ヴァイオリンと金魚、そして「タカラヅカ」。

ドナルド・トランプが大統領候補者に正式に指名された、共和党大会をテレビで観た。

そのトランプ本人は相変わらずだったが、一寸驚いたのが、トランプに何処と無く貫禄が出て来た事と、彼の38歳と云う息子のカッコ良さだ。後で母親のスピーチ盗作疑惑に関してのコメントを聞いても、中々ハッキリして居る頭の良さそうな長身のハンサム・ガイだったので、「本当にあの男の息子か?」と疑った程だ。

この共和党大会では反トランプ派が騒ぎを起こしたりもしたが、僕には却ってトランプ・ファミリーの結束が最も印象に残ったし、息子の「父は此処まで来る迄、党内でも相当の抵抗を受けて闘って来たけれど、父が今この立場に為った事を誇りに思う」と云うインタビューでの答えは、国民監視下での1年以上の長期間に及ぶ碌な政策論議ディベート、況してや国民に拠る直接選挙も無く、党内の予備選ですら一回で勝てなくてもアッと云う間に首相に為って仕舞う、何処かの国の総理大臣に聞かせてやりたい。

如何なトランプとは云え、こう云う処からアメリカ大統領候補としての期待や尊敬が集まって来るのだが、より重要なのは本人にその自覚が出て来て、その自覚が「人」を創って行く事だ…如何なトランプでも、で有る。

対する民主党大会では、サンダースの支持者達が反乱を起こし、これは共和党での反トランプ派より或る意味強力な反対活動で、ヒラリーの行く末が思われる。そして最新の支持率では、トランプがヒラリーを引き離して居る…大統領選挙まで後4ヶ月だ。

さて本題。「リンカーン・センター・フェスティヴァル」での観世宗家に拠る能公演は終わったが、先週はまた日本がらみのアートを3つばかり体験してきた…先ずは、Midori(五嶋みどり)のヴァイオリン・ソロ・リサイタル@Onishi Gallery。

大西さんからのご招待を受けチェルシーに向かい、午後3時から始まったこのコンサート…グァルネリを操るMidoriに拠るバッハ作品、ソナタ2曲とパルティータを聴く。すっかり大人に為った(失礼!然し資料に拠るとMidoriさんは40代らしく、子供の時から活躍して居るので、年齢不詳な感じがする)Midoriさんの演奏は、最初こそ硬い感じがした物の、徐々に柔らかみと豊かさを増し、最後の「パルティータ第2番 ハ短調」は本当に美しく、鳥肌が立つ程。素晴らしい午後のひと時だった。

そして2つ目は、ジャパン・ソサエティ主催の日本映画祭「Japan Cuts」。

お能を観る間隙を縫って僕が観れた作品は、「蜜のあわれ(Bitter Honey)」と「恋人たち(Three Stories of Love)」の2本だけだったが、機内で観た「モヒカン故郷に帰る(Mohican Comes Home)」を加えれば、今回の参加作品中計3本と云う事に為る。

先ず「モヒカン…」は、沖田修一監督・松田龍平主演のコメディで、何処か山田洋次の匂いがするサッパリしてほのぼのした作品。主演の松田も、今回の映画祭のオープニングの為にNYに来た前田敦子も悪く無いが、癌に冒される父親役の柄本明が大変宜しい。個人的にウケたのは、松田の所属するデスメタル・バンドの名が「断末魔」だった事と、その曲名が「死に方色々」だった事…売れないバンドに如何にも有りそうで、笑える(笑)。

「恋人たち」は橋口亮輔監督作品で有る事と、本作がブルーリボン監督賞、毎日映画コンクールの日本映画大賞、キネマ旬報日本映画第1位と云った各賞を受賞して居た事で、少々期待が大き過ぎたのか、正直イマイチ…結局この映画は主演の新人俳優の為みたいな物で、残念ながら全体的に少々底が浅い感が否めない。

それは各話のバック・グラウンドが意外に短絡的な事と(浮気妻の相手が実はヤク中だったり、主人公の先輩のリリー・フランキーの役処等)、オチが詰まらない事(前の晩に久し振りに笑った主人公が、仕事場で有る船上で希望を思わせる「光」を見る、或いは浮気妻が元サヤに収まる)に因るのだが、例えば妻を通り魔に殺された主人公の「職業」や、彼の上司で有る片腕の無い男の設定や演技、浮気をする主婦役の女優の演技にも光る物が有ったが故に、残念。

と云う事で、これ等3作品の内僕に取って最も面白かったのは、石井岳龍(聡互)監督作品「蜜のあわれ」で有った!

1959年に発表された、会話のみで構成された室生犀星の原作を映像化した本作は、自身と思われる作家や「赤子」と云う名前で擬人化された金魚、幽霊、そして芥川龍之介迄が登場する、一種独特なエロティシズムとコミカルさを感じる作品。彼等を大杉蓮、二階堂ふみ真木よう子等が演じるのだが、これが結構上手い配役でハマッて居て、肝心要の時代的「会話」のテンポが中々良い事も有って、観た後何処と無く清々しい。

犀星と芥川は同年代で(犀星が3歳年上)、彼等の付き合いは昭和2(1927)年に芥川が自死の前日に犀星を訪ねた程深かった訳だが、彼等の登場するこの映画の時代設定を見ていて思い出したのが、この秋草月ホールの改装前の最終公演と為る、現代美術家杉本博司の構成・演出・美術に拠る舞台劇「肉声」だ。

この「肉声」は、1930年コメディ・フランセーズで初演されたジャン・コクトーの戯曲「声」をベースにした物だが、然し「肉声」の舞台は1940年の夏。「蜜のあわれ」よりは数年遅い時代設定だが、この「肉声」の脚本が作家平野啓一郎に拠って書かれ、音楽はヴァイオリニスト庄司紗矢香、主演に寺島しのぶと云う豪華スタッフ&キャストで有るが故に、「濃密でデカダンな愛」の舞台と為る事は必然。

そもそもコクトーの「電話」会話劇を「三島(由紀夫)風」に、と云う杉本の狙いが、平野に因って如何に実現されるか、また杉本の考える日米開戦前夜の(「世界遺産」なんて全くどうでも良い)コルビジェモダニズム妾宅で交わされる、男女の美と欲望の会話が一体どの様な物なのか…今から楽しみ過ぎて、夜も眠れない(笑)。

そして3つ目…それは「リンカーン・センター・フェスティヴァル」に日本から招聘された、もう1つの舞台。出演者全員が男で、女の役も全て男が演じる芸術「能」公演の翌週に開催されたのは、出演者全員が女性で、男役も全て女が演じると云う、能とは真逆な「モノ・セックス・シアター」だ…そう僕にも、一緒に行った写真家の友人にも初体験と為った「TAKARAZUKA」で有る!

さて今「宝塚は初体験」と書いたが、僕に取って「宝塚歌劇団公演」は初めてでも、「タカラジェンヌ」は実は初めてでは無い(笑)…それは今を然る事15年前、「9・11」の日の事。僕の人生で決して忘れる事の出来ないこの日に、不思議なご縁で出会った宙組所属の2人のタカラジェンヌ関しては、拙ダイアリー「私にとっての『9・11』前後編」を参照頂きたい。お2人ともお元気だろうか?

閑話休題…が、良く聞くと、この「宝塚=Chicago」は歌劇団OG達で編成された「梅田芸術劇場」主宰の商業舞台で、所謂「宝塚歌劇団」とは異なるらしい。そんな話も聞きながら向かった「David H. Koch Theater」の前には、在紐育の日本人の知人友人で溢れ、日本からの追っかけらしきファンや取材メディアも来て居て、賑やか。然し、思い返せば「観世流能公演」初日には日本からのメディア等一組も来なかったのに、「宝塚」の初日には来る、と云うのが今の日本のメディア・リテラシーなのだろう。残念だが日本のアートに関するメディアのレヴェルはそんな物で、例えば現代美術の話題等は殆ど登場しないのと同じなのだ。

と、溜息を吐きつつ劇場内に入ると、客席は超満員…そして「Chicago」が始まった。元男役2人が演じるビッチーな女囚人達が主人公のこの「Chicago」、僕は此方の舞台でも映画でも観て居るので、ストーリーは知って居る…そしてその上で2時間半の公演を観た感想は、一言「『本物』が観たい」と云う事だった。

主人公2人の内、朝海ひかるの方はダンスもキレが有り、非常にセクシーで良かったし、メンバー全体の踊りの合い具合も良かった。が、もう1人の主人公役の女優さんは痩せ過ぎで、踊りにもキレが余り無く、息も切れて居た様に感じたし、これは矢張り年齢も有るのでは無いか。また、女性だけと思って居たこの舞台に何と「男性」(岡本知高)が出演して居るのも、正直ガッカリ…「TAKARAZUKA」って謳って居るのに、で有る。そしてニューヨーク・タイムズのレビューも、果たして厳しい物で有った(→http://www.nytimes.com/2016/07/22/theater/review-in-takarazukas-chicago-the-midwest-looks-a-lot-like-japan.html?_r=0)。

…が、「Chicago」が終了後に公演された所謂「宝塚」のレビュー・ショウは、「もう一度、今度は『ホンモノ』が観たい!」と思わせるに十分な、華やかで「宝塚らしい」物だったからだ。

僕みたいにバカデカく人相の悪い男が、大多数の女性に混じって宝塚劇場にちょこんと座って居るのを考えただけで緊張する自分が笑えるが、然し友人に「ヅカファン」の女性に、次回来日時に連れて行って貰おうかな?とも思う。

ヅカファンの皆さん、近々僕を日比谷の宝塚劇場で見つけても、御願いだからイヂメないで下さいね(笑)。


*お知らせ*
2016年12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf