"SANBASO, divine dance"@Guggenheim Museum.

最高気温がやっと10度を超え、ニューヨークにも漸く春がやって来た。

そんな今週もイヴェント盛り沢山だったのだが、先ずはアーティスト・カップルの山口毘堂・吉田亜世美ご夫婦と、チェルシーの「B」で食事。

毘堂氏は元々能面師なのだが、その技を生かして写楽の役者絵やモナリザフェルメール、はたまたクリムトボッティチェリの作品に登場する人物の顔を、「『3D』マスク」にしてしまうと云う痛快な作家で、吉田さんの方は版画家の家系に生まれながらも、巨大なインスタレーションを制作しながら教鞭も取って居ると云う、今アメリカの美術館や個人コレクターの間でブレイク中のお2人…アートや能の話に花を咲させながらの、非常に楽しいディナーと為った。

そして金曜は、裏千家ニューヨーク茶の湯センターでの「利休忌」にお呼ばれ…人の命日に「春」を感じるのも不思議だが、冬の長いニューヨークに「利休忌」が来ると、センター前所長の山田尚先生の誕生日が近い事も有って、そう思う。

利休居士像にご挨拶をし、茶室に入ると床には土佐光孚画の利休居士像軸…そして「花寄せ」が始まる。その後濃茶が呈されると点心が出て、和やかに「利休忌」は終了。春の始まりを告げるお茶と為った。

と、何だかんだと多忙な此処数日だったが、今週のメイン・イヴェントは、何と云ってもグッゲンハイム美術館で2日間・3公演(昼1回・夜2回)行われた、現代美術家杉本博司氏と狂言野村萬斎師に拠る「SANBASO, divine dance」だ!

この公演はグッゲンハイム美術館とジャパン・ソサエティの共催、「能」の最も古い形と考えられ、また「能で有って、能で無い」と云われる「翁」を含む「式三番」の内の、千歳之舞と三番目の演目「三番叟」のみを取り上げた公演だが、舞台美術と萬斎師の装束に杉本作品の「放電場」が使われて居り、グッゲンハイムと云う会場含めて、新しい形の「三番叟」と為って居る。

「先ず」観たのは、初日昼の第一公演…多くの人で賑わうグッゲンハイムに着くと、入り口を入った中央吹き抜けスペースに吊るされた、元永定正の透明チューブに色付きの液体を入れた作品の下に美しい白木の舞台が出来て居たが、杉本氏と小柳さんに聞いたら、舞台の制作には前日深夜2時迄掛かったとの事…執念で有る!

杉本氏のお嬢さんのSさんに案内され、正面の席に座ると、茶人D氏夫妻や坂本龍一氏等の旧知の方と先ずはご挨拶…そして暫くすると、「三番叟」に先立っての演目「囃子」が始まった。

お馴染みグッゲンハイムの「螺旋」の途中からが、何とも絶妙な「橋掛り」に為って居て、其処から静かに登場したのは、笛の藤田流十一代宗家藤田六郎兵衛師、小鼓の上田淳史師、そして大鼓の亀井広忠師。

実は筆者は今回の「三番叟」公演を、この初日の昼の回と2日目の夜の回(最終回)の2回観たのだが、それには重大な理由が有って、先ず第一に、亀井広忠師が大鼓を打つのが、この初日の昼公演だけだった事。そして第二に、美術館の「螺旋」から吊るされた、杉本デザインの「『放電場』幕」の白抜きの「稲妻」の部分が、公演中「光る稲妻」の舞台効果として後ろから時折ライトで照らされるのだが、「夜」の暗さが無いとその効果が分かり辛いと思ったからだ。

囃子方三者とも非常に気合が入って居て、流石の一言…特に藤田師の笛と、広忠師の大鼓の迫力は物凄かった!そして4分間(小柳さんに因ると)のインターバルを置くと、「お調べ」が聞こえて来て、会場に緊張が走る。これがグッゲンハイムでの公演の素晴らしくも面白い処の1つなのだが、通常能楽堂では「お調べ」は当然揚幕の奥の「鏡之間」から聞こえて来るのだが、此所では本当に「何処からとも無く」聞こえて来て、非常に不思議な感覚なので有る。

