寿山樹色籠佳気。

極寒のニューヨークに帰って来た…この後ダイアリーに登場するアーティストと僕は、偶々同じ日にニューヨークに到着したらしいから、巨漢2人が日本から寒気を運んで来たのかも知れない(笑)。

そんな一昨日のニューヨークの気温は、何とマイナス8度に迄落ちたのだが、時差ボケが酷く明け方に起きて仕舞った昨日の朝は其処まで酷くは無く、マイナス4度位だったので安心して居た…のだが、窓の外では雪が降り始め、夜が明ける頃には何と猛吹雪に。

「こりゃ、マズい!」…と僕が慌てたのには訳が有って、それはこの日午前中からニューヨーク裏千家での「初釜」にお呼ばれして居たからだ。

が、窓外を降り頻る雪を呆然と眺めたりして居る内に、雪は小降と為り、道や木々を白く覆い包んだだけで降り止んで、「雪の日に茶事をせぬは…」と云った塩梅と為り、ほとほと安心する。

準備をしてアッパー・イーストサイドの茶の湯センターに着くと、既に客数人が待合に着いて居て、新年のご挨拶頻り。時が来て茶室に入ると、床には結び柳と伊勢海老を象った正月飾り、紅白の椿の活けられた大樋の花入と鵬雲斎大宗匠に拠る新年に相応しい「寿山樹色籠佳気」の軸…弘田先生の炭点前が始まり、そろそろと初釜が始まった。

御節の点心とお雑煮、そして主菓子の花弁餅を頂くと、中立ちの後濃茶と為る。グラント将軍の末裔や、先日根津美術館でもバッタリ会ったWASP大富豪一族の女性、ジャパン・ソサエティ理事長夫妻やコロンビア大学の先生、有名弁護士や外国人茶人等の初釜の17人の客の中で、今年の正客はニューヨーク禅堂の嶋野老師…お元気そうに、そして美味しそうに濃茶を啜られた。

濃茶が終わると引き続き薄茶に移り、今年の初釜も無事終了…然し何時もそうなのだが、僕がお茶に関わる時は公私共に色々有る時が多くて、今回も茶室に入る2分前に会社から来たメールで20年来の「同志的」同僚が突然解雇された事を知り、漣立つ心をお茶で鎮めながらの初釜と為った。

初釜が終わりオフィスに向かったが、同僚の退去後(アメリカの会社では、朝イチで社員にクビが言い渡され、それから30分以内にセキュリティーの監視の下、個人的荷物を纏めて出て行かねばならない)のオフィスでは皆僕と視線を合わせない。そんな暗闇の様な気持ちで1日を働き終えたその夜は、最近日本で知り合ったアーティストの舘鼻則孝氏を誘い、チェルシーに在る現代美術家杉本博司氏のステュディオに遊びに行く。

杉本氏の新作や茶室「今冥途」を見学した後は、近所のイタリアン「B」で食事をしようと云う事に為り、丁度20代から60代迄揃った6人での会話は、杉本氏の新作舞台、アーティストとしての心得やマーケットの話も然る事乍ら、結局は「日本の将来」を憂う毎度お馴染みの「憂国談義」と、その「夢の対談集」の出版話で終わった(笑)。

今年の初釜のお軸「寿山樹色籠佳気(じゅざんのじゅしょく かきをこもる)」は、「目出度い山の樹々には、佳き空気が立ち籠っている」と云う意味の、目出度くも有難い禅語。

人生には色々な事が起きる…そしてそれは、決して正しく美しく嬉しい事ばかりでは無いが、然し自分が精進し「寿山」に為る事でしか、其れ等を「佳気」に変える事は出来ない。

そんな事を日がな考えた、雪の初釜の1日でした。