のコンペティションの審査員迄している、世界的な「グルメ」なのだ。

そのXとディヴィッド・ブーレイとの付き合いは長い…Xに拠ると、1987年にブーレイが店を開けた年に一度行って食べてみたのだが、「フーン」と云った感じで、それから3年程は行かなかったらしい。

しかしそれから3年後の1990年、既にニューヨーク中に響き渡って居た彼の名声を聞いたXは、再びブーレイの料理を食べに行き、その時其処で食べた全ての料理に感動する。そしてそれからの23年間、数百回に渡り「ブーレイ」に通い続けて居る訳だが、より驚くべき事は、ブーレイと親しく為って以来、所謂「Shef's tasting menu」(シェフがその時の客と自分の気分を考え、インプロヴァイズして調理するメニュー)しか注文しないXには、何と「この23年間、たったの『一皿』として、同じ料理が出た事が無い」のだそうだ!

これはブーレイとXの関係性が、或る意味アーティストとコレクターの様な、親密では有りながらも何処か「吃驚させてやろう」「旨いと云わせてやろう」的な勝負感覚が有るからだろうし、そんな客に対するリスペクトと勝負感が、「ブーレイ」を最も美味しく芸術的な料理を出すレストランとして、世界に君臨させているのだと思う。

さて、今迄筆者が自分の仕切りで「ブーレイ」に行く時には、必ずXに一言云って貰い、それは良くして貰って来た訳だが、この晩はそのX自身が一緒と云う事で、7時半過ぎから始まったシェフ・テイスティングの「15コース」に及んだディナーが終わったのは、何と深夜12時半前(まるで「お茶事」だ:笑)。

然し驚くべきは、普段料理の間隔が大きく開くとイライラしがちな筆者やクサマヨイにも、不思議と疲労感やイライラ感が全く起き無かった事で、この世に生まれて以来、少なくとも「西洋料理」では最も美味しく、然も「芸術的」な料理を食べた事への満足・感謝・驚愕・感動だけに支配されて居たので有った!

不思議な程軽い「アップル・サンドウィッチ」から始まったディナーは、「キャビア&ブラッドオレンジ」「フィンガー・ブレッド&ハモン・イベリコ」「ホタテ&トリュフ」「ホワイト・アスパラ&ペッパーコーン・マスタード」「プリンセス・クラブ&ポルチーニ in 出汁」「ホタルイカ&ベイビー・カラマリ」「紋甲烏賊素麺&海鼠」「ツナ叩き&マシュルーム」「イエロー・ビーツ寿司」「ロブスター・テイル&モレル in 赤ワイン」「卵&ポレンタ&パルメジャン」「アルファルファ風味白味噌フォアグラ&キャベツ」「ポークベリー&フライド・エンジェル・ヘアー」を経て、デザートの名物「ホワイト・クラウド(これは「エル・ブリ」のレシピ)」「イチゴ&アマレット・ソルベ」「チョコレート・ムースのヘーゼルナッツ・ベース乗せ&コーヒー・ソルベ」で終了。

各料理の簡単なメモを記してみたが(日頃筆者はレストランで、「絶対に」食べ物の写真やメモを取らない)、これではどんな料理だったかは勿論判らないだろう…何しろ唯の1品として「まぁ、美味いな」レヴェルの物が無く、この晩に食べた15品全てが「『物凄く』旨い」所にブーレイの凄さが有るので、各料理に関して賞賛の言葉を書こうと思えば幾らでも書けるのだが、それもキリが無いので書かない(笑)。

が、15品の中で最も素晴らしく、思わず涙が出そうに為った「2品」に就いてだけは記さずに居られない…それは「アルファルファ風味白味噌フォアグラ&キャベツ」と、「チョコレート・ムースのヘーゼルナッツ・ベース乗せ」で有る!

先ずはフォアグラ…この完璧に綺麗にされ、アルファルファで燻されたフォアグラに、軽い「白味噌」味のソースが掛かり、上には再びアルファルファを載せたこの一皿は、今迄食べた如何なるフォアグラ料理の中でも、或いはフレンチ・キュイジーヌの中でも、ズバ抜けて旨かったと断言せねば為らない。

そしてこの料理のキモ(フォアグラだけに…:笑)は、この「白味噌ソース」とフォアグラの下に轢かれた、軽く炒められた「キャベツ」で、このキャベツの微妙なサクサク感と軽めの白味噌ソースに因って味付けされたフォアグラの濃厚さ、そしてアルファルファの香りとシャキシャキ感が醸し出す、構成は複雑なのにスッキリとした味と食感のハーモニーは、もう「アート」としか云い様が無いのだ。

自分の語彙不足にイライラするが(笑)、この料理は何と云うか「フランス料理の絶頂」に有るのだと思う。味噌に関しても、今流行の単なる「和のツイスト」として使っているのでは無く、西洋料理の具材として吸収した後に応用・使用しているのが十二分に感じられた逸品で、Xはこの料理を食した後涙ぐみ、我々は数日経った今でも未だに口の中で思い出せる程に、余りにも衝撃的でエクスタシーな美味で有ったのだ。

そしてデザートの「チョコレート・ムースのヘーゼルナッツ・ベース乗せ」も、断言するが今迄の50年間食べた、如何なる「西洋デザート」の中でも、最も旨かった!3層構成のこのデザート、上に振られたカカオ・パウダー、甘さを控えた程好い口当たりのムースと、その下にひかれたヘーゼルナッツの生地との、味と食感のミクスチャーの凄さは、正直筆舌に尽くし難い…「良いから、一度食ってみろ!」としか云えない自分が、本当に情け無い(笑)。

「最高の自然の素材を活かし、シンプルに食べる」…これは旨いに決まっている。だが、この晩ブーレイが創り出した、これ程複雑な味や食感の料理…だがそれは、例えば「エル・ブリ」の様に「食った気がしない『科学実験』の様な料理」では決して無く、これ程美味しく、美しく、「食べた!」と客を満足させ、感動させた料理を筆者は他に知らない。

筆者は料理研究家でも批評家でも無いが、食いしん坊の家に育ち、グルメの顧客が多い仕事柄も有って、今迄それなりの所でそれなりに食べて来た積もりだったが、今回ブーレイが我々に創った「アーティスティック・キュイジーヌ」にはマジ脱帽、いや平伏する程に感動した!

それ程の感動を与えてくれた「ブーレイの奇跡」と、その機会を与えてくれたXに感謝しながら、そして「あの」フォアグラの味を思い出しながら、今日はお仕舞いにしよう…(ゴクリ:笑)。

PS:この晩の「ブーレイ」の料理は、同行したXにすら「『今迄』で最も美味しかった」と云わしめた程で有った事を、追記して置きたい。