「悪の華」咲かず…@新橋演舞場。

昨晩は妻と、「八月花形歌舞伎」の第三部、鶴屋南北作「通し狂言 東海道四谷怪談」を観に行った。

5時半過ぎに演舞場に来ると、入口前は既に黒山の人だかり…此れも新婚ホヤホヤの海老蔵効果か。

満員の会場に入り、七列目中央花道寄りの席に着くと、柝と調が入り開演。今回の「怪談」は、序幕の「浅草観世音堂の場」から大詰「仇討の場」迄の四幕十場である。

四世鶴屋南北、71歳時の「生世話物」の集大成、日本人に取って「怪談」と云えばコレ、ご存知「東海道四谷怪談」は、文政八年(1825)江戸中村座で初演。余り「ご存知」で無さそうな事を云えば、この「四谷怪談」は、「仮名手本忠臣蔵」の外伝だと云う事だろうか。

しかし驚くのは、この略200年前に書かれた「狂言」が、当時巷で話題だった、四谷田宮家の娘お岩の怪談譚や、密通した男女が戸板の裏表に貼り付けられ、川に流された実際の事件等を巧妙に「忠臣蔵」と絡め、公金横領、舅殺し、妻毒殺未遂、兄妹姦通等、悪の限りを尽くす一大「ピカレスク・ロマン」だと云う事だ…南北恐るべし、である。今度、日々「どうやって人を殺すか」を考えている友人R(彼は大長寿番組「LAW&ORDER」の、エグゼクティブ・プロデューサーである)再来日の折りに、観せねばなるまい(笑)。

さて配役は、「悪の華」田宮伊右衞門に海老蔵、お岩を初めとする一人三役を勘太郎、お岩妹お袖に七之助、直助に獅童、その他。結果から云うと、この狂言勘太郎が圧倒的実力で支配し、次が弟七之助、が、正直云って海老蔵獅童にはかなり落胆したのだった。

何しろ勘太郎のお岩が、本当に素晴らしい!元来生真面目で通っている役者だが、この分で行くと父親を超えるのは「時間の問題」だと思わせる程だ。三役をアッと云う間に見せる「早替わり」や、怨霊に為った後の吊られての「提灯抜け」等も巧く面白いが、極めつけは「めりやす」と云う黒御簾演奏の中、櫛で髪を鋤く「髪漉き」の場面である。

夫に毒を盛られて顔が腫れ変わり、それも夫が隣の金持ちの娘と一緒に為りたいが為…按摩に自分を口説かせ、その間に夫は祝言を挙げている…。嫉妬、惨めさ、怒り、諦め等の感情が複雑に絡み、鋤く度にゴッソリと抜ける髪と共に、勘太郎はその「女」を見事に表現したのだった。この時の勘太郎は、観ていて本当に恐ろしく、時差ボケの為項垂れ、垂れた髪で顔を隠し居眠りをしている隣の妻を、見る事が出来ない程で有った(笑)。

しかし獅童は、剰りに下手でガックリ。それにも況して、海老蔵の鼻に突く「自意識過剰的色男振り」は、落胆甚だしかった。僭越だが、「色悪」はあんなモノではない筈だ…如何にも悪そうに演じてしまっては、ブチ壊しなのである。初役だった様だし、結婚直後でお疲れだったのかも知れないが、正直芸が浅過ぎる。海老蔵には、本当に早急に「ライヴァル」が必要だろう。

「悪の『華』」は咲かなかったが、しかし、勘太郎の役者としての素晴らしい才能を、確りと見届ける事の出来た貴重な舞台で有った。