「コレクター」と云う人たち。

今朝のニューヨークは、予報によると最高気温29度、最低が21度で、本当に清清しい。

今日7月30日と云う日は「プロレス記念日」、そしてアントニオーニ、プルースト、谷崎、ビスマルク明治天皇がこの世を去った日で有るが、ジョルジュ・ヴァザーリ、ヘンリー・ムーア、エミリー・ブロンテデヴィッド・サンボーン、アーノルド・シュワルツネッガー、ジャン・レノ荒井注、そして筆者が生まれた「目出度い日」でもある(笑)。

良く此処まで頑張って生きて来ました…両親と神様、そして自分の体に感謝です(涙)。また多くの方から、お祝いのメールやカードを頂きました。有難う御座いました。

さて、カタログ制作の校正も大詰め。この期に及んで、価格や条件変更を求めてくる売主が居たり、ヨーロッパの同僚から送ってくる作品の中にも「こんな値段で売れるんか!」と云うモノが有ったりして、苦悩は絶えないが(嘆息)、気を取り直して、以前此処で少し触れた、現在フランスで美術史を勉強中のKOTOMIさんのブログ→http://myladyblue.exblog.jp/ をご紹介。このブログは、KOTOMIさんが眼にしたり学校で習ったアートに関する「覚書」的なブログで有るが、当然の事ながら若い感性に拠って書かれており、ジャンルも幅広いので楽しい。筆者も勉強になる所が多々有るので、皆さんも是非覗いてみて下さい。

そして今日のお題…「コレクター」と云う人々は、良い意味でも悪い意味でも、そして世界広しと云えども、本当に変わった人が多い、と云う話。

例えば「心遠館コレクション」のオーナーとして、そして「若冲」コレクターまた「在外日本美術コレクター」として、恐らく日本でも最も有名なプライス氏は、オークションの下見会に来て気に入った作品が有ると、その作品の前から略一日動かない。そして「孫一、会場の電気を少し暗くしてみてくれないか?」とか、「この作品を、この軸の隣に掛けてみてくれ」、「屏風の広げ具合を変えてくれ」等の注文を次々と出して来る。これらの注文は、下見会場には勿論他のお客さんも居るので、何でも直ぐにOKと云う訳には行かないのだが、意外と他のお客さんも文句を云わずに、それに従う。これは、プライス氏の日本美術作品に対する真摯な「情熱」が、他の客にも確りと伝わるからであろうし、こちらも本当に勉強になる。

が、世の中にはプライス氏の様な「尊敬すべき」コレクターも沢山居るが、ちょっと別のタイプのコレクターも存在する所が、「アート・ワールド」の業の深い理由なのかも知れない…。以下はロンドンでの研修社員の時に聞いた、我が社に伝わる、伝説的な或る有名な「切手コレクター」の話である。

それは、今はもう開催していないのだが、嘗てクリスティーズが「切手オークション」を開催していた頃の話。或る時、世界に「1枚」しか存在しないと云われていた、非常に貴重な切手がもう1枚発見され、オークションに出品される事になった。大きさは、大人が親指と人差し指で「OKマーク」を作った時の丸位の切手で有るが、当時のエスティメイトは何と10万ポンド。今まで世界でたった1枚と云われていたその切手は、世界的に有名なコレクター、X氏の手元に有る事が確認されていたが、2枚目の出現によりその切手に幾らの値が付くのか、オークションの行方が期待されていた。

さてセールが始まると、匿名の電話と会場に居る世界的コレクターZ氏の、2人のビッダーに因って価格は見る見る釣り上がり、結局50万ポンドになろうかと云う所で、電話ビッダーに拠り落札された…Z氏は残念ながら「世界最大の切手コレクター」に為る最大のチャンスを逸してしまったのだ。電話ビッダーの方が落札した為、切手部門のスペシャリストAは、一体誰が落札したのかと思い、急いでビッド・オフィスに向かい調べてみると、そこには見覚えのある名前が…。そう、この世界に2枚しかない貴重な「2枚目」を落札したのは、何を隠そう、その「もう1枚」の方を持っていると云われていたX氏だったのである。

「何故X氏は、自分が既に持っている切手をもう一枚、しかも50万ポンド近くも出して買ったのだろう…?」。

疑問は日に日に大きくなり、堪りかねてAはX氏にアポイントを取り、会って事情を聞く事にした。

X氏宅に車で着くと、Aが名を告げ門が開かれたが、そこから何と玄関まで5分のドライブ。執事にコートを預け部屋に通されると、暫くしてX氏が微笑を湛えてやって来た。「A君、来ると思ってたよ。」と紅茶を美味しそうに啜るX氏。Aは「Xさん、この度は例の切手を落札頂き、誠に有難う御座いました。しかしあの日、貴方があの切手を買われて以来、もう既に1枚お持ちの筈の貴方が、何故もう一枚買われたのか不思議で夜も眠れません。単刀直入にお尋ねしますが、何故なのでしょう?」とX氏に詰め寄った。

X氏は薄笑いを浮かべると、「ちょっと失礼」と中座し、暫くすると小さな箱を大事そうに抱えて戻って来た。そしてX氏は、ゆったりとパイプに火を付けると、箱を開け、中にセロファンに大事に包まれ入っていたモノを、慎重に取り出した…そしてそれはAの予想通り、「例の切手」で有った。するとX氏は徐にピンセットを取り出して起用に扱い、これまた慎重に切手をセロファンから取り出し、Aに確りと眼に焼付けさせるかの様に、彼の目前に掲げた。

そしてAが、それが自分がこの間売ったモノかどうか、確かめようとしたのも束の間、X氏は突然手元に有ったライターを点火すると、「アッ!」と云う声を出す暇も無く、その切手に火を付けてしまったのだ。

「な、何と云うことを!気は確かですか?!」。Aの狼狽は想像に難くない…この世にたった2枚しか存在しない、50万ポンドの切手が、それを売ったスペシャリストの目前で一瞬の内に「灰」に為ってしまったのだから…。呆然と蒼褪めたAの顔を見詰めていたX氏は、「燃えカス」と為った切手を灰皿に落とし、ピンセットを置くと軽く微笑んでこう云った。

「これで私の『モノ』が世界で『たった1枚』となり、私のコレクションは世界一に為った」。

コレクションするのも、コレクターと付き合うのも、或る意味命がけである(溜息)。