「菅原伝授手習鑑」に聞いた、世代交代の良き足音。

先週のスタートは、毎年恒例の「人間ドック」から。

各種血液検査や尿検査を始め、体格測定、胃と大腸内視鏡検査、心電図、数回の血圧測定、胸部と腹部X線、腹部エコー、視力&眼圧、聴覚や肺機能等、2日間に渡っての検査を熟す。

僕は最大の難関で有る2つの内視鏡を無事クリアし、腹部エコーも女医さんが僕の肝臓にへばり付いた脂肪量を去年のそれと比べた末、「桂屋さん、ダイエットしましたね!」と褒めて貰ったりしてゴキゲンだったが、相変わらずギャル風美人皮膚科医に髪の生え際をチラ見された末、「未だ自然ですよねー」等と云われムッとする(笑)。

で、絶食だったストレスと「ドックが終わって仕舞えば、こっちのモノ!」と云う最低のエクスキューズで、先週も昼夜の会食は続き、或る日は昼は顧客と代官山フレンチOでフルコースを頂き、晩は「中国美術商」と新富町の赤酢の江戸前鮨屋H(その後銀座のバー)。別の日の昼は、「超VIPコレクター」と青山Uで生姜焼き定食を食した後、夜は「超有名コレクターの孫コレクター」と霞町のカジュアル・フレンチで鹿肉。

また或る晩は「IT社長+華麗な血統の骨董誌編集長」と西麻布の寿司割烹Iで河豚と寿司数貫の後、コレクターS氏が所有するワイン・バーで一杯、また或る晩は「家元+著名写真家」と、天現寺の和食店Sで季節の味を。昨日は昨日で銀座の超ウマの肉料理店Kで、少しずつ出されるコンビーフやユッケ、シチューやハンバーグの末、サーロイン・ランプ・シャトーブリアンの3種ステーキとカレーと云う肉肉尽くし、と云った具合…人間ドックの意味など、一体何処に有ると云うのだ?(涙)

そんな先週は、悲しい「別れ」と「驚き」、そして嬉しい「出発」も有った。

「別れ」とは、幼稚園から高校迄の年の離れた後輩、相模屋美術店社長で東京美術倶楽部青年会理事長だった原田裕介君が、40歳の若さで急逝した事。築地本願寺で行われたお通夜には1000人もの人が弔問に訪れ、突然の別れを惜しんだが、それも偏に彼の人柄の所為だろう…ワインとアートを愛した原田君のご冥福を、心よりお祈りしたい。

「驚き」は「美術手帖」の美術出版社が、会社更生法を申請した事。美術出版社は、これまた幼稚園から高校迄一つ下の後輩が社長をやって居るのだが、何とか復活してまたエッジーな「美手帖」を読ませて貰いたい…ガンバレ、O君!

そして「出発」とは、親しい古美術商の川崎信之君が銀座1丁目に自分のお店を出した事で、訪ねてみると小さいお店では有るが本当にハッピーな雰囲気が漂い、並んだ作品のラインナップも彼の個性が良く出て居る様に思う。川崎君オメデトウ、これからも期待して居ます!

と云う事で、此処からが本題…昨日歌舞伎座の昼の部、「菅原伝授手習鑑」の序幕から第三幕を観て来た。

「菅原伝授」は「義経千本桜」と「仮名手本忠臣蔵」と共に、歌舞伎狂言の三大名作の一とされて居るが、実際僕が過去に観た事が有ったのは、四幕目の「車引」や六幕目の「寺子屋」位だった。

その意味で今回上演された序幕から三幕目迄は、僕に取っては初体験だった訳だが、何しろ新旧の素晴らしい役者達のお陰で、大層楽しむ事が出来た。

先ず、菅丞相役の仁左衛門の流石の重さが良い。また脇を固める菊之助染五郎愛之助も可成り宜しい…が、何よりも素晴らしかったのが、「道明寺」での覚寿役の松嶋屋片岡秀太郎と、苅屋姫役の成駒屋中村壱太郎(かずたろう)だ!

菅丞相の伯母で有る覚寿の役は、「三婆」と呼ばれる女形の難役の1つで、品格と強さ、そして慈愛に満ちた老婆を演ぜねば為らないのだが、松嶋屋の演技は、例えば菅丞相への申し訳の無さから苅屋姫を杖で折檻するが、その後気が落ち着き、再び姫に対して慈愛に満ちた態度に戻る処など、誠に素晴らしかった。

それと、その苅屋姫を演じた成駒屋…僕は彼の女形を初めて観たのだが、何とも可憐で美しく、新しい女形スターの芽吹を見た様な気がした程!翫雀の息子だから、当然藤十郎吾妻徳穂の血も有るのだろうが、これから益々修練して、個性的且つ現代的な女形&踊り手に為って貰いたい。

新歌舞伎座が出来てから、歌舞伎界は團十郎勘三郎三津五郎等多くの名優を失ったが(福助も未だ病床だ)、昨日の舞台で観た仁左衛門秀太郎芝雀等は未だ未だ元気健在だった。

が、彼等先輩役者達と同じ舞台で物怖じせず溌剌と演じ、歌舞伎芸の精進の所為だと思うが近年自信と落ち着きが出て来て、メッキリ芸が良く為った染五郎菊之助、未だテレビずれして居ない愛之助、そして新星壱太郎の耀きは眩し過ぎる。そして昨日の彼等を観た僕には、これはもう良い意味での梨園の「世代交代」の足音が、ハッキリと聞こえたのだ!

歌舞伎界の危機が叫ばれて久しいが、イヤイヤ、ナンノナンノ…これからの若手への期待を確信した、「菅原伝授」の三幕でした。