「メタモルフォーゼ」と「アンバサダー」@MOMA。

いやはや、久し振りに「スカッとする」話題を新聞で読んだ!…それは「3200円の遺失物、ゴーギャンの絵だった」と云う見出しの記事の事。

この記事に拠ると、1970年にロンドンのコレクター宅から盗まれたゴーギャンとボナールの絵が、44年振りにシチリア島で見つかったらしい。

そして、この2点で15億円は下らないと云うゴーギャン静物画とボナールの少女像は、盗難された後トリノで列車内に置き去りにされ、その後イタリア国鉄が「遺失物競売」にこれらを出品。当時トリノの工場で働いていた男性が1点約3200円で買い落とし、その後男性は工場を退職してシチリアに移住したが、これらの作品をずっと自宅の台所に飾っていたと云う。

勿論その男性は、それ等が盗品だとは知らなかったらしいのだが、その息子が何とアート好きで、ゴーギャンの画集を眺めていた時に、家にずっと有る作品と似ている事に気付き、専門家に鑑定を依頼。その専門家が警察に連絡した事で、家の絵が盗品だったと云う事が判明したとの事。

何とも「事実は小説より奇也」の典型の様な話だが、上に「スカッとした」と書いたのには幾つかの理由が有る。

其れは先ず、この男性がこれ等の作品を「遺失物競売」で買い、何十年も「家の台所」に飾って居た考え得る最大の理由は、「この絵が好きだったから」に違い無いからだ!

オークションの世界に居るのに何だが、そもそもアートとは「作家名」や「値段」で買う物では無い…「自分が気に入った物」を買うのが筋と云う物で、投機だの資産だのと云う理由は二の次で有るべきだ。

然し、2点でたった「6400円」程で買ったと思われる絵画を、何十年も家に飾って居たなんて、何とも素晴らしい話では無いか!今時、何十億の絵を買っても利鞘の為に数年で売ってしまう人達からすると、到底考えられない話に違い無い。

次に、本件のヒーローで有る処の「息子」だ。家の中に何十年にも渡って絵が飾って有ると、子供は自然とアート好きに為る可能性が高く為るとは思うが、息子が画集と家の壁の絵を交互に見比べて、「えっ…若しや?」と思った時の驚きは想像に難くない。

これは恐らく筆者の仕事で、全く意外な処から「本物」が出て来た時と同じ独特の感覚だと思う。例えば川崎男爵家旧蔵品で所在不明に為って居た、室町期の絵師芸愛の絵画をアメリカ人宅で発見した時、或いは日本個人宅で日本近代絵画の工芸画(複製作品)の軸物に混じって、一本だけ鎌倉後期の「春日宮曼荼羅図」軸を見つけた時の事を思い出す。

海外の法律では、盗難絵画は何年経っても持ち主に返還せねば為らないが、盗まれた旧所有者は既に他界して居るとの事で、この絵の行方が気に為る…が、出来れば40年以上も「ゴーギャン」と知らずに「好きで」壁に掛けて居た、現所有者の許に残してあげたいと思うの筆者だけだろうか?

…等と思って居た矢先に、MOMAでの「Gauguin: Metamorphoses」展を見て来たのだが、これがまた本当に素晴らしい展覧会で有った!

ゴーギャンタヒチ時代に焦点を当てたこの展覧会では、ペインティングの数は多く無いが、その代わりに素晴らしい木版画や木彫作品、ドローイングや陶磁器をたっぷりと味わう事が出来る。

そして特に木版画に関して云えば、ゴーギャン作品は日本の浮世絵や新版画等と共に、恐らくは世界の木版画史上でも相当上位に食い込む芸術性と技術を持ち、ヘッケル等のジャーマン・エクスプレッショニスト達の作品と比べても、格が全然違うと思う(因みに、ムンク木版画も大変素晴らしいが)。

さてこのタヒチ時代のゴーギャンの作品には、何処か神秘的且つ哲学的な処が有って、其れはゴッホとの生活に破綻を来たし、宗教観や倫理観を含めた既存のヨーロッパ文化から逃れ、タヒチの土着的な文化や宗教、現地の女へや自然観に彼が強く傾倒した事に因るからなのだが、その傾向は絵画よりも特に木版画や木彫の様に、実際に「木」を使った作品に強く感じられる。

そんなゴーギャンの「スピリチュアルな『木』」を堪能した後は、階下へと降り、2007年に92歳で大往生した大画商イレーナ・ソナベンドのコレクション展「Ileana Sonnabend: Ambassador for the Now」を観覧。

ソナベンド・コレクションの展覧は、2011年のヴェニスペギー・グッゲンハイム・コレクション」に続き2回目だが、質の高いポップ・アートと写真作品を中心に扱った(そして一時期「レオ・キャステリ夫人」でも有った)ディーラーらしく、今回も彼女の「眼」が選んだウォーホルやリキテンスタイン、ジャスパーを始め、ラウシェンバーグやクーンズ、バルデッサリやギルバート&ジョージ、そして杉本博司迄を楽しめる、小規模だが大画商の確りした目線が感じられた良い展覧で有った。

上記「Metamorphoses」は6月8日迄開催だが、「Ambassador」は今月21日で終わり…MOMAでの2つの素晴らしい展覧会を見逃すな!