「青の魂」:Picasso in the Metropolitan Museum of Art.

今週末のニューヨークは、本当に良い天気。昨日の金曜日は、メトロポリタン美術館で始まったばかりの、ピカソ展を観て来た。

この展覧会は、上記タイトルからも判る様に、METが所蔵するピカソの絵画・素描・彫刻(2点)・版画(389点)・陶板(10点)の計493点を一斉に展示する物である。

実はこの春クリスティーズは、ニューヨークで来週開催の「印象派・近代絵画セール」と、6月のロンドンの同セールに於いて、「非常に重要な『2点』のピカソ作品」の出品を予定している。それぞれの作品に関しては、近日中に「下見会レポート」等で詳しく述べるが、取り敢えず来週売り立てに掛かる作品に関して、簡単に述べておこう。

その作品とは「シドニー・F・ブロディ夫人コレクション」の中の逸品、「Nude, Green Leaves and Bust(ヌード、観葉植物と胸像)」である。このピカソの愛人「マリー・テレーズ」を描いた大作(162 x 130cm.)は1932年の作、価格は「Estimate on request」だが、恐らく8000万ドル(約74億5000万円)位だろうとの噂である。ロンドンの方のもう一点は、作曲家アンドリュー・ロイド・ウエバー所蔵の「青の時代」の傑作で、エスティメイトは3000−4000万英ポンド(約43億ー57億2000万円)である。この2点の事を考えると、今回のMETの展覧会も見逃す訳には行かない。

展覧会は、カタログの表紙にも為っている「青の時代」の名作、「Seated Harlequin(座るアルルカン)」から「クロノロジカル」に始まる。しかし、ピカソの初期の作品(特に素描等)を観ると何時も思うのだが、この作家は本当ーに絵が上手い。晩年の「殴り書き」時代の作品を観て、「子供でも描けそうだ」等と云う人が時折居るが、「基礎が確りした、才能有る作家」が「崩す」のは並大抵ではない…これは「茶道」等、何の芸術でも同じだろう。

「青の時代」の作品が何点か続き、そこで改めて感じたのだが(異論も有るとは思うが)、やはりこの「青の時代」が、ピカソの生涯の如何なる「時代」の中でも、疑い無く芸術性が高いと思う。この「青の時代」の精神性はピカソ芸術の礎で有り、「全て」なのでは無いか。その後「技法」や「理論」を、手を変え品を変えて用い、大量の作品を産み出したこの作家の「ゲルニカ」や「アヴィニョンの娘たち」等も、「青の時代」の傑作、例えばこの展覧会に出展されている「The Blind Man's Meal(盲人の食事)」(1903)には敵わない。この「盲人の食事」は、それ程恐ろしい程に素晴しいのだが、それは何故なら、其処にはバルセロナからパリに出て来て、手探りで、云わば「盲人」の様に自分の「真の芸術」を探す、若きピカソ本人が見えるからだ。

そう云えば、この展覧会に出品されている「青の時代」で、もう1点驚くべき作品があった。それは「La Douler (Erotic Scene)」(1902/3)と云い、70.2 x 55.6cm.の油彩・カンバス作品なのだが、驚くのはこの絵の画題である。上だけシャツを着た少年が、ベッドにまるでゴヤの「マハ」の様に寝そべっているのだが、下半身は全裸の女性に「口唇愛撫」を受けていると云う、云わば「春画」なのだ。

ピカソのエロティシズム表現や画題が、「版画作品」に観れるのは無論知っているが、「青の時代の『絵画』」にそれを観たのは初めてであった。が、そう云えば確か昨年だったと思うが、バルセロナピカソ美術館で、ピカソが蒐集した北斎等の日本の「春画」の展覧会があった位だから、推して知るべし…しかし「本画」とは恐れ入った。そして「これ」を展示するMETも流石である。

「青の時代」以外にも、1930年代の素晴しいクオリティの絵画・素描(特にチャコール)が出展されているし、大量の版画(版画は、カラーの作品より「モノクロ」の方が良いと思った)も観て楽しい。付け加えると、以前このダイアリーでも紹介した(「破壊されたアートと、破壊した人」参照)、来館者に拠って「破られた」、「The Actor」も綺麗に修復されて展示されている。良ーく観れば、キャンバスの何処が破れたかが判るので、探してみるのも一興だろう。

「青の魂」に圧倒された展覧会で有ったが、会場を出て出口に向かう途中、偶然にもMET所蔵のハンス・メムリンクの名作「Tommasso di Folco Portinari」と「Maria Portinari」の対作を観てしまった。

あぁ、ピカソの後のメムリンク…猛暑の夏が終わった頃の、秋の一筋の涼風の様であった(笑)。