「お調べ」が止み、暫くすると「螺旋」の上方から面箱を持った千歳役の狂言方(下懸では狂言方が千歳と面持を兼ねる)を先頭に、萬斎師、六郎兵衛師、小鼓方頭取の鵜沢洋太郎師と脇鼓2名、広忠師、そして地謡の3名がゆっくりと降りて来る。この恐らくは「史上最も長い『橋掛り』」もグッゲンハイム公演の新しい処で、「早来迎」為らぬ、まるで「遅『来迎』」(笑)の如き神聖な様で有った。

そして始まった「三番叟」…何しろノリと気合の入った囃子方と、これも最高潮に気合の乗った萬斎師の舞は、子供の頃から何番と観た如何なる「三番叟」の中でも最も記憶に残っている、生前の野村万之丞師の三番叟に勝るとも劣らぬ、本当に素晴らしい物で有った。

五穀豊穣を祈りながら踏む、萬斎師の力強い足拍子と舞は、嘗て農民達がこの「三番叟」の舞に連られて、今で云う処の「レイヴ・パーティー」の如く踊り狂ったで有ろう事を容易に想像させ、何時もは能楽堂の屋根に吸い込まれ籠る鼓や笛の音色は、そのリズムと熱狂をグッゲンハイムの螺旋の彼方上空へと舞い上がらせ、不思議な残響を遺して消えて行く。

「千歳之舞」、「揉之段」そして黒式尉の面を掛けての「鈴之段」が祝言的に終わり、出演者達が静かに静かに「螺旋橋掛り」を上ると(この演出も「昇天」の感と余韻が有って、かなり宜しい)、万雷の拍手…実に素晴らしい舞台で有った!

公演後は楽屋へと急ぎ、この晩の飛行機で帰国する広忠師にご挨拶。広忠師は相変わらずで有ったが、聞くと帰国して直ぐの土日には、2日間で何と能四番と囃子七番をこなすとの事…そんな状況下でもあんなに囃せるとは、何と凄い集中力なのだろうか。

そして2回目、金曜夜の最終公演にはオノ・ヨーコ等の顔も見え、会場は超満員。杉本氏に拠ると、この3回目の公演にして初めて照明に得心したそうで、螺旋上階の電気が消すことが可能に為り、これに因って舞台の照明と「稲妻」の効果がかなり増した。

が、この晩の囃子は、やはり広忠師が大鼓に居ない分、今ひとつ掛け声とノリに欠けた感じも有ったが、この晩の筆者の席は「一番良い」と云われて居ただけ有って、三番叟が最も活発に舞う「目付け柱」から直ぐの所で、萬斎師のキレの良い舞と力強い足捌きを存分に味わえた…流石萬斎師、「本職」は超一流で有る。

こうして「Sanbaso, divine dance@Guggenheim」は、大好評の内に終了…今回は杉本氏の、特にパーフォーマンス・アートに付き物の「天変地異」(この「三番叟」横浜公演は、猛台風だった)も起こらず、ホッ…(笑)。これも大自然の神に祈り、大地を踏みしめる「三番叟」の呪歌と祝歌のお陰だろう。

杉本氏の「次」の舞台に期待が高まるばかりだが、それは若しかしたら「新作能」…かも知れない。最近氏が、某文芸誌に寄せた「或る原稿」がヒントに為ると思うが、これからも杉本芸術から目が離せない!


緊急告知:
クサマヨイが、明日31日、能をベースとした即興舞踊パフォーマンス「INITIUM」を行う。今回のパフォーマンスは、午後6時半よりワシントン・スクエア・パーク隣の「NYU SKIRBALL」で開催されるイヴェント、「BELLA GAIA」(→http://j-collabo.org/news/bella-gaia-origin-stories-of-japan/)のイントロダクションでの凡そ10分間の短い物だが、ラテン語で「発端」「起源」の意味を持つタイトル・パフォーマンスに注目して頂きたい。入場料は、会場にて$15から。