「禁断の果実」、或いは「封印された絵画」。

気が付けば、10月。今年も3/4が終わって仕舞った…そしてアメリカ政府は、17年ぶりに政府機能の一部を停止する事に。

これは「オバマケア」に反対している共和党が、昨日10月1日から始まるべき2014年度予算を通さなかったからなのだが、テキサス州選出上院議員(当然共和党)で有るテッド・クルーズが、日本に於ける「牛歩戦術」の如き「21時間19分」に及ぶ演説をした事には、本当にウンザリ…何処も同じ秋の夕暮れ、で有る。

が、この「ガヴァメント・シャットダウン」に因って、連邦政府職員約80万人(全体の約40%)が自宅待機と為り、行政機関からのチェックが出なかったり、スミソニアン博物館等の国立博物館や動物園、「自由の女神」や国立公園、NASA迄もが閉鎖される…観光客には注意が必要だろう。

そして日本では、今月から年金支給額が引き下げられ、来年4月からは消費税が3%引き上げられる…全く以て先が思いやられるが、アベノミクスとやらの成功を祈るばかりだ。

そんな中最近の筆者はと云うと、コロンビア大学名誉教授の村瀬実恵子先生に拠る、曾我蕭白に関する講演会をソーホーに聴きに行ったりして居たが、その合間、メトロポリタン美術館に「或る絵画」を観に行った。

その作品は、謂わば「封印された絵画」。1934年のパリの画廊での発表時、15日間だけ人目に触れた後、画廊の倉庫にしまわれて仕舞い、その後この作品が公衆の面前に現れるのは、何と43年後…そしてその時その作品は、マンハッタンのピエール・マティス画廊でたった1ヶ月間展示されて以来、今の今迄公衆の面前に姿を現した事が無いので有る。

さて、その1977年の展覧会後、ピエール・マティスMOMAにこの作品の寄贈を申し出、作品はMOMAに配達され、同館の倉庫に保管された…が、1982年、当時MOMAのプレジデントで有り、最大のドナーでも有ったブランシェット・ロックフェラー(ジョン・D・ロックフェラー3世夫人で、後にケヴィン・コスナー所有と為った斉藤義重の「ドリル」の大作や、吉原治良等の具体作家、長谷川三郎や流政之等の日本戦後美術のビッグ・コレクターでも有った)は、この作品を見るや、何とMOMAに対して寄贈を断る様要求したのだ。

結局この「封印された絵画」はピエール・マティスの元に戻り、一時は映画「卒業」の監督マイク・ニコルズの元に有ったが、その後ギリシャの海運王コレクターで有るスタブロス・ニアルコスに売却され、その死迄、彼のヴェルサイユ風の寝室に飾られて居たと云う。

以上を抜粋翻訳したニューヨーク・マガジン誌に拠ると、この作品は映画「リング」でのヴィデオ・テープの様に、「見たら死ぬ」位の勢いで忌み嫌われ(笑)「封印された」絵画なのだが、何とその作品がMETに展示されて居ると云う噂が、筆者の耳に入って来たのだった。

その作品とは、カウント・バルタザール・ミシェル・クロソウスキー・ド・ローラ、通称バルテュスの「The Guitar Lesson」。

バルテュスの事を少しでも知っている人には(知らない人は、拙ダイアリー:「年末年始の『麻薬的』読書感想」参照)、この作品を知らないとは云わせない…それ程にバルテュスの代表作で有り、見ての通りのスキャンダラスな名品なのだ。

そしてバルテュスを愛して止まない筆者は、その「封印された絵画」を観にMETへと走ったのだが、その期待は見事に裏切られてしまった…そう、METでは確かにバルテュスの「Cats and Girls」と題された展覧会が始まって居たのだが、其処には「The Guitar Lesson」の影も形も無かったからだ。

が、それがどうしたと云うのだ!…以下に記す出展作品を観れば、バルテュスが20世紀を代表する卓越した画家で有る事、そしてこの展覧会が素晴らしい企画展で有る事に疑いを持つ者等、居る筈も無い(と思いたい…ファンとしては)。

例えばMET所蔵の名品中の名品、「Thérèse Dreaming」。バルテュスは当時30歳、モデルはパリ時代のバルテュスの隣人だった兄妹の妹テレーズで、当時12、3歳…が、恐るべしは、バルテュスがしなやかな肢体のテレーズの捲れ上がったスカートの中、白の下着の股間に記した「赤」で有る。

その上「Thérèse on a Bench Seat」や「The Salon II」、「The Golden Days」や「The Victim」等の作品を観る事に因って、バルテュスロリコンだろうがシュール・レアリストだろうが、もうどうでも良く為り、バルテュスの描く際どいポーズをした少女達に良くも悪しくも心が騒めき、クラシックな画風の中の斬新さに感心しながら、自分自身の内に「女に為る前の女」、謂わば「『サロメ』的生物としての少女」(拙ダイアリー:「『サロメ』と云う生き物@新国立劇場」参照)だけが持つ、極めてフラジャイルでセクシャルな美への関心と、その「禁断の果実」を精神的に捥ぎ取る勇気の有無を確認するだけで充分なのだから。

「封印された絵画」はまたの機会に取って置く事にして、来年1月12日迄METと云う「美の殿堂」で、バルテュスの「禁断の果実」を存分に頬張ってみようでは無いか!


◎筆者に拠るレクチャーのお知らせ
●「特別展 京都 洛中洛外図と障壁画の美ー里帰りした龍安寺襖絵をめぐって」
日時:2013年11月16日(土)、15:30-17:00
場所:朝日カルチャーセンター新宿教室
サイト:http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=220110&userflg=0
問い合わせ:朝日カルチャーセンター新宿教室(03-3344-1941)迄。


奮ってご参加下さい!