祝!「第一回満次郎の会」。

さて昨夜は、妻と「第一回 満次郎の会」@宝生能楽堂に行って来た。

シテ方宝生流能楽師である辰巳満次郎さんとは、筆者が少年時代より面識の有る小鼓方大倉流宗家の、大倉源次郎先生に数年前に紹介されたのが始まりで有った…が、実はその時の源次郎先生の紹介理由は、何と「顔の系列が一緒だから」で有る(笑)。その後も食事をご一緒したり、飛行機でバッタリお会いしたり、延いては弟の店をご利用戴いたりの関係なのだが、その満次郎さんの第一回目の「個人会」と聞けば、馳せ参じない訳には行かない!

満次郎さんは、外見がちょっと怖く(筆者に云われたくないと思うが…笑)、何時も冗談を飛ばしているので解り辛いかも知れないが、如何なる流派の若手能楽師の中でもかなりの実力者で、能の伝統を護りながらも、革新的な試みをも辞さない「伝統の革新者」なのである。そしてこの事は、正しくこの日の会で証明されたのだった!

水道橋の宝生能楽堂に着くと、既にロビーには多くの人で賑わっており、入り口近くでは、小柄で「非常に」美しい奥様がご挨拶に立ち、満次郎さんは黒紋付姿で来場者を迎えている。しかし、満次郎さんはどうやってあの奥様を手に入れたのだろう?正に「美女と野獣」…ウチの夫婦も、そう云われていると思うと辛いが。

案内が有り、会が始まる…会場は、期待感と緊張感でざわついている。先ずは評論家増田正造氏に依る、今宵の演目の解説、の筈だったが、氏が何らかの理由で来れず、何と満次郎さんご本人が舞台に登場、演目を楽しく解説をした。この満次郎さんの解説は、観客の緊張をかなり解したと共に、非常に判り易く素晴らしかったと思う。

舞台の最初は、宝生流能楽師に依るお仕舞二番。次に未だ23歳の宝生宗家に依るお仕舞。宗家のお姿を拝見したのは、数年前に「屋形船」の納涼会でご一緒した以来であったが、しっかりと「大人」になられた様で、舞いも立派であった。そして、これは非常に珍しい事なのだが、何と観世宗家が仕舞「笠之段」を舞ったのだ…。宗家が他流の個人会に出るのはかなり異例の事で、正直かなり驚いたのだが、聞けば宗家は満次郎さんの芸大時代の同級生、満次郎さん曰く「無理やり」お願いしたとの事(笑)。流石である。

狂言の後は、この日期待の演目の一つである「三井寺」、近藤乾之助師と源次郎先生の「一声一調」である。「一声一調」とは、「歌と楽器一人ずつ」と云う意味で、謡と小鼓一騎討ちのパフォーマンスだ。各々が限界まで個性を出しつつ、調和させねばならない。達人同士でなければ出来ない業である。源次郎先生の、大倉流独特の「一調」に於ける非常に変わったテクニック(音が半音ずつ下がっていく様に打つ)と、近藤師の重厚な謡。素晴らしいパフォーマンスであった。

さて次は最後の演目、お待ちかね満次郎さんシテの「邯鄲(かんたん)」。演目の「邯鄲」に関しては、以前に拙ダイアリー「げに何事も一炊の夢」の巻で説明しているのでここでは省略するが、満次郎さんがどんな「盧生」を演じるか、興味津々である…。「一調」の後休憩がありロビーに出てみると、「満茶屋」と云う喫茶が出来ており、写真や能面、生け花の展示もある。これも全て満次郎さんの考えで、「和」のコラボ企画なのであった。

案内が有り、席に戻る。すると会場が一気に暗くなり、黒紋付に袴姿の若手能楽師達が手燭を持って、四方のドアから登場、舞台の白洲に沿って立てられた背の高い燭台に灯を入れる。そう、今回の「邯鄲」は「蝋燭能」なのである。幽玄感が増し、緊張感も高まる。

囃子方が入場し、地謡も揃った所で屋台の作り物が運ばれる。このたった一畳が、寝床にも宮殿にも成るのだから、能は凄い。しかし、舞台から漂う何たる緊迫感!久々の感覚であった。流石に個人会第一回目、失敗は許されないのだ。満次郎さんの「決意」が出演者全員に伝播し、役者が入場する迄のこの恐るべき緊張感を産んでいたのだろう。

結果から云えば、緊張感の中で始まった「邯鄲」は、素晴らしい出来であった!満次郎さんの重厚且つキレ有る舞と謡、特殊演出(「傘之出」小書付き)、更に傘をさして退場すると云う追加演出等盛り沢山で、観客も大満足であった。個人的には、盧生が夢から覚めての謡が素晴らしく、あれだけ舞い「飛び寝」した後に、如何にも「寝起き」と云う、マッタリとした感じの抑えた謡を謡える満次郎さんは、やはり凄い役者だと思った。

会の後は、出演者共々打ち上げに参加。顔見知りの人もおり、「せんとくん」作者のアーティストY氏や精進料理家のT氏等とも旧交を温める。打ち上げは場所を代えながら、能役者達の驚くべき宴会芸と、恐るべき体力に因って翌朝3時迄続いた…。日本の古典芸能の人は、何故こんなにタフなのだろう…。

何れにせよ、今回の「満次郎の会」は大成功であったと思う。新しい演出や番組、コラボレーション企画等、新しい試みも多く観客に大いにアピールした。今回の会を終わってみると、一般の人に「能」を芸術性と共に、もっと身近に感じて貰いたいと腐心している満次郎さんの努力が、少しずつ実って来ているのでは無いか、と感じた。

満次郎先生、大変お疲れ様でした!「辰巳組二代目襲名会」、もとい、「第二回満次郎の会」を、心より楽しみにしております!