去年、最も売れたのは…?

今週から本格的に動き始めたが、何しろ目も廻る忙しさだ。

それは先ずカタログ・デッドラインが近い事と、それにも関わらず未だに作品集めをしている事実、その上重要コレクションのアプレーザル制作や、アメリカ国内出張を含めたプライベート・セールの対応、そして今月17日から始まるクリスティーズ「ジャパン・オフィス40周年記念展」の準備等が相まみ合って、ヒッチャカメッチャカ(笑)だからで有る。

そんな中、「去年、最も売れたのは?」の2つの記事がアート・メディアに出た…その中から、先ずは「昨年、世界で最も売り上げたギャラリー」。

此れは「Art Market Monitor」に出た記事で、「Forbes」に拠る2011年度の「世界の画廊の売り上げベスト10」を基に、「The Guardian」が「想像力豊かに」書き上げたらしい。さて、その「想像順位」はと云うと…

1位:Gagosian (Larry Gagosian, 67)/9億2500万ドル、2位:Pace(Arne Glimcher, 74)/4億5000万ドル、3位:Aquavella(William Aquavella, 74)/4億ドル、4位:L&M (Dominique Levy, 44 & Robert Mnuchin, 79)/2億7500万ドル、5位:Hauser & Wirth (Iwan Wirth, 42)/ 2億2500万ドル、同5位:David Zwirner (48)/2億2500万ドル)

皆さん、稼ぎに稼ぎ捲っているが(年間850億ですよ、850億円!)、ラリーがペイスの2倍以上稼いでいるのには一寸驚く…が、昨今のメジャー・アーティスト達のガゴシアン離れを見ると、今年はどうなるか?

因みに2011年度のトップ10には、ドミニック(彼女、未だ45歳だったのか!)、マリアン・グッドマン、ポーラ・クーパー、バーバラ・グラッドストーンと云った女性ギャラリストが計4人入って居て、嘗てドミニックがそうだったクリスティーズの「スペシャリスト」と同様に、「ギャラリスト」と云う職業は、女性が進出し頑張っている分野と云えるだろう。

そして次に昨年「最も売れたアーティスト」、此方は「Bloomberg」からの記事…一昨年の張大千の「王座」を今回奪取したのは、ウォーホル(約3億8000万ドル)で有った!

ウォーホルは、去年はクリスティーズ・ニューヨークでも財団のセールが有ったりして流石の貫禄だが、今回4位に甘んじた張大千と云う作家に関しては、拙ダイアリー:「張大千『チャイニーズ・ウォーホル』の誕生」や、講談社「セオリー」内「オークションの目玉」に詳しく書いたので繰り返さないが、1983年に亡くなった西洋社会に留学経験の有る台湾の近代画家で、余りの腕の良さに「贋作者」としても知られた作家で有る。

このランキングでは、2位にピカソ、3位に現役作家として世界最高価格の記録を持つリヒターが続き、この結果は「世界の何処でも、誰でも知っている『メジャーなアーティスト』の『メジャーな作品』」に人気と金が偏向集中すると云う、昨今の投機的トレンドを身を以て証明している訳だが、「ワールド・アート・マーケット」とは果たしてそう単純な物なのだろうか?

さて、此処で一寸話が変わる。

最近「アート・マーケット」を研究する学生さんが増えて来たらしく、ここ数年筆者も何人もの人と会ったりインタビューを受けたりしているのだが、驚くのは彼らの「アート・マーケット」研究の殆どが、「『現代美術市場』の考察」に特化している事だ。

これは恐らくは、美術市場を経済の側面からのみ見る人が大半を占めると云う事と、投機的市場自体に関心が強いからだと思うが、しかしもし「美術品市場」と云う場合、それを「現代美術市場」に限ってしまって良いのだろうか、と常々筆者は考えて居る。

それは何故なら、クリスティーズの年間総売上を見ても、世界の全ての分野の美術品売上を鑑みても、確かに現代美術の売上は数有る分野・部門の中でも最も大きな割合を占めるが、しかしそれ以外の全ての「アンティーク・アート」の売上総計には及ばないからだ。

これは世界の人々が、現代美術よりも例えばオールドマスター絵画や中国陶磁器、ギリシャ・ローマ彫刻や桃山の屏風、そして印象派(や宝石)も含めた100年から1000年、或いは3000年以上前に作られた美術作品を好んで売買していると云う証で、世界のアート・マーケットは「アンティーク」に因って動いて居ると云っても、決して過言では無いからで有る。

そして、長い美術史と共に人間の眼の歴史を経ると云う「試験」を生き延びて来たアンティーク・アートのマーケットは屈強で、それは例えば日本のバブル崩壊後、「潰れた画商は数多有れども、潰れた骨董屋は殆ど無い」と世間で良く云われた程に、しぶとい面が有るのを忘れては為らない。

アート・マーケットを語るには、鳥瞰的視点が必要だ。

それは、美術史や過去のアート・マーケットの「歴史」、そしてそれを今迄生き延びて来た今の「アンティーク・アート市場」を学ぶ事で有り、それ等から学んだ「知恵」を未来の現代美術マーケットに長期的スパンで考え生かす事が、「現代美術市場」研究の価値に為るのでは無いだろうか。

「去年、何が売れたか」も大事だが、何事に於いても「過去」を学ばねば「現在」を語る事は出来ない。

そして歴史は必ず繰り返す…市場も然り、で有る。