パトリシアが造る「柔らかい異物」:"Not As We Know It"@Haunch of Venison.

今年のノーベル文学賞は、ペルーの作家マリオ・バルガス・リョサに決まったそうである。また、化学賞に日本人が2人選ばれた事は非常に喜ばしい事と思うが、国籍がどうこうと云うより、2人とも米国の同じ大学の研究室で学んだという所が面白い。

さて秋風が寒い位のニューヨーク、今日の昼間はオフィスを抜け出して、階上の「Haunch of Venison」へPatricia Piccininiの展覧会「Not As We Know It」を観て来た…ピッチニーニ作品を此処で観るのは、2度目である(拙ダイアリー:「デザートに『The Figure and Dr. Freud』は如何?」参照)。

この展覧会は、1965年生まれのオーストラリア人女性アーティスト、ピッチニーニの新・近作を展示する。彼女の作品は、何時も人間の生命とその倫理感をテーマとし、それを助け、また脅かすバイオ・テクノロジーや環境問題にも、彼女は独自の思想を持って臨む。そして彼女の彫刻はスーパー・リアルであり、観る者に人間と「異形」の存在やその真贋、似て非なる物質、人工的な自然物と云った異和感や、時には恐怖感さえをも与えるのだ。

今回の展示は、先ず何重にも重ねられた不安定なIKEAっぽい椅子に乗った子供が此方を見ている「The Observer」から始まる。見た目は美しいが、大量生産され不安定に積まれた椅子に乗る子供は、我々の子供の行く末を不安視させる。また、人と動物との合いの子の様な胎児が3人(3匹)寄り添って寝そべるスーパーリアルなシリコン作品「Litter」(2010)や、「狼少女」の様に毛むくじゃらな少女が異形の赤ん坊を抱く「The Comforter」(2010)等は、遺伝子組み換えや自然破壊等に因って「可愛いが異形(奇形)」な子供が生まれた時、貴方ならどうする?捨ててしまいますか?(「The Litter」)と、観者を厳しく問い詰める。

そんな或る意味グロテスクな作品群の中で、個人的に一際目を惹いたのは「The Stags」(2008)であった。この作品は、ファイバー・グラス製のイタリアの有名スクーター「ヴェスパ」2台が、如何にも「Stag」(雄鹿)らしく、そして「モッズ」仕様のミラーを重ねて(映画「マイ・ジェネレーション」を観よ!)「鹿角」の様にし、2台ともその車体をくねらせて闘っている様にインスタレーションした、コミカル且つ色も美しい、素晴しい作品である。

機械は動物に近づき、人間は自然破壊や遺伝子組み換えに因って、異形の動物へと変化して行く。その近未来のグロテスクな、しかし観ように拠っては可愛らしく愛すべき姿を、シリコン・スカルプチャーに拠って垣間見せるピッチニーニの「懐の深さ」は、並大抵ではない…是非一見して頂きたい。この展覧会は今月末まで。

また今回のダイアリーに関して、Haunch of VenisonのGen Watanabe氏にツアーをして頂き、多大なるご教授を頂いた…此処に御礼申上げる。

追伸:Haunch of Venisonでは、同時にEve Sussmanの映像作品「The Rape of the Sabine Women」も上映されている。この作家はホイットニー・ビエンナーレで、ヴェラスケスの「ラス・メニーナス」を映像化した作品で有名になった作家らしいのだが、84分の作品と云う事で、筆者は全編見る事が叶っていない。しかし中々素晴しそうだったので、時を改めて拝見した後、是非此処に記したいと思う。