Great Film Directors@ANA10便。

昨日NYに戻り今日から出勤、16度と云う余りの「暖かさ」に吃驚する。

それと共に、NYに戻っての「初出勤日」には何時も感じるのだが、昨日まで東京に居た筈なのに、今何故カモメの姿を視界の端に捕らえながら、ヘルズ・キッチンの街並を歩いてオフィスに向かっているのか、判らなくなる。

日本に2週間程滞在した後の、NY行きの飛行機に乗る際に感じる寂しさは、JFKに着くと同時に何故か跡形も無く消え失せ、しかし暫くすると、再び日本への郷愁の念が巻き起こる…この感情が何度も何度も繰り返されるのは、一体何故なのだろうか。

さて帰りのANA10便では、中々興味深い「監督」達の映画を2本観た。先ずは「New York, I Love You」。この「アンソニー・ミンゲラに捧げられた」作品は、11人の監督に拠る11の短編作品から成る所謂オムニバス映画では無い、どちらかと云うと「コラボレーション」と呼んだ方が良い作品である。

未完成のまま'08年度のトロント映画祭に出品されたり、またスカーレット・ヨハンセン監督作品が全編カットされたり、終いには配給会社が倒産したりと笑えない話題も多いが、実際に作品を観てみたら、全編を貫く非常に「ニューヨークっぽい人間関係」は、筆者の眼に秀逸に映ったのだった。

監督名を作品登場順に挙げれば、チアン・ウェン(中)、ミーラー・ナーイル(印)、岩井俊二(日)、イヴァン・アタル(仏)、ブレット・ラトナー(米)、アレン・ヒューズ(米)、シェカール・カプール(印)、ナタリー・ポートマンイスラエル)、ファティ・アキン(独)、ジョシュア・マーストン(米)、そしてランディ・バルスメイヤー(米)と為るが、筆者が個人的に最も気に入ったのは、マギーQとイーサン・ホーククリス・クーパーロビン・ライト・ペンが出演したアタル作品と、ジュリー・クリスティー、ジョン・ハートシャイア・ラブーフ出演のカプール作品であった。

特にカプール作品では、ラブーフやハートの演技も然る事ながら、引退したオペラ歌手を演じた、取り分け筆者が「大好きな」ジュリー・クリスティーが息を呑む程に美しく、嘗てシュレンジャーの「ダーリング」、リーンの「ドクトル・ジバコ」やトリュフォーの「華氏451」で見せた「若き美しさ」に、決して整形などでは無い、本年取って69歳の「老境に入っての美しさ」を加えた彼女は、ミンゲラの脚本とカプールのカメラ・ワークに因って、更に輝きを増す。このミンゲラの脚本は「如何にもミンゲラ」で、世界の映画界は本当に惜しい人を亡くしたものだと、感慨を新たにした。天才ミンゲラの脚本とカプール、そしてクリスティーに因る、素晴しく完成された短編作品である。

そしてもう一本は、ヴィム・ヴェンダース監督作品「Buena Vista Social Club」。この伝説のキューバン・ミュージシャン達を追ったドキュメント映画は、確か2000年の公開時に観た後そのサントラ盤は愛聴版となったが、映画自体はそれ以来久々久しぶりで有った。

さて今回、この映画を観て最も印象に残ったのは、実は年老いたミュージシャン達の「顔」で有った。それは一度は捨てた音楽を、今一度奏でられると云う喜びに満ちた「笑顔」と、貧困など苦難の人生を顕す「皺」である。

伝説のギタリスト、ライ・クーダーに因って再発見されたミュージシャン達…例えば「諦め」や「飽き」に因って唄う事を辞めてしまった、怖ろしい程の美声の歌手(イブラヒム・フェレール)、もう何十年も弾いていない伝説の名ピアニスト(ルーベン・ゴンザレス)等は、1998年7月1日に「カーネギー・ホール」でのライヴに於いて、それまで「諦めていた」人生の全てを「復活」させる。

そしてヴェンダースに拠るこのライヴ映像は、それまでの「レコーディング」や「インタビュー」を総括し、この作品公開後に登場するミュージシャンたちの何人かが他界した事を鑑みれば、余りに重要且つ貴重な映像となった。「失われた音楽」を再発見し、復活させたライとヴィムの仕事は、時折「失われた美やアート」をオークションで復活させようと試みる筆者にとって、非常に尊敬できる、且つ羨望の的と云える仕事なのである。

最後に、この映画の中の2人の登場ミュージシャンに拠る、二つ印象的な言葉を紹介したい。それは「キューバは貧しく小国だが、善にも悪にも決して負けない。」、そして「人生で最高な事、それは女と花、そして一夜のロマンスだ。」である。

この1940年代に「ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブ」で活躍し、「キューバ革命」を経験した老ミュージシャン達の言葉は、何故か筆者には相反しては聞こえなかった。これはきっと、もう直ぐ消えてしまうかも知れない、「キューバ」と云う国の「底知れぬ魅力」のせいに違いない…彼らのこの台詞は、その「魅力」が失くなる前に早く「キューバ」に行かねば、と筆者に強く感じさせる。

ミンゲラ、カプールヴェンダース…素晴しい映画作家達に偶然機内で会えた喜びは、日本を離れる寂しさと長旅の疲れを、ほんの束の間忘れさせてくれた。