「稀覯本」の虜。

いやぁ、今回のインフルエンザには本当に参った。

熱がやっと下がったのは、日曜日…発症から6日目の事で、38度より熱が中々下がらなかった為、その前々日には今一度病院に行った程だった。

発熱中は勿論外には出れず、超厚着をして部屋で何をして居たかと云うと、それは読書とネット三昧だった訳だが、熱に魘されながらもネット・サーフィンで情報を集め、その結果猛烈に欲しくなった「モノ」が有る…それは「稀覯本」だ。

稀覯本」とは文字通り「手に入りにくい、珍しい書物」の事。

例えば東京に来た時は、神保町に住んで居る事も有って、フラッと寄った古書店の硝子ケースの中で大事に大事にディスプレイされて居る、例えば青山二郎装丁の創元社版のアラン「精神と情熱とに関する八十一章」(小林秀雄訳)や、当の小林秀雄著「無常といふ事」なんかを見掛ける。

「青山+小林」の骨董友人目利きコンビのコラボ作品と云う事が、あれだけ美しい装丁と共に書物の内容にかなり大きなプラスアルファを加え、ショウウィンドウの中の作品に目を奪われながらも、「ぐびっ」と(笑)涎を飲み込んだりした経験も多い。

が、筆者は骨董や現代美術をチョコチョコ買ったりして居ても、要は古書奇書のコレクターでは無い事と、当然無い袖は振れない訳で、幸い(笑)今迄一冊も「稀覯本」を買った事は無い。

さて筆者が現在連載して居る、Gift社の女性月刊誌「Dress」内「アートの深層」…今月のお題は、「サロメ」。

その「アートの深層」では、筆者が高校生時代から大好きだった、オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」の為にオーブリー・ビアズリーが描いた、エロティックでデカダン過ぎる挿絵に就いて書いたのだが、その原稿を書いている最中から此処の処ずっと気に為って居たのが、この「サロメ」の初版本で有る。

調べて見ると、ビアズリーの挿絵付き「サロメ」にも当然何版か有り、英語版初版にも「検閲前」と「検閲後」と云うのが有るそうな。また、20世紀に入ってから出版された(確か1907年だったか)第二版は、初版よりも価格が安い上に、ビアズリーの挿絵が2枚多いらしい…ウーム、欲しいっ!

また最近見つけた、これも涎が止まらないもう1冊を挙げよう。それは、近所の某古書店で見た三島由紀夫「黒蜥蜴」の著者本だ。牧羊社から50部限定で出た作品らしく、その装丁も相当凝って居て美し過ぎる…あぁ、もう欲しくて欲しくて堪らない。

こうなって来ると、「本」とは云え50年、100年以上経った「アート作品」…今更こんな事を云うのも何だが、クリスティーズにも「Books and Manuscripts」と云う部門が在るし、今でも覚えているが某世界大富豪が買ったダ・ヴィンチの草稿メモ集「コデックス・ハマー」や、以前4千万円以上で売った歌麿の「歌まくら」も「春画本」と云う「本」の体裁だったから、マニアックなファンが居るのは当然と云えば当然だ。

が、何時の時代も問題はその「値段」で、「サロメ」も「黒蜥蜴」も当然ウン十万円する。

そしてこの「ウン十万円」と云う値段は、筆者に取って「本」を買うのには、その場で「ハイそうですか」と云う訳には行かない高価格で有る…が、それと同時に、骨董に比べれば「何とか為る!」とも思える値段で有って、筆者に取っては其処が何とも「悪魔的」なのだ!

しかし考えてみれば、筆者の欲しい是等の「本」は、「本」で有って「本」で無い。

何故なら「サロメ」も「黒蜥蜴」も「無常といふ事」も、既に読んで内容は知っているのだから、是等の本に大金を払う大きな理由は、その美しい装丁だったり、作家存命中の初版、或いは著者自身の書き込みやサインなのだから。

以前此処に記した様に(拙ダイアリー:「『オークション・カタログ』は、永遠に不滅です(と思う)!」参照)、こう云った「稀覯本」や「挿画本」には、小説家と装丁家、デザイナーや出版社等がコラボしたり、作家自身のテイストを強烈に全面に出したりした作品が多い。

一方、嘗ての「シュール・レアリスム」運動に様に、文学と他の芸術との協調、或いは連動に因って生まれるムーヴメントが最近全く見られない、と感じている筆者に取って、これらの本は恰もミュージシャン、ジャケット・デザイナー、ライナーノート・ライター等に拠る「レコード」の様な「トータル・アーティスティック・ワーク」なのだ!

オスカー・ワイルドは、当初ビアズリーの余りにも揶揄的、且つ本文と関係の無いイラストレーションが多かった為、彼の挿絵が気に入らなかったと云う…が、ワイルドとビアズリーと云う、当時カッティング・エッジも良い処だった19世紀末の最高・特異な才能のコラボだったからこそ、この「サロメ」と云う大名作本が産まれたのは間違いない。

本の中身も外身も「アート・ワーク」として十二分に味わい、愛玩する…これぞ、電子辞書では決して味わえない、最大の醍醐味!なので、現代の作家の方々にも、是非とも現代美術家とコラボして頂き、新しい「稀覯本」をドンドンこの世に産み出して頂きたい。

それにしても、「サロメ」と「黒蜥蜴」…考えただけで、垂涎が止まらない(笑)。