沖縄とアート、或いは「いちゃりばちょーでー」の精神:「太陽の棘」。

今頃日本はゴールデン・ウィークで、さぞ楽しい事だろう…が、此方はと云えば、日曜の午後から国内出張に出掛け、昨日戻った(涙)。

「国内」と云っても結構な距離と時差が有るので、時差に弱いワタクシは、微妙に時差ボケに為るのが辛い。が、「東京からだったら、思いっ切り『外国』な距離」の出張に於ける疲労の大概の理由には、当然年齢に因る身体の衰えが有っても、結局は仕事の出来不出来や出会った作品の優劣に左右される「充実感」に因る事が殆どなので、今回はそれ程疲れては居ない…と云いたい処だが、年には勝てない(再涙)。

序でに、今回泊まったホテルには何とレストランが無く、夜着いた筆者のその晩のディナーは「デリバリー・ピザ」…その上翌日のお昼頃には何と「雪」が降ったりして、出張先の食住に関しても疲労困憊だったのだが、夜は裏に立派な合気道場と民芸品展示館を持つ民家風の和食店で顧客と食事をし、英気を養った。

そんな今日は、筆者に取っては「出張」=「読書」と云う事も有り、最近読了した本の中からの感動の1冊をお届けしたい。

さて皆さんは「沖縄の美術」を何れ位、また「沖縄のアーティスト」を何人位ご存知だろうか?

筆者は恥ずかしながら、琉球焼物の人間国宝だった金城次郎と、ニューヨーク在住の現代美術作家照屋勇賢氏や市村しげの氏位しか知らず、沖縄のアートやアーティスト、またその歴史に関しては全くの無知と云って良い。

そんな筆者が機内で所々涙し読了したのが、原田マハの新著「太陽の棘」(文藝春秋)で有った。

筆者は、原田氏の作品は「楽園のカンヴァス」しか読んで居ないのだが、「ル・ドワニエ」・ルソーを題材とした精緻で読み応えの有るこの美術ミステリーは、アート・ファン必読の作品だと思う。

そして原田氏の経歴も見ても、美術史のマスターを出た後、森美術館設立準備室やMOMA勤務、インディペンデント・キュレーターを経て作家に為られて居る様なので、流石アートの基盤が確りして居るのと、何より「アート大好き感」が文章に漂って居るので、プロが読んでも安心して楽しめるのが嬉しい。

その原田氏の新作「太陽の棘」は実話を元にした物語らしく、然も舞台は「楽園」とは打って変わって、「沖縄」。主人公の大学出たてのアメリカ人精神科医が、戦後間も無くアメリカ占領地と為った沖縄に軍医として赴任し、偶然訪れた画家村で出会った沖縄人画家との交流と友情を描く。

この本のカヴァーに使われた作品は、恐らく作品内に登場する沖縄人画家「タイラ」のモデルに当たると思われる、玉那覇正吉(1918-1984)の「スタンレー・スタインバーグ」(部分)…当然このスタインバーグ氏が作中の「エド」なのだと思うが、その肖像画は筆者好みの「力強い具象画」と云うのも有るけれど、一寸フォーヴの影響も見受けられる、実に素晴らしい作品だ(実物が見てみたい!)。

こんな力の有る画家が終戦直後の沖縄に居た事は驚きだが、「才能」とはこの地球上、何時でも何処にでも存在する物で有る…が然し、芸術の運命(さだめ)として「陽の目を見る」事が無ければ我々は知る由も無い訳で、本作に有る様に、沖縄に埋れ掛けた才能の発見者の1人がアメリカ人で有った事は、当時の状況を考えれば当然且つ皮肉でも有るが、 「外国人に因る日本美術の発見」が歴史上此れに始まった事ではないと云う事実を鑑みると、「彼等」の眼を蔑ろには出来ないと改めて感じる。

そしてこの物語は、我々は「沖縄」と「アート」に就いて今こそ深く考えるべきでは無いだろうか、と強く思わせて呉れた。それは普天間移設や尖閣諸島の問題が、若しかしたら敗戦以来の米軍駐留に転機を齎すかも知れないし、またこう云った時節だからこそ、「其処」に新しいアートの生まれる可能性を十二分に秘めて居るからで有る。

また本作を読んで思い出したのが、現在ベルリン在住のキュレーター渡辺真也君が嘗て企画した素晴らしい展覧会「アトミック・サンシャイン」が、沖縄の美術館に巡回した際の困難の数々…そして上にも記した、筆者の大切な友人でも有る現代美術家市村しげの氏が、以前筆者に話してくれた話だ(拙ダイアリー:「ギヴ・ミー・チョコレート」:沖縄生まれのアーティストが記す、「終わらない『戦後』」参照)。

沖縄出身の人、そしてアーティストが持ち続ける「米軍」に対する感情を理解するのは、一筋縄では行かない。が、この小説内でも語られる、恐らくは沖縄人が琉球人で有った以来持つ、根本的な物の1つで有る「いちゃりばちょーでー」(「一度出逢った人は、皆兄弟」の意)の精神は、其れこそアートが元来持つべき「国境や人種を越えさせる」力と同じルーツを持つに違いない、と確信させてくれた著作だった。

もう1点付け加えるならば、この「太陽の棘」は絶対映画化されるべきで有る!…と叫びながら、今日は此れ迄。