「鏡売り」と「変態」の美学。

久々に素晴らしい舞台演劇を観た…パルコ劇場での、寺山脩司作、白井晃演出、平幹二朗主演の「中国の不思議な役人」である。

この演劇は、元来バルトークがパントマイム組曲として1919年に作曲し、1977年に寺山に因り演劇化された作品である。そして舞台は、清朝が滅び、国民政府が樹立され、日本のスパイも暗躍する1920年代の上海。幼い兄妹が娼窟に迷い込み、妹が誘拐される所から物語は始まる。

一人前の娼婦になる為の教育を受け、客を取る妹の元を、ある日上海の支配者である不死身の「中国の役人」が訪れ、恋をしてしまう。政治的に利用される兄は、役人の暗殺を以てして妹を救おうとするが、何度殺しても役人は死なない…がしかし最期には、「少女/人形/娼婦」から「人間」へと「変態」した妹の、役人への「愛」に因って役人は死ぬ。

脚本の素晴らしさは云うまでも無いが、役者達が移動させる事により場面転換するセット、デカダンな照明や衣装、また特に、舞台上に居座り、特殊効果を演出するパーカッショニスト(最後にはチェーンソーで鉄を切り、火花と音で闇を演出する)を含めた凝った音楽も、新鮮で秀逸であった。俳優陣も平を筆頭に舞台のプロが揃い、オペラや詩の朗読の場面も安心して観る事が出来た。妹役の夏未エレナは下手ではないが、今一つ「狂気」が足りないと感じたが、それを求めるのは贅沢過ぎるか。

また白井に依る演出は、「言葉とイメージの魔術師」と呼ばれた寺山の芸術の代名詞、或いはキーワードとも云える愛、死、詩、オペラ、グロテスク、サーカス、虚実、SM、政治、デカダン等の粒子を全編に散りばめ、観る者を退屈させない。

寺山は嘗て「少女はある意味、人形と娼婦と同義である」と云ったらしいが、この舞台上で表現される、例えば「生/死」「少女/娼婦」「清/国民政府」「真実/虚実」「欲望/愛」「実体/影」と云った、矛盾・二律背反のテーマは、狂言廻し的存在の「鏡売り」により、より鮮明にされる。何故ならばこの「鏡」こそが己(真実)を映し出す事によって、矛盾と「もう一つの己」を表出させる事で、「変態」が可能だからだ。

21世紀となった今、寺山の芸術は再発見され、彼の作品の舞台や出版が後を絶たない。寺山の「変態」世界観は、「真実と虚実の狭間」にある筈で、それからすると大袈裟かも知れないが、今人類が世界的混沌と閉塞感から生き延びる知恵は、もしかしたら寺山の「言葉」に有るかも知れないと感じた。

ニューヨークで、世界の人に是非とも観せたい舞台である。