Where Have All the Spirits of Tea Gone ?

昨晩は、故NY裏千家出張所所長山田尚氏のパートナーであったT女史、ジャパン・ソサエティーのY女史と食事をした。

今回アップするダイアリーの内容を色々と話して、T女史からも許可を得た事と、日曜以来数日経って怒りも少々落ち着き始めた事もあり、先日触りだけ記した「山田尚氏追悼会」を基に、NYの裏千家や「NYのお茶」に対して筆者が最近感じている「何故だ」を記す事にした(今日のタイトルは、かなり古いが嘗てPPM[ピーター、ポール&マリー]というフラワー・チルドレンの代表的フォーク・グループがいて、彼らの最大のヒット曲、そして反戦歌として有名な「花はどこへ行った[Where have all flowers gone]」の捩りである。若い人の為)。

細かい事を上げればキリが無いが、何しろ先日の催しで最もガックリ来たのは、この「追悼会」がその最初から最後まで、只の「裏千家NY出張所のイベント」と化していた事だ。先ず来る筈であった大宗匠が、急なご病気で欠席されたのは致し方無いと思うが、この会には裏千家関係者だけで無く、遺族や大使等の来賓も来られたのだから、ご本人からの訪米できない旨の手紙等を用意し(FAXやメールでも)、誰かに読んで貰っても良かったのではないだろうか。

何故なら、悲しい事に新任の駐NY大使は皆無、奉茶及び挨拶をした業躰氏は一度しか山田氏に会った事が無く、挨拶をした人の中では裏千家重鎮の米国人D氏だけが、長い友人であったという有様だったからだ。そのD氏も理事であるにも拘らず、今回この会に関して疎外された事項が幾つかあり、レセプション開始と同時に怒って帰ってしまった程である。

またレセプションでも、着飾って会場に来ていた生徒等裏千家関係者は、京都今日庵からの人々やレセプション中に紹介のあった新任所長さんへの挨拶やお世辞等に終始し、「山田氏を偲ぶ」という雰囲気は到底感じられ無く、結局この日の会は、部外者である筆者の眼には「山田氏の追悼」と云う名目の、「NY裏千家結束会及び新任所長紹介」という風にハッキリ映ったのである。

例えば(ちょっと熱くなって来たか:笑)、筆者はセレモニーではT女史の要請で「遺族席」に座る事となっていたのだが、当日受付で裏千家の女性に、「その席は都合で無くなったので他に座れ」と云われた。T女史に云われるならいざ知らず、裏千家の人に「裏千家から来てくれと云われて来ている」ゲストである筆者は命令される覚えは何も無い。理由を聞いても、理由は云わず唯無くなった、と云うので呆れながら結局一番後ろの端っこに座り、全く心の無いセレモニーを、寂しい気持ちで眺めたのだった。

またT女史は、帰り際にお土産です、と裏千家の女性から「末富」のお菓子を手渡されたのだが、直ぐ別の女性が飛んで来て、「間違えました」と云って徐に「安い」方の煎餅に急いで取り替えようとしたそうだ。喪主に安い方を!!流石T女史「両方頂きます」と答えて持ち帰ったそうだが、全く以て開いた口が塞がらない話であった。

そもそも山田氏が亡くなった時、裏千家が何をしてくれたかご存知だろうか?彼らは、通夜や葬儀の手伝いに誰一人出さず、氏が1年以上前に所長を辞めていた事から「もうウチの人間ではありませんので」と冷淡であったのだ。思い返せば、山田氏がNYで40年以上「茶道の普及」に努め引退され、その事を感謝・記念しての「お祝いの会」の時も、裏千家は最初全く他人事で、最終的には渋々「お金」や「感謝状」は出したものの、会自体の運営は全て「友人」の協力で行った。

この様な理由から筆者にとっては、そんな裏千家が山田氏の逝去後4ヶ月も経っての「追悼会」とは非常に不可解であるし、この「追悼会」名目の「結束会」を今頃開催するのには、何らかの意図があったのではと邪推もしたくなる。

何しろ「和敬清寂」を最重要の教えの一つとしている裏千家が、40年以上お茶と日本文化の伝道と交流、またその組織の為に人生を捧げた人間に対し、その逝去の際に生徒に連絡もせず、手伝いに人も出さないという事が有り得ようか。

百歩譲って山田氏との間に何か問題が存在していたとしても、これだけの功績のあった人間を「(特に故人を)敬う事」は、「茶の精神」の一つではないか。「結束会」の意図も、一年間の文化庁派遣を終えて帰国された他流の若宗匠が、山田氏の功績を誰よりも早く認められて新聞に書かれたり、NYで本当に活発・有意義に活動された事が原因で、NYで「お茶の帝国」を築いていたと勝手に思っていた彼らが、急に焦り始めた為としか思えない。NYで、否米国で「茶道」を広める為には、流派に拘らず協力して活動しようとした若宗匠と比べると、茶道を世界に広めるという目的を持つ茶人としての考え方が余りに狭い様に思う。

筆者は去年まで、多忙の為お稽古はしないがパトロン会費を払い、微力ではあるがNY裏千家のサポーターをしてきた(妻は「お点前」を習いに行っている)。それは裏千家が、NYという世界の文化発信基地にあの立派なセンターを擁し、日本文化の代表である「茶道」を米国に広めてきた事に対する敬意、そして山田氏に対する尊敬と友情からである。

そのどちらも失った今、筆者には裏千家をサポートする理由は何も無い処か、この様な「心を失った」体質を隠し、日々「和敬清寂」「一期一会」等、駐在奥様や外国人に「日本文化」を表面のみ教えている組織に、このままでは何の信頼も置け無いのである。お点前も大事かも知れないが、特に外国人にとっては「流派」は余り関係がなく、茶道を通じて日本文化を学ぶ、もしくは人間としての禅的精神面の向上を目的とする人が殆だと思うからである。

そういった意味で、現在のNY裏千家は日本人対象の単なる「お稽古場」になっており、指導者のみならず生徒達も、狭いソサエティーの中での所謂「お付き合い」で満足しているように見え、明らかに偏狭なセクショナリズムに陥っている。

筆者は、NYの様な場所では、茶の湯は流儀を超えて存在すべきであり、例えば「NY茶の湯ソサエティー」の様な組織をつくり、各流派から代表者を出して運営するのが相応しいと考えている。そうすれば、各流派の交流や勉強会、人・道具・場所・精神の共有とその差異の勉強、また初めてお茶をやりたいと思う人にとっては、自分にあった流派の選択肢(「お茶をやりたい」と思う人の中に、「・・・流のお茶がやりたい」という人がどれだけ居るだろうか)等、色々な意味での広がりが期待できると思うのだが。

今年は武者小路の若宗匠が発足させた「NY随縁会」が誕生し、10月には遠州流家元が訪NYされて、ジャパン・ソサエティーでデモンストレーションを行う。来年は表千家の道場が開かれると聞くし、宗徧流も地道に活動している。この様にNYは、今や世界の茶道基地となっているのである。もし各流派の同意が得られれば(某流派は反対すると思いますが)、この孫一発起人となるべき人々への参加要請説得等、慶んでお手伝い致します。

「心」の無い「追悼会」は本当に寂しかった。一体「お茶の精神」は何処へ行ってしまったのだろうか??