テロリズムの萌芽:「The White Ribbon」。

三連休の最終日、朝の「妻のTV出演」後は、その妻と連れ立って「The White Ribbon(Das Weisse Band)」を観に行った。

この「The White Ribbon」は、2002年にカンヌ映画祭の「審査員グランプリ」に輝いた、筆者も大好きな名作「La Pianiste(邦題:ピアニスト)」を撮ったオーストリア人監督、ミヒャエル・ハネケの新作。この作品は、既に2009年度カンヌ映画祭で「Palm d'Or」、本年度ゴールデン・グローブ「最優秀外国語映画賞」(この映画はドイツ語)を獲っており、今年度の「アカデミー外国語映画賞」にも当然ノミネートされている。

舞台は、第一次世界大戦前夜の北ドイツの、或る小さな村。このプロテスタントの村は、「男爵」と呼ばれる領主の下、農業を中心に小作民達が生活をしており、映画は嘗てその村に住んでいた学校教師の「昔語り」と、モノクロームの画面に拠って進行する。

さて物語は、或る日村の医者が落馬し、重傷を負う事件から始まる。調べてみると、家の前の木と木の間にワイヤーが張られていた事が判明し、この事件は単なる事故では無く「悪意有る犯罪」と判るが、犯人は判らずその事件は一旦忘れ去られる。

が、再び「事件」は今度は連続して起り、先ず或る小作民の妻がおかしな形で落死し、その息子は母親の死を「男爵」のせいと考え、収穫間近の「男爵」の畑を荒らすのだが、その行為は「男爵」の怒りを買い、家族は仕事を取り上げられてしまう。

その後「男爵」の息子が誘拐され、畑荒らしの息子の父親は職を失った為に自殺し、男爵の倉庫が放火されたりする。物語は、例えば「尊敬されていた」落馬した医者が、実は秘書と関係を持っていた上に、自分の娘に性的虐待をしていたり、その秘書のハンディキャップの有る子供(実は医者との子)が誘拐され、眼を潰されて発見されたりと、次第に「醜さ」と「悲惨さ」を増して行く。

そして最終的に、語り部である「教師」は、教会の牧師の娘と息子の姉弟が、一連の事件に関わっているのではと目星を付け、父親である牧師を訪ねて意見を述べるのだが、普段躾に厳しい牧師も自分の子供に対する「犯人疑惑」には見向きもせず、子供を庇った末に、その事を口外しない様教師を脅迫する。そして・・・。

先ずこの映画のタイトルとなった「白いリボン」で有るが、躾に厳しい牧師が云う事を聞かない子供に「罰」として、そして「神への贖罪」として腕に付けさせる「『潔癖と純粋』の象徴としてのリボン」の事である。子供はこれを身に付ける事によって、何時でも「神」を其処に思い出し、それに拠って「正しい行い」をする筈だ、という事なのだが、その「リボン」を付けた子供達が、皮肉にもこの恐るべき連続事件の最も怪しい「重要参考人」に為るのである。

この作品の凄い所は、この小さな村で起る「悪意の行為」が、大きく見れば「人を傷付け、殺す」と云う、所謂「政治テロ」に置き換えられる所だろう。領主の圧政によって生じる農民の貧困、領主に対する妬みと不公平感。

普段は尊敬されている「医者」の、汚い裏の素顔。神に仕える者が持つべき「平等・贖罪の精神」を、自分の子供可愛さに、その向けられた疑惑に蓋をする「牧師」と、厳しく躾けられて居る筈の「白いリボン」を付けられた子供達の「罪」・・・。

しかしこの作品で行われる一連の「テロ」は、見方に因っては「正義の鉄槌」とも云える事件も有り(例えば医者に対するテロ)、日本で云えば「血盟団事件」や「2.26事件」の直後に世論に見えた様な、「『犯罪』では有るが、『正義心』がある故に正当化される」と云った様に、(証拠は無いが)子供が故の「純粋さ」から引き起こされた可能性も有るのでは、とも取れるのは考え過ぎであろうか。

そして「『体制』に対する、最初は『小さな不満や妬み』、その後それらから生じる『抵抗心』が『テロリズム』の萌芽であり、そしてその『テロ』は、延いては『戦争』『全体主義』へと成長する」と云う事がこの作品のテーマである事は、この映画の最後で締め括られる「その翌年、サラエボ事件が起った」と云う、教師のモノローグによって明らかになる。

またこの作品では、子供たちの「恐るべき演技力」が勿論際立っているが、それにも況して「村の大人達」役の俳優陣が素晴しい。一体何処で、ああ云う俳優達を見つけて来るのだろうか・・・農民や農民の子供等、「如何にも」と云う感じである。この「何処にでも在る様な」と云う「匿名性」や「ミニマイズされた世界観」が、却ってこの「略100年前のヨーロッパ」を描いた映画を、恐ろしくリアルに感じさせている様な気がした。

「世界」を小さな村に置き換え、父親と姉弟、牧師と信徒、領主と小作民、医師(男)と秘書(女)、富と貧、そして「神と人」迄の、各々の「一方が押し付け、一方が抵抗する」強者と弱者の対立を通して、人間の深層心理と其処から生じる「テロリズム」に迫る、非常に思慮深く、そして極めて「ヨーロッパ的」な作品であった。

ハネケの「新たなる傑作」の誕生である。