「因果応報」と「劇薬」:「鬼婆」@Japan Society。

「Cancer Survivor(癌に罹ってしまった人の中で、生き延びることの出来た人)」の中で、或るパターンの人達が居るらしい。

それは、癌に罹患したと判った直後から通常の食生活を止め、時折の絶食と玄米食と食物繊維のみの極めて質素な食事にし、ビタミン・ミネラルを大量に取り、糖分を出来る限り摂らないと云う、極限的な、しかもそれを貫徹する強い意志が必要な食生活改善を、「直ちに」に行った人達である。

それ以前の贅沢な、飽食的な食生活からのこの「急激な」体内環境の変化は、癌細胞を驚愕させると共に、癌細胞はその余りに「急激な」環境変化に対応し切れ無くなり、新しい体質の人体に順応出来なくなるらしい。この体内環境の変化は「徐々に」やると意味が無く、それは癌細胞に「順応」する時間を与えてしまうからで、この「『負のステージ』を変えようとするには、時には『急激な、劇薬的』な環境変化が必要である」と云う一つの方法論は、今の日本の現状を外から見ている筆者にとって、甚だ示唆的に感じる。

さて昨晩は、先日21歳になったばかりの若い友人でM音楽院在学中、ギタリスト修行中のS君と連れ立って、ジャパン・ソサエティ新藤兼人監督・脚本作品「鬼婆」を観に行った。この1964年に制作された作品は、海外でもかなり知られており、それは例えばアーティスティックなアイスランドの女性歌手「ビョーク」が、この映画が大好きだとマスコミに向けて発言している事でも判るだろう。

舞台は南北朝時代…戦乱の世の農民の生活は、過酷である。息子を戦に取られた母親とその嫁は、男手が無い為に田畑を耕す事も出来ず、傷ついた落武者を襲っては殺し、其の死体を彼女らの住む薄野の真ん中にボッカリと空いた「穴」に捨て、刀や鎧を売る事に拠って生活している。そこへ、息子と共に戦に取られた若い男(こう云う役は、佐藤慶と相場が決まっている:笑)が一人逃げ帰って来るのだが、食事と女に飢えた男と同じく男に飢えた嫁は、姑の眼を盗んで逢引を重ねる様になるが…。

そしてこの映画には、非常に重要な意味を持つ幾つかの「モノ」が登場する…スローモーションで画面一杯に動く、広大な迷宮の様な薄野の「薄の葉」、薄野の真ん中にボッカリと口を開ける、暗く深く大きい「穴」、そして「般若面」である。「薄の葉」は登場人物の感情と共に揺れ動き、無常観を漂わす。「穴」は人が陥る、そして行き着く先の「地獄」、過去で有り未来で有る。そして「肉面」と化す「般若面」は、人の心の暗闇に住む「鬼」なのだ。

母親役の乙羽信子が、般若の面を着けた落武者を道案内するシーンに、忘れられない台詞が有る。それは武者が、乙羽の「何でそんな面を着けているのだ?」と云う問いに、「自分は都でも評判の美男子で、この美しい顔を戦で傷つけない為に、面をしているのだ」と答えると、乙羽は「わしは生まれてこの方、『世にも美しいモノ』等見た事が無い。お願いだから、一生に一度『世にも美しいモノ』を見せてくれ」と嘆願する台詞だ。

このシーンは、この作品の全編を貫く「極致的状況」の重要なモティーフで、人間が貧しく汚く生きざるを得ない戦乱の世、人を殺して物を盗るより生きる術も無く、しかしそれでも食欲・性欲・嫉み・恐怖・絶望、そして「美への欲求」は、その極致的状況ででさえ存在し、人間を「鬼」と化す事も可能である事を暗喩する。

また、仏教思想もこの作品には色濃く顕れ、それは特に「因果応報」の観念である。そしてこのテーマは、観る者に「行きは良い良い、帰りは怖い」、つまり「因」を作っている最中は、気付かなかったり快楽に身を委ねたりしているので、其の後に応えられるべき「果」の恐ろしさは、其の時には決して想像する事はしないし出来ないのだ、と云う事実を突きつける。この「因果応報」とは、人は「果」の後に初めて「因」を知り得ると云う、絶望的に回避出来ない、恐ろしいシステムなのだ。

劇中音楽は林光に拠る、太鼓を中心としたミニマル。題字と冒頭の「穴」の説明は何と岡本太郎、そして新藤の脚本は何処と無く芥川を思わせ、舞台も薄野と川、二つの小屋と「穴」のみ。クローズ・アップやカット割りも凝っており、ストップモーションやスローモーションも多用され、モノクロによる光と影、特に夜のシーンが素晴らしい。そして何よりも驚くのは、此処では記さないが、結末・ラストシーンである!

この「鬼婆」、素晴らしくも、非常に考えさせられる作品であった。

映画の後は、ミッドタウンの「T」でS君、建築家SとAちゃんカップル、グレゴリオ・チャントのコンサートに行っていたゲル妻とジュエリー・デザイナーのN氏、そしてアッパー・イーストの「D」のシェフJ氏と飲み会。

「日本の腰抜け外交」に就いてや、先日S氏が講演した「TED (Technology Entertainment Design) Conference」、懐かしの性風俗産業(笑)やダーウィン迄、話は喧々諤々と進み、夜中2時半過ぎにやっと終了…そして筆者は、明後日月曜日に「劇薬」が必要かも知れない国、日本へと向かう。

今回の筆者のビジネス・トリップは、その後台北、香港を廻って再び日本に戻り、年始迄日本滞在の予定。来日後直ぐの土曜日20日と27日には、TBS・BSの朝8:30−9:24放送(再放送は翌日曜日の夜23:00−23:54)の番組「榊原・嶌のグローバル・ナビ」と云う番組に、フル出演予定…筆者の「仕事」を特集する。暇で仕方ない方は、ご覧を。