「景清」と「羽衣」な1週間。

1月23日(月)
9:30 来日早々、朝から新幹線に乗って地方都市在住の個人コレクター宅に向かい、嘗て某寺に有ったとの伝承の有る襖絵を観る。結果、直しが多い物の金地は時代がきちんと有るし、何しろ来歴が良いので、プライヴェート・セールのチャンスを考える。然しこう云う機会に立ち会う度に、色々な意味で美術品と人との縁の不思議を想う。それは、普通に考えると人間が美術品を買って居る訳だから、人が美術品を選んで居る筈なのだが、実は美術品の方が人を選んで所有される、或いは出現して居るのでは無いか?と、マジに思う様な事態が実際起きるからなのだ。

15:30 社長就任祝いとして、昨年末に仲間でお金を出し合ってK氏に進呈した記念品の代金支払いの為、日本橋の老舗骨董店へ。その後聞くとあの会の評判が良いらしく、主催者としてはやった甲斐が有ったと云う物。


1月24日(火)
13:00 在米某コレクションの査定業務@東京オフィス。図録とリストを照らし合わせて、一点一点価格を付けて行く。こう云った査定の機会は、図録の解説を読み込んだり、図版とは云えかなり真剣に観るので、勉強上重要極まりない。

19:00 久し振りに友人と、六本木の中華「K」へ。此処は昔から「鳥煮込み蕎麦」が絶品で、僕が高校生の頃、この店は六本木のメイン通りに面したビルの2階に在ったのだが、今は奥に引っ込んで居る名店。小籠包等の「蒸し物」が無いのが残念だが、春巻きはサクサクしてるし、鳥煮込み蕎麦の味は相変わらず。嗚呼、高校生の頃、スクエアビル等のディスコで踊った後、輸入レコード店「ウィナーズ」でレコードを見て、夜遊びの〆に此処でこの「鳥煮込み蕎麦」を食った日々が懐かしい…若かったなぁ、オレ。


1月25日(水)
9:30 テレビで新横綱稀勢の里の昇進伝達式を観るが、隣に座った田子の浦親方夫人の可愛さに眼を奪われ続けた為に、横綱が口上で噛んだのにも気付かず(笑)。

10:30 オフィスにて、顧客持参の円山四条派の絵師に拠る枕絵を観る…うーん、色んな意味で難しい作品だ。

13:00 都内某ホテルの天麩羅店で、古美術商とランチ。3月にニューヨークで開催する、藤田美術館セールの打ち合わせをする。レクチャーやお茶会も有る3月が待ちきれない…。

15:00 麻布のフレーマーを訪ね、某作品の額装に関しての打ち合わせ。フレーミングは昔で云う「表装」なのだから、個人の趣味を反映させる事こそが主眼…楽しいに決まって居る。

16:30 夕食迄時間が有ったので、「堀部安嗣展 建築の居場所」を観に、ギャラリー間へ。堀部氏は僕の大好きな建築家の1人で、作品集を見る度に「嗚呼、この人の作った家に住みたい…」と何度思った事か分からない。堀部氏の作る家は「立ち去り難い家」だと云われるが、それは彼の作る家がミニマルだが暖かく、自然と融合し、北向きの窓から射す光の作り出す陰影が、美しくも優しいからに違い無い。建築家には、美術館等の「大箱」に才能を発揮する人と、個人住宅にその妙を出す人が居るが、人間と最も深く「交わる」建築は当然個人住宅なので、その「立ち去り難さ」を経験したく為るし、それを造る建築家に会いたく為る…その点は僕に取って、正に現代アートとアーティストに同じ。

19:00 青山のフレンチ「L」で某氏とディナー。此処の料理は美味なのに気取って居らず、繊細で穏やか、且つ店内のセンスも良い。そして高過ぎず、予約も取り辛く無く、シェフも必ず顔を出す…こんな店は中々無いので貴重だ。


1月26日(木)
9:00 香港の上司と電話会議。所謂昨年度の僕の「功績査定」レヴューだったのだが、運の悪い僕としては去年大仕事を取ったとは云え、ボーナスも余り期待出来ない。何故ならそれは、嘗て伝運慶作「大日如来像」(現重文)を売った年も、日本美術部としては史上最高額の売り上げを記録したのにも関わらず、そのセール直後に起きたリーマンショックの為に、昇給もへったくれも無かったからだ(涙)…が、好きな事をやれてるのだから、幸せと思わねば。

19:00 超重要顧客のお二人と、銀座の行き付け洋食店「G」で食事。が、今日の顧客達は、我々共通の知己且つ「G」の常連で有るS氏から、「これを食って来い!」との「Sスペシャル」とも云うべきメニューを携えて来たので強敵(笑)。然しその内容はコロッケや魚のカルパッチョ、蛤のチーズ焼き等流石S氏の選択で、皆美味しく、仕事の方の話も実り有る物と為りました。


1月27日(金)
16:30 「寿 新春大歌舞伎」@新橋演舞場千穐楽・夜の部を観る。この公演は、市川右近改め三代目市川右團次襲名披露と、その息子新右近が主役。僕と同い年の右團次丈は僕等が高校時代、慶応に通って居た僕の友人の友人だったので、ディスコで偶に会ったりして居たのだが、その頃から本当に良い奴だった事を覚えて居る。それから35年余、芸に精進し本当に立派な役者と為った右團次丈と、今迄観た子役中でも、最も可愛く確りとした(これは右團次さんの教育だと思う)右近君の晴れ姿観た「口上」では、時の流れを感じ涙が出そうに為る。そんな中、一番良かった狂言河竹黙阿弥作の「錣引」…右團次演ずる景清は立派だし、伏屋姫を演じた米吉も可憐、三保谷梅玉の品の良さも含めて、悉くヨロシイ。右團次親子の今後の益々の活躍を期待したい!

21:30 久し振りに代官山の「A」でディナー。階下の店舗を手に入れ、これからクレープ・ショップを始めるKシェフも相変わらず元気で、白子のフリットやマテ貝にココット等に舌鼓を打つ。そして珠光では無いが、「食事もデザートの無きは嫌にて候」と、躊躇の末旬の苺パフェを食べて仕舞ふ…否、至福とはこの事。


1月28日(土)
11:00 最近読んで居た、吉良文男著「茶碗と日本人」を読了。気に入った茶碗で自服しながら読むには、最適の一冊。然し日本人の美意識は世界広しと雖も、独特だ。

14:00 行き付け寿司屋「K」に、今晩訪ねるO氏宅でのハウス・ウォーミング・パーティーに持って行く「太巻」を取りに行く。太巻と云えばもう直ぐ節分、恵方巻の季節だが、僕の世代だと子供の頃恵方巻等と云う物は、少なくとも東京には存在しなかった…何時からこんなにメジャーに為ったんだっけ?

15:00 天王洲の寺田コンプレックス向かい、山本現代・URANO・児玉画廊・Yuka Tsurunoの各ギャラリーを観るが、最近コンセプチャル・アートを観るのが辛い…年の所為か?

16:00 其の足で、寺田倉庫で開催中の「David Bowie Is Now」展を観る…が、予想に反しての大混雑で、ちょっとウンザリ。然し展示は中々面白く、コスチュームとボウイ自身が描いた絵画作品に惹かれる。特にベルリンの自宅のベッド上に飾られて居たと云う油彩作品、「三島由紀夫の肖像」は思わず「欲しい!」と心中叫んだ程で、ヘッケルを髣髴とさせるジャーマン・エクスプレッショニスト風の強い画調が唆られる。ボウイと云う人は見掛けは美しく中性的だが、中身は非常に強い人なのだろう…パンクなんだから当然か。その意味でボウイは「美とパンク」の共存と云う、僕の理想の極致とも云える。

17:00 ボウイ展の会場を出た所に有ったテラスでメールをして居たら、昨年末の「タマラン会」で司会をして貰った建築家のH君にバッタリ。そして目の前に在った、ちょっと面白そうな建築モデル・ショップは彼がやって居ると聞き、またビックリ。店内を案内して貰い、四方山話をする。

18:00 りんかい線を一駅乗り、建築家O氏の新居へと向かう。駅の改札を出て地図を見て居ると、これまた「タマラン会」に来て頂いた某美術館学芸員のHさんとバッタリと会い、2人でO氏宅を目指すが見つからず、ウロウロした結果、ハウス・ウォーミング・パーティーの主催者で有るキュレーター&映画監督のW君に迎えに来て貰う。O氏宅に着くと、もう既に人が来て居て2種類の鍋も始まり、イイ感じ。旧知の元I会の右翼思想家S氏(陛下の生前退位に就て、ご意見をお聞きすれば良かった!)や舞台演出家のM氏、能・現代音楽パフォーマーのAさん、写真家Zさんを始め、公共TV局プロデューサー、作曲家や朝鮮大学校の若手アーティスト迄様々な人と談笑。その朝鮮大学校の女性アーティスト2人に、各々ポートフォリオを見せて貰ったが、作品は中々の力作揃い。聞けば僕が一番気に入った作品は、有名現代美術家M氏が買って行ったと云う…うーむ、もしや我々は「相目利き」なのか?(笑)


1月29日(日)
11:30 都内某ホテルの中華で、母と食事。元気そうで安心する。

13:30 食事を終え、母と水道橋の宝生能楽堂に向かい、関根祥六師改め祥雪師主催の「第四十六回 桃々会」を観る。玄関では奥様や娘さんにご挨拶を差し上げるが、番組には名前が載って居た祥雪師が、残念ながらお病気で出演されないとの事…誠に心配で有る。例えば片山幽雪師もそうだが、「雪」号は観世宗家が与える非常に重要な号なので、観世流派、また能楽界での関根師の今迄のご尽力への感謝状と云えよう。会う度に豪快に笑われて居た、祥雪師のご回復を心より祈念したい。さてお能の方はと云うと、「羽衣」の美しい連吟に続き、宗家の能「景清」。宗家の景清は非常に侘びて居ながら力強く、祥雪師への応援歌の様にも思える素晴らしい舞で、涙が出そうに為る。お能を観終わった後は、NY公演以来の宗家にご挨拶。時差ボケ対策を逆に教わるが、春に銀座にオープンする新観世能楽堂への気合も十分で、期待も膨らんだ。

16:30 母と都内某ホテルのカフェで、早い夕食…昼飯から未だ5時間も経って居ないが、母の食欲に再び安心する(笑)。


1月30日(月)
14:00 オフィスで某TV局と番組制作の打ち合わせ。うーん、この企画の実現は少々難しいか?

17:00 某人と青山「W」でお茶をするが、序でに先方はパンケーキ、此方はオレンジ・ピール入りチーズケーキを食べて仕舞ふ…「お茶も甘いもんの無きは嫌にて候」、再び(涙)。

19:00 渋谷のアップリンクに向かい、長い付き合いの渡辺真也監督の処女作「Soul Odyssey-ユーラシアを探して」を観る。僕はこの作品のエクゼクティヴ・プロデューサーなのだが、劇場で観るのは初めてで、真也君のバイタリティと画像の美しさに、再度感動する。上映後はケルト文化研究家の鶴岡真弓先生と真也監督のトークだったが、少々脱線が多く残念。さて、この作品の1つの大きなテーマで有る「輪廻」は、「不死」と「時間と空間概念の転換」と云う点に深く関わるが、対談を聞いて居て思い出したのが「出雲大社」。それは、出雲大社が「黄泉の国の王」を祀って居ると云う事、注連縄を通常と逆方向に締めると云う事、或いは以前出雲出身に恐るべき透視能力を持つ巫女に聞いたのだが、出雲大社宮司が亡くなると、新宮司は前宮司の死を誰にも告げず、深夜人々が寝静まった頃、灯りを一切持たずに家の裏口から出て、神社迄全速力で走り、祈祷し終わると再び全速力で家に戻り、その間決して誰にもその姿を見られては為らず(見られると一からやり直しだそうだ)、戻った時にはもう宮司に為って居るが故に「出雲大社宮司は、決して死なない」、と云う話を思い出したからだ。肉体は必ず滅びるので、人間には「滅びない、継続的な、何か」が必要なので有る。そして「白鳥伝説」と「羽衣」の物語に見られる差異…西洋では考え辛い、「羽衣」に於ける余りにも日本的な「対価」は一考の余地が有ると思う。

22:00 映画を一緒に観たアーティストと、青山「D」で新年初ディナー。「鱈とモッツァレラのフリット」や「ホワイトアスパラのリゾット」、「ルッコラサラダ」、「ボッタルガ」や「牛肉のラグー」パスタ、「カプリ風チョコレートケーキ」を頂く。Iシェフも相変わらずで、「コトヨロ」ディナーを満喫しました。


奇しくも同工異曲的2種類の「景清」と「羽衣」に関わった1週間だったが、胸を去来するのは「羽衣」の「いや疑いは人間に有り、天に偽りなきものを」の謡…トランプに聞かせたいと思うのは、僕だけだろうか。