或るバーで語られた、「三島由紀夫」。

昨日は朝から仕事の追い込み。

残念ながら、先週拝見した来歴の素晴らしい朝鮮物の名品は、出品とは為らなかったが、代わりに某有名アーティスト旧蔵の、クオリティの高い新版画コレクション取れた…初(うぶ)いので良く売れるだろう。

夜はイケメン有力古美術商のT氏と、最近超ハッピーなK君と3人で、猟師と漁師を生業とし、過去に板さんの修行もしていと云う店主の店「M」で、牡丹(猪)・鴨・熊肉の「和ジビエ・ディナー」。

囲炉裏に炭がくべられ、三浦で獲れた新鮮なイシモチの炙りから始まり、牡丹の焼肉、鴨焼き、クレソンサラダ、そしてメインの味噌風味の猪熊鍋迄、全て旨い…久々に「肉、食いましたぁ!」と云う感じであった。しかしこの「M」、本当に旨過ぎます…Tさん、ご馳走様でした!

満腹のお腹を擦っていると、「面白い店が在るので、軽くもう一杯行こう」とT氏に誘われ、いそいそと3人で「M」を後にし、夜の六本木の街へ繰り出す。

T氏に先導され、裏道をクネクネ進む事数分、着いたのは一見普通の民家の玄関、しかし電気も点いて居らず真っ暗である。T氏が徐に携帯を取りだして誰かに電話を掛けると、店の人は直ぐに来るとの事。暫く外で待っていると、筆者と同年代の男性と、何処か見覚えの有る様な品の良い年配の女性がやって来た。そして男性がそのドアを開けると、其処が目的のバーで有った。

その男性こそ、この「B」のマスターで、今は亡き名優、そして名バイ・プレイヤーとして名を馳せたK氏のご子息であった。T氏の紹介で名刺交換を済ませると、K氏はカウンターの一番奥に座った年配の女性を、「母です」と紹介する。待てよ、K氏のお母様…と云う事は名優K氏の奥様…そうだ!この品の良い年配の女性は、女優のTさんでは無いか!

Tさんは、今井正監督の「にごりえ」や黒沢の「生きる」等の名作に出演した映画女優、そして舞台女優の重鎮として、名優の名を欲しい侭にしている。しかし筆者に取っては、夫K氏そして三島由紀夫と共に文学座を退団して「劇団NLT」を結成、「サド侯爵夫人」を始め、三島の「近代能楽集」の全てに出演している女優として、「レジェンド」なのである。Tさんは当年取って86歳、記憶力もかなりしっかりされているが、その上今でも女性として十分美しい。

さて昨晩の「B」は、月曜だった事も有ってか、略我々の貸切状態。K氏の博覧強記的な、文学や芸能、映画や80年代ニューヨーク等の話も物凄く面白く、特に氏の提唱する「1950年代は、エンターテイメントの『ベル・エポック』」説に深く同意した…この頃に生きていたら、ピアフやカラスのライヴ、ローレンス・オリヴィエヴィヴィアン・リーの舞台も観れたのに!

しかし何と云う暁倖、日本滞在中のほんの10日間に、鈴木邦男氏と中川右介氏の三島に関する座談会、そして前日の作家H氏との三島談義と、何故か三島が気になり続けていた所に、息子の店にも年に1、2回来るか来ないか、と云うTさんに偶然お会いし直接お話が出来るとは!さては「三島」に呼ばれているか…(笑)。

そして程無くして、K氏とTさん母子との「三島」に関する話が始まった。

この晩Tさん母子から聴いた、差し障りの無いエピソードを幾つか紹介すると、例えばK氏が少年時代、三島戯曲の衣装デザイナーがブティックをオープンし、その開店パーティーに三島が来て、スピーチをする事に為ったが、名前を呼ばれて壇上に上がった三島は、いきなり「君が代」を独唱し、唄い終わるとその侭何も云わずに壇を降り、出席者一同途方に暮れたそうだ。

またTさんが「サド侯爵夫人」の舞台稽古の際、剰りにも三島がTさんの演技にケチを付けるので、当時既にゲイで有る事が周知の事実で有った三島に、Tさんが「そんなに私の演技に文句がお有りになるなら、ご自分でおやりになったら!?」と突き放した。

すると、三島の顔は下から徐々に真っ赤になり、靴音を響かせて立ち去ると、ドアを音を立てて閉め、出て行った侭、3日間帰って来なかったそうだ。

何とも「純情」な話だが、Tさんからすると、やはり三島は、かなり「演劇的」且つ「女性的」な人間であったらしい…こう云う話を聴くとむべなるかな、と思うのである。この他、三島や美輪明宏、森田必勝や杉村春子等に関する、色々なエピソードや裏話を聞いたのだが、これ以上は此処には記さない…TさんとK氏の想い出話に留めようと思う。

「B」と云うバーで、証人達に因って語られた「三島」、死後40年経った今も、その生と死は関係者・非関係者を問わず、人を惹き付けて止まない。