「二重螺旋構造」とアル・ディメオラ、或いは「彷徨える『パンケーキ人』の喩え」最終章。

4月9日、クリスティーズが中国でのインディペンデント・セール(中国資本の入らない、単独のセール)開催を発表したその日、趙無極(ザオ・ウーキー)が93歳で亡くなった。

北京生まれの趙無極は、1948年にパリのモンパルナスに移ってから、その一生を海外で過ごしたが、そのキャリアが物を云い、クリスティーズの現代美術セールに出た最初の中国(生まれ)人作家で有った。

今から思えば筆者がこの業界に入った時、現代美術のセールに出ていたアジア人作家と云えば、ロンドンではこの趙無極と菅井汲、ニューヨークでは岡田謙三や荒川修作河原温位だったから、日本人アーティストは当時からそれなりに活躍して居た訳だ。

だが、河原作品を除けば、彼らの作品が決して「イヴニング・セール」には出なかった事を考えると、現在のインターナショナルな現代美術マーケットに於ける草間・奈良・村上・杉本等の日本人作家の地位は、かなり向上したと云えるだろう。

そして上に記した様に、クリスティーズは今秋から上海で「単独オペレーション」でのオークションを開始する。これはファイン・アート・オークション・ハウスとして、史上初めて中国政府から許可が降りた訳だが、美術業界のみならず、これからの外国企業の中国でのビジネスを占う試みと為るだろう。

さてウチの会社には昨日迄、大変興味深く且つ滅多に見れない、7ページに渡る「手紙」が展示されて居たのだが、その「手紙」が昨日の「Books & Manuscripts」オークションで、100万ー200万ドルのエスティメイトに対し、何と605万9750ドル(約5億8千万円)で売却された。

その「手紙」、一見した処単なるメモか走り書きにしか見えず、「手紙」と云うよりは解説付きの「スケッチ」の様な物なのだが、実はこれ程20世紀の地球人類社会に大きな影響を与えた「スケッチ」も無い。

そしてこの手紙の重要性は、其処に書かれた

"In other words we think we have found the basic copying mechanism by which life comes from life…"

と云う文面からも推測出来る様に、我々人類の「遺伝メカニズム」のアウトラインに就いて書かれて居る事で、書いた人物はDNAの二重螺旋構造の発見に因って、1962年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した科学者フランシス・ハリー・コンプトン・クリック(1916-2004)、そして手紙の宛先は彼の息子マイケルで有る(→http://www.christies.com/about/press-center/releases/pressrelease.aspx?pressreleaseid=6195)。

また、この手紙のもう1つ重要な点は、その日付が1953年3月19日、共同研究者のジェームズ・ワトソンとの公式発表に先立つ事1ヶ月以上と云う事で、「20世紀に於ける、最も重大な科学的発見」、或いは「生命の秘密」を息子に署名付き(「ダディ」だが)で、恐らくは人類史上初めて解説して居る事に尽きる。

それにしても、本当に「スゴい物」を見せて頂いた…こう云う時に「この会社に勤めて居て、マジに良かった!」と思う。

その昨日の夜は、クサマヨイと共に アル・ディメオラ(G)&ゴンザロ・ルバルカーバ(P)のデュオを観に、ブルー・ノートへ…そして結論から云えば、この晩のライヴは筆者が観た「本年度最高のパフォーマンス」で有った!

アルとゴンザロの音楽は、何処か抽象絵画を見ている気分にさせる。個性と調和、緊張と緩和、激情と冷静、不協和音とユニゾンがぶつかり合う素晴らしい演奏で、そのコンテンポラリーなアレンジと単音主義的奏法は、ピアソラからバラード迄、そしてアンコール2曲を含め、満員の聴衆を終始魅了した!マジに格好良かったので、此処にサイトして置く(→http://m.youtube.com/#/watch?v=O9YZWWzUv7w&desktop_uri=%2Fwatch%3Fv%3DO9YZWWzUv7w)。

さて此処で話は、その超素晴らしかった「アル&ゴンザロ・デュオ」の前に遡る…そう、我々「彷徨えるパンケーキ人」の後日譚で有る。

前回のダイアリーに記した様に、我々「彷徨えるパンケーキ人」は、フォー・シーズンズ・ホテルの「たかが」パンケーキを食べる為に、多くの災厄に見舞われた。が、そのリヴェンジを果たすべく、我々は不屈の精神で立ち上がり、再びフォー・シーズンズ・ホテルへと足を運んだので有った。

今回はM女史のインストラクションの下、メニューに書いて居なくとも、注文をすれば必ずパンケーキは出てくると云う事を確認した上で、A姫が席を予約…これで前回の様な間違いは無い筈だ!

しかし油断は禁物…その日朝27度も有った気温は午後からドンドン落ち、延いては雷雨の予報迄出て居たので、決して安心は出来なかったが、隣りのテーブルに居たケヴィン・クラインを横目に見ながら、無事我々「彷徨えるパンケーキ人」は着席出来、早速オーダーする事に。

渡されたメニューにはパンケーキが載って居ないので、ウェイターに「今、パンケーキをオーダー出来るか?」と尋ねると、彼が "Sure, Butter milk ?" と聞くので、A姫が "No, no…Ricotta one !" と返す。あぁ、危なかった…此処までこんだけ苦労して来て、「シグナチャー」で無い方を食ったりしたら、もう眼も当てられないでは無いか!

飲み物とアペタイザーの蟹サラダを注文し、これからパンケーキが来ると云うのに、つい食べ過ぎてしまう程旨いフォカッチャを食し、待つ事10数分。夢に迄見た、薄く焼かれて3枚重ねられ、ベリー等のフルーツに囲まれた「フォー・シーズンズ」のパンケーキ3人前が、瓶詰の特製メイプル・シロップと共に滔々運ばれて来た!

パンケーキ人達は狂喜、そしてA姫はそのパンケーキを写真に撮り、M女史に送ろうとする…が、慎重な筆者は、「送るのは一寸待て!未だ何か有るかも知れないから」と冗談で押し留めた。そして筆者のその不安は、数分後に見事に的中する事に為るのだった…。

歓喜の中で「リコッタ」を食べ進むパンケーキ人。が、食べ進む内に、我々の顔付きは徐々に厳しく為り、クサマヨイとA姫は「ウーム、M女史が送ってくれた写真では、もっとふっくらして居た様な気がする…」と不吉な事を云い始めた。

成る程パンケーキ自体にはそれ程リコッタ・チーズの風味を感じないし、特製シロップを掛けても正直「旨いっ!」と声が出る程では無く、「こんなもんかぁ?」感が否めない。しかもその時、我々には有る重大な「疑惑」が頭を擡げて来て、それはこの「リコッタ」をオーダーした時に見せた、ウェイターの反応で有った。

筆者が「今、パンケーキをオーダー出来るか?」と聞いた時、彼は確かに「勿論!『バター・ミルク』で宜しいですか?」と聞いたのだ。そしてその時「『リコッタ』なら20分、『バター・ミルク』なら30分程時間を頂きます」と云って居たのだが、まさか…?

パンケーキ人民会議の末、「パンケーキとは、決して後悔しない事」(笑)と云う結論に至り、筆者はウェイターを呼び、もう一度パンケーキをオーダーすると云う恥辱を緩和する為に、嘘を交えてこう告げた。

"These two ladies are actually from Japan to eat your pancake, which became so popular in Japan.... but they have queried whether if pancake we just had was the same one they saw in Japansese magazine... ladies have recognized that it looked much thicker..... could it be "Butter milk" one ??"

するとウェイターが、"Oh, it can be ! Butter milk one is much thicker !" と云うでは無いか!それでは、と注文をすると、ウェイターは怪訝な顔で "Three of them ?" と聞くので、慌てて "Just one order is fine..." と答え、ウェイターの失笑を買う(涙)。

しかし我ら「彷徨えるパンケーキ人」、一体何処までツイて居ないのだ?…が、その不断の災厄も後数分の辛抱…そして「バター・ミルク・パンケーキ」が運ばれて来た瞬間、我々は「オォ!これに間違いないっ!」と叫んだ!

見るからにフワッと、大きく厚く焼かれたパンケーキ3枚が重ねられ、ベリーに囲まれた一皿が我々の目前に置かれる。この、たかがパンケーキを食べる為に被った今迄の不運や「G角」で受けた酷い仕打ち、無駄に使った金、食べざるを得なかった不味い食事等が脳裏を過ぎりながら、パンケーキにナイフを入れ、口に運ぶ…。

旨いっ!パンケーキ自体の持つキツ目の塩味と、シロップの甘さが醸し出すハーモニー、そして「リコッタ」よりもフワッとした食感…これぞ「フォー・シーズンズ」のパンケーキだ!と、初めの数口位は思って居たが、此処で新たなる疑問が…。

でも、待てよ?これだったら、本ダイアリーでも何回か登場させた、「彷徨えるパンケーキ人」夫婦が崇拝し、子供の時から家で食べて居る1977年からの大ベスト・セラー、「ホテル・ニュー・オータニ」の「パンケーキ・ミックス(バニラ・タイプ)」の方が、(個人的には)旨いのでは無いか?

そんな仄かな疑問を噛み締めながらも完食した、延べ4皿目の「フォー・シーズンズ」の「バター・ミルク」だったが、最後の最後に我々を待ち受けて居た「最大の災厄」は、オーダー時にパンケーキがメニューに載って居なかった事で、つまりは我々がその「値段」を知らなかったと云う事だった…。

「バター・ミルク」は25ドル、「リコッタ」は何と1人前26ドル…。

ぐぉー、何故我々は「バター・ミルク」を最初に頼まなかったのだ?…神よ!何故貴方は我々に、「たかが、パンケーキ」の為にこれ程の精神的・金銭的・肥満的試練をお与えに為るのですか?そして「たかが、パンケーキ」の為に、何故この孫一にこれだけ長く下らない文章を書かせるのですか!?

それもJFKのラウンジで?…と云う訳で、今から日本に飛ぶ。