赤と黒。

良い教育とは、後悔を教える事で有る。後悔は予見されれば、天秤に一つの重みを置く。
スタンダール恋愛論」より−


秘密保持法案を強行採決した安倍首相が、スタンダールの作品を読み込んで居るとは到底思えないが、恋愛を政治に置き換えても、スタンダールのこの言葉は至言では無いだろうか…が、今日のダイアリー・テーマは、樵の息子が主人公の彼の名作小説では無いので、悪しからず。

さて、関西からやっと帰って来たにも関わらず、昨日は早朝から再び機上の人と為っての地方出張。彼の地ではコレクター親子に会い、刀剣や刀装具、茶道具等の焼き物をのんびりと拝見しながら、お昼は美味しい蟹とお寿司を頂く。

が、帰京便の時間直前に天候は荒れ模様と為り、コレクター宅の周りは暴風雨…飛行機がキャンセルに為って仕舞うのでは?と危惧したが、神は我を見放さず、飛行機は何とか定刻に飛び立ち、夕方東京に戻ると、築地場内の魚屋での今年の忘年会第2弾へと急いだ。

今回のメンバーは、男性陣はコレクターT氏、アート・ディーラーのO氏とT氏、女性陣は現代美術館学芸員のT女史、女医Hさん、そして元ニューヨークの友人で世界最大アートフェア勤務のNちゃんが来たのにはビックリ!

盃が何故か1人に3個有ったりもしたが、美味い魚を突きながら、現代美術マーケットやO氏のギャラリー所属の大御所アーティストの「野望」、炭水化物摂取の制限が如何にアンチ・エイジングに重要か、等に就いて皆で盛り上がる。

食後は有志で銀座に赴いてお茶(&ケーキ!)をし、最後はO氏の音頭で「一本締」…新しく楽しい出逢いに充ちた、良い忘年会で有った。

で、此処からが今日の本題。

前回此処に記した「現世極楽」での仕事は、「宗教セール」の作品集めの大詰めだったが、出品叶わずとも一世一代の垂迹絵画の大名品を拝見する事が出来て、大感激。そして「早く行かねば、終わって仕舞う…」と焦りながらも、台風に因る道路遮断等で叶わなかった展覧会に、今回漸く行く事が出来た。

MIHO MUSEUMで開催中の「朱漆『根来』−中世に咲いた華」展で有る。

何とも清々しい空気の漂う信楽の里の美術館に着き、日頃からお世話に為って居る学芸員の岡田氏や辻館長にご挨拶をすると、早速展覧会を拝見する。

本展は何しろ414点が出展されると云う、史上空前の規模の根来展で、東京では数年前にロンドン・ギャラリー主催の展覧会が大倉集古館で開催されたが、関西での大規模な根来の展覧会は、実に27年振りとの事。

今回展示の414点の中には、瓶子、高坏、衡重、盆、天目台、指樽、机、卓、櫃、菓子器、高盤、折敷、膳、鉢、盥、湯桶、椀、盃、銚子、柄杓、応量器、香合、茶器、調度等、仏僧の日常生活の場面で使用される器と云う器が全て含まれ、「根来」と云う実用汎用性が窺える。

そして、その中でも筆者が感動した作品と云えば、先ずは「大盤」。このMIHO MUSEUM所蔵、松永耳庵旧蔵の本作の存在感は、本当に凄い…直径64.5cm.と云う大きさも然る事ながら、その荒々しく剥がれ痛んだ赤と黒の表面の迫力は、通常に渋く落ち着いた作品を圧倒して居る。

また日本民藝館所蔵の「護摩壇」や、東大寺の「二月堂練行衆盤」(11枚)も大層素晴らしく、それは「使われ続けた『用の美』」の為せる技で有って、黒地に朱漆を上塗りした根来の技術的な最大の理由が、漆道具としての「『耐久性』を求めた結果」で有った事を再認識させた。

さて若い人はさて置き、「赤と黒」と聞いて、1990年度の角川映画天と地と」を思い出す中年の人も多いのでは無いか…「この夏、黒と赤のエクスタシー」と云うキャッチ・コピーを売りにし、川中島での武田軍(赤)と上杉軍(黒)の決戦をテーマとした海音寺潮五郎原作の本作は、角川春樹に拠る黒澤明へのオマージュ作品でも有った。

この「天と地と」は、主演で謙信役だった渡辺謙が急性白血病で降板した事も有って、作品自体はイマイチの評価であったが、何万人ものエキストラを使った赤と黒の大軍勢が蠢く合戦シーンは、非常に迫力が有った記憶が有る。

そう考えると、「赤と黒」の取り合わせは元来「日本人好み」と云えるのかも知れないが、例えば黒澤明自身が根来のコレクターで、名作「蜘蛛巣城」の中で自身愛蔵の瓶子を山田五十鈴に持たせ、静々と歩かせた事は意外に知られて居ないし(拙ダイアリー:「『記念日』と『命日』、そして『蜘蛛巣城』」参照)、そしてそのシーンこそ、広く一般の人の目に「根来」と云う漆器が触れた、初めての機会だったのでは無いか等とも思った。

黒澤や角川の様に、「赤と黒」のエクスタシーを筆者も十二分に感じた、MIHO MUSEUMの展覧会でした!