「優しい悪魔」と「彼女」との再会。

今日も朝から、作品探し。

先ずは、ある業者の店へ向かう。此処ではオークション向きの作品は無かったが、長い付き合い且つ公私共に大変お世話になっている主人が「参考迄に」と、超「筆者向き」の仏教美術を出して来た。誰でも、とは云わないが、骨董屋の主人とは、何と勘が良いのだろう…客の好みとハートを、何とガッチリと掴んでいる事か。この「参考迄に」が出た時は、要注意なのであるが…。

あー、欲しいっ(笑)!

件の作品は額装されたある「断巻」なのだが、画題が筆者に関わり有るモノで、かなり色も残り画も迫力が有る。しかも旧蔵者は、目利きで知られる某著名芸術家だ。何だか知りたいでしょ?でも教えてあーげない(笑)。

恐る恐る「勉強の為」と称し値段を尋ねると、有ろう事か極めてリーズナブル…この主人、全く以て「優しい悪魔」である(笑)。そしてその「悪魔」と珈琲を飲みながら、「額装を止めて軸にしたら、この作品が如何に良くなるか」、また「裂を選ぶ悦び」等を語り合う。骨董屋でのこう云った一時は、人生至福の一時なのだが、骨董をやらない人は、この悦びを一生知る事が出来ない。可哀想に…。

「優しい悪魔」の誘惑を、完璧とは云えない迄も(笑)何とか振り切った後は、オフィスで一人、外で二人の顧客に会い、廉価では有るがオークション出品作品を幾つかゲット。しかし今回は、売り物を探すのが非常に困難である。筆者が来日して以来日本円が高騰した為、米ドルでエスティメイトを付けて売り手を探す身としては、この円高は営業妨害も甚だしい…。どうしてくれるのだ!日銀はもっと早く介入すべきである!

さて、遣り場の無いこの怒りを治めるには、「遠恋中の彼女」に会いに行くしかないと、今度は某古美術商の元に歩を速める。この「彼女」に関しては、拙ダイアリー:「ピンナップされた愛しの女神様」の巻を参照頂きたいのだが、彼女とも久々の再会である。

応接間に通され、ソファーに座ると、先ずお菓子とお抹茶が運ばれ、その後徐に「彼女」がやって来た。高鳴る胸のトキメキを押さえながら、慎重に現れた「彼女」を眼で迎えると、「彼女」の方も相変わらず優しいお顔と姿で、筆者を迎えてくれた。

「もう少しだからね」と彼女の耳元で囁き、彼女の薄っすらと紅を差した様な唇に、キスをしようとして思い止まった…この数行だけを読んだら、殆ど女性相手に聞こえるかも知れないが、念のため、相手は「女神像」である…生身の女性であったら、思い止まらなかったに違いないし(笑)。と云うか、逆に神像相手なだけに、人から見ればもう完全に変態か病気に見えるであろう(笑)。

ご主人曰く、

「いやー、この女神さま、最初Sさんに見せた時は、Sさんもちょっと怖いと云うし、云われてみれば成る程少し硬い表情だったのに、最近見る度にお顔が優しくなって行くなぁ…。孫一さんのモノになってから、何か優しくなってるねぇ。」

等と歯の浮く様な事を云うのだが、実は強ち間違いではない…それは、骨董品と云うモノは、持ち主によってその雰囲気、味が変わるからだ。云ってしまえば、彼女はS氏には微笑まず、筆者に微笑んだのだろう。これぞ「愛の勝利」と云えよう(笑)。

帰り掛けにご主人が、「もう首下まで、孫一さんのモノになったねぇ」と囁いた。天文学的回数の分割払いも、あと一息。円高に拠る仕事の不調も疲れも、「彼女」のおかげでブっ飛び、足取りも軽く骨董屋を後にした。

骨董数寄とは、現金なモノである(笑)。