「暗殺」、或いは「幕末ヌーヴェル・ヴァーグ」。

ニューヨーク市場で、今日滔々ドルが81円台を記録した…円高等もう耳タコだが、このままでは来月日本での作品探しに、重大な支障が出る。日本政府には早く何とかして欲しい…が何ともならんだろう(嘆)。

そして中国の民主運動家、劉暁波氏に「中国本土在住中国人初」のノーベル賞が…しかも「平和賞」と来た。「ノーベル平和賞」は、こう云う風に使うべきだと思う。日本政府は祝電とお祝いの花束、尖閣諸島での激突船ヴィデオのコピーを、早急に中国政府に贈るべきである…しかし中国政府がノルウェー大使を呼んで抗議したとか…全くもって、である。

さて昨晩は、イケメン建築家の若い友人K君と、再びリンカーン・センターへ篠田正浩監督の映画を観に行く事に。

先ずは地獄妻も交えて、シアター近くのメキシコ料理屋「R」で軽く食事。久し振りのK君は元気そうで、最近ネット・オークションで買った「或る物」の話で盛り上がる。オークションで、しかもネットで「アレ」を買うなんて(読んでる人は、何が何の事だかサッパリ判らんだろうが:笑)、K君は何と勇気があるのだろう!写真を見せてもらったら、流石中々趣味の良いモノで、今度見せて貰う事にした。

ニューヨークでも有名な「ワカモーレ」、「海老とハラペーニョのグリル」や「牛フィレのウォッカ・メキシカンソース」をササッと頂き、「相変わらず此処は旨いなぁ」と妙に感動した後は、最近夢の中で中村勘太郎祝言を挙げ(オメデトウ御座います…)、趣味のアフリカン・ダンスのし過ぎで膝の半月板を損傷し近々手術をする事に為った(何てこった!)、「地獄」もとい「勘太郎」妻を返し、男同士でWalter Reade Theaterへ。

8時半過ぎにWalter Reade Theaterに着くと、この間の月曜に来た時とは様相が全く異なっていて、9時からの開演にも関わらず、もう結構な数の人々が開場を待っていた。夜の上映と云う事も有るだろうが、やはり「サムライ」と「維新」がテーマの作品を、「ヌーヴェル・ヴァーグ・ジャポネーズ」の篠田がどう料理するか、に関心が有るのだろう。開場され席に付いて見渡すと、数分で席もかなり埋まり、その殆どはアメリカ人(西洋人)であった。

さて昨晩の篠田作品は、1964年度松竹制作の「暗殺」。原作は司馬遼太郎の「幕末/奇妙なり八郎」で、幕末の策士清河八郎が「佐幕・倒幕」「開国・攘夷」の間を、謀略の限りを尽くしてのし上がろうとする物語を、その八郎を暗殺しようとする佐々木只三郎等を絡めて描く。音楽は再び武満徹、この作品の音楽に使用された楽器は、横山勝也の尺八と一柳慧のピアノの二種類のみで、非常にミニマルである。

出演はニヒルな若き丹波哲郎、暗殺者には木村功坂本龍馬には佐田啓二中井貴一の父親)、その他岡田英二や小沢栄太郎等の渋い役者達だが、特筆すべきは著名演出家2人が役者として出演している事で、武智鉄二が島津の殿様役、そしてもう1人は若き蜷川幸雄で、攘夷派の侍の1人としてちょんまげを結い、かなり出番も多い…しかし双方共、演技はハッキリ云って余り上手くなく、演出に回ったのも頷けた(笑)。

さて映画はと云うと、とても46年も前の作品とは思えず、全く古さを感じさせなかった。幕末がテーマで有るが、人間の目線と共に揺れ動くカメラ・ワークや、ここ一番で使用されるストップ・モーション、丹波演じる清河と、彼の暗殺を心待ちにし、その後を付け回る暗殺者木村の心理戦、飛ぶ血飛沫や「笑ったまま地面に転がる首」等、流石篠田正浩である!

また良く観ると演出の細部も凝っていて、例えば、穂積隆信演ずる山岡鉄舟の家の床の間には、きちんと「常磨」の軸が掛かっていて、これは「吸毛常磨」(吸毛の剣は常磨す)の意で、禅の教えである…最近全生庵とのご縁が有るので、画面の端に直ぐ眼が行った。また清河が闇討ちに会い全員をやっつけた後に、何と能の「謡」を口ずさんで、ニヒルに一人で夜の街に消えて行くのだが、その「謡」が何か判らなかった…地獄妻、もとい「勘太郎妻」が隣に居れば判ったのに、全く残念である!

また何と云っても、当時23歳、この3年後に篠田の妻となる岩下志麻がメチャ美しい。清河の愛人役での出演だが、清楚で可愛く、しかも気の強さが出ていて(本人は全く気が強く無いらしいが)、捕らわれて「石抱き」の拷問をされるシーン等、「生唾モノ」である(笑)…K君も「付き合いたい!」と云っていた程だ(笑)。

実はこの映画の岩下志麻を観て、二点程思った事が有るのだが、先ず1つはこの頃の「映画女優」の顔が、如何にも「映画女優」であると云う事である。先日の加賀まり子もそうだし、最近観た60年代作品の岡田茉莉子若尾文子も須らく「女優顔」で美しいのだが、それに比べて今の女優の顔の「普通っぽさ」と云ったら無い(当然、優ちゃんだけは例外ですが)。

そしてもう1点は、優秀なる映画監督とは、本当に綺麗な「女優」と一緒に為る事が出来る稀なる仕事だと云う事だ…大島渚小山明子吉田喜重岡田茉莉子新藤兼人乙羽信子谷口千吉八千草薫高橋伴明高橋恵子周防正行草刈民代、外国迄云えばキリが無いだろう…等とK君と話していたら、「いや待てよ、建築家だって居るじゃないか!」「黒川紀章先生が居るじゃん!」となり、K君の夢は暫し繋ぎ留められたのだった(笑)。

そしてこの「暗殺」の最後は、付け回っていた暗殺者に清河が殺されて終わるのだが、この剣の達人がどうやって暗殺者に斬られてしまうのかが、このラスト・シーンのかなりの「ミソ」で、観者が成る程!と感心した途端に、映画は唐突に、これも「如何にもヌーヴェル・ヴァーグ」風に終わり、終演後は来場者から拍手が起きた程だった。

篠田・司馬・武満・岩下・丹波・木村の素晴しい才能が結集した、そして「維新の時代」と「ヌーヴェル・ヴァーグ」の思想が見事に合致した、大満足の「幕末ヌーヴェル・ヴァーグ・フィルム」であった。

夢で勘太郎と結婚した地獄妻はさて置き、岩下志麻と結婚した篠田監督がマジ羨ましい(笑)。