平安若冲製「ロミオとジュリエット」。

信楽にあるMIHO MUSEUMに、今年一番気になっている作品を観に行って来た。此処に来るといつもそうだが、時差ボケの心身も、何かリフレッシュされる様な気がする。山深く緑豊かな土地、I.M.PEIによる文字通り「神殿」の如き建築のせいかも知れない。

今開催されている「若冲ワンダーランド」展は、「異端の画家」を紹介し続けた辻惟雄館長の、力の入った企画である。目玉は最近北陸で発見され、MIHOに購入された「象鯨図屏風(紙本墨画・本間六曲一双)」で、この作品こそ、前述した筆者関心大の作品なのだ。

館に着き、逸る心を抑えて会場に急ぐ。墨画・著色画の掛け物や版本、有名な拓版画巻「乗興舟」等を拝見した後、いよいよ「象鯨図」の登場。この作品は、発見された時には、長い間行方不明になっていた別の屏風と考えられたが、良く観ると細部が異なる。が、各隻に象と鯨をアップで描く迫力ある構図は同じだ。

余談だが、学芸員の岡田氏に拠ると、この屏風は旧蔵者の元では決して蔵等に仕舞われていた訳では無い。何と「麻雀部屋」にきちんと開けて立てられていたそうで、館に運ばれた時にはタバコの脂(ヤニ)で真っ黒だったそうだ…(「象鯨図」の前で、煙モクモク、ジャラジャラ麻雀している図を想像して見よ!)。また修復を施した時に、表具に隠れていた屏風上部数センチを、画面に出したそうである。

部屋に入ると、白と黒のコントラストの強い、驚くべき屏風が眼に飛び込んで来た。こりゃスゴイ!!「百聞は一見に如かず」とは良く云ったもので、観た者にしか判らないだろうが、この迫力・構図は本当に素晴らしい。驚いた!

さて先ずは右隻の象図だが、何と愛らしい象であろうか。「真っ白」な体、長い睫毛、二重瞼、尻の辺に触れる牡丹の花、天に向かって勢い良く伸びる牙。そして左の鯨を手招きしている様にも見える長い鼻と先が割れフサフサしている尾、全てが「カワイイ女性」の様だ。それに対して左隻の「真っ黒」な鯨は、波間にその背のみを恥ずかしそうに見せ、潮をこれも天に向かって真っ直ぐに噴き上げている。

さて、この作品を見て思った事があるのだが、それは、この作品のテーマは「ラブ・ストーリー」では無いか、と云う事である。筆者には前述した様に、女性的「白い象」と男性的「黒い鯨」(しかも射精しているが如くの潮)が、陸地を境にしてのランデブーをしている様にしか見えないのだが、如何だろうか?

そんな事を話していたら、岡田氏が誠に興味深い話をしてくれた。

それは世界的動物学者ライアル・ワトソンが、アフリカでのフィールドワーク中に見た、ある光景の話である。ワトソンはその時、行方不明になったある象を探していたのだが、ある日漸く、断崖絶壁に佇んで海を眺めているその象を見つけた。何故こんな所に?とワトソンが思ったその矢先空気が揺れ、象の見詰める先の海中から、突如シロナガスクジラが現れ、暫く対峙したそうである。ワトソンはその光景に感動し、そしてその象と鯨は、意識的にランデブーしたのだと結論付けた。

その後の研究で、陸と海に於いての地球上最大生物である象も鯨も、同種内で「低周波コミュニケーション」をしている事が科学的に証明されているらしい。若冲はこの事を知っていたのだろうか!?

この「象鯨図」は、筆者には普段会う事の叶わない「ホエール・ロミオ」と「エレファント・ジュリエット」の、束の間の「逢い引き」シーンに見えてならない。若冲ならシェイクスピアを知らずとも、また独身を貫いたとしても、あり得るのではないだろうか(有ると思います!…詩吟調で)。

この説、少しロマンチック過ぎるので「國華」には載らないか(笑)